12.
「えっと……これは……」
高木の剣幕に圧されたのか、いつも言動がハッキリしている奈亜がしどろもどろになっていた。そんな奈亜の姿は、高木の目にはまずいところを見られて狼狽しているようにしか見えなかっただろう。
「奈亜! どういうことだ!? こいつにプレゼントまで渡して!」
さらに最悪だったのは、峻へプレゼントの小箱を渡すところを見られたところだった。これもはたから見れば奈亜が峻へプレゼントを渡しているようにしか見えない。
「え!? ち、ちがっ……!」
当然、奈亜は否定しようとするが、まだ動揺が消えていないのか、その言葉は尻切れトンボだ。
そんな状態の奈亜を背中に隠すように、ベンチから立ち上がった峻が言う。
「違う。高木、お前の勘違いだ」
「あ?」
その言葉に反応し、高木の視線が峻の方を向く。その目は峻に対する敵意で溢れていた。峻はその視線を受けながら、手に持ったプレゼントを奈亜に返す。その時、不安そうな顔をしている奈亜を大丈夫だと目で諭す。
「このプレゼントはお前にだ。包装紙が綺麗だったから見せてもらっていただけだよ」
「……そんな嘘が平気でつけるな!」
「真実だ」
峻と高木の視線が空中でぶつかり合った。お互いに視線は逸らさない。
やがて、高木がギリッと歯軋りをした後に言う。
「それが本当だったとしても、俺は今日お前らが一緒に出掛けることなんて聞いてないぞ! 奈亜! どうして言わなかったんだ!」
高木は峻から視線を外すと、またしても奈亜へ矛先を向けた。
「そ、それは……その……」
奈亜の目が伏せられる。口元からは弱々しい言葉しか出てこず、高木への反論はできないようだった。
そんな奈亜を見ながら、峻は少なからず驚いていた。今日のことを奈亜が高木に話していないことにだ。奈亜はイベントごとが好きだ。どこに出かけたりするのかは必ず言ってきた。だから今日のことも話しているだろうと峻は思っていたのだ。
(ちゃんと聞いとくべきだったな……)
峻は今さらながら自分の迂闊さに憤りを感じた。奈亜の恋愛には自分からは関わらないようにしていた峻だったが、この時ばかりは自分のその方針を悔いていた。
(けど、このままじゃ奈亜の立場が悪くなる一方だ)
そう思った峻の頭に浮かんできたのは、少し前と同じくプレゼントを選ぼうとしていた奈亜の顔だった。さっきはその顔にモヤモヤした気持ちを抱いた峻だったが、今度は逆にどこか吹っ切れた気分になった。
(奈亜がせっかく選んだプレゼント、無駄にさせるわけにはいかないよな)
そう考える峻の口元には微かに笑みが浮かんでいた。どこか覚悟を決めた笑みだった。
「高木」
峻が呼びかける。すると高木の視線が峻の方に帰ってきた。
「なんだよ?」
高木が怒りを含めた口調で言う。それに対して峻は、あくまで平静を保ったまま声を発した。
「奈亜が今日のことをお前に言わなかったのは――」
峻はそこまで言って一旦止めると、奈亜の方を振り返る。そして、自分を見上げている奈亜に目で余計なことは言うなよと釘を刺す。そして再び視線を高木に戻すと、言葉を続けた。
「俺が口止めしたからだ」
峻の言葉に奈亜と高木が同時に反応した。
「え……?」
「てめぇ!!」
奈亜が何か言う前に、高木は峻との距離を一気に詰めて、その胸倉を掴んだ。
「お前が原因かよ!」
「……あぁ、そうなるな」
怒る高木を冷ややかなに見返しながら峻が言う。その時、事態をやっと飲み込んだ奈亜が割って入ろうとする。
「ちょ、ちょっと!」
しかしその体を峻が空いた手で押し止めた。ここで奈亜に邪魔をされてしまえばすべて意味がないからだ。
「俺が無理やり誘ったんだよ。一緒に観たい映画があったからな。ラブストーリーってのは、なかなか一人じゃ――」
峻がその言葉を言い切る前に、峻の左頬を強い衝撃が走った。くぐもった鈍い音が骨を介して脳に伝わった。一歩、二歩よろめいたところで峻は殴られたことを自覚した。そしてその後で口元に痛みが走る。どこか切れたのか、口の中に錆びた鉄の味が広がった。
「――っ」
反射的に口元を拭った峻の胸倉を高木が再び掴んだ。
「いい加減にしろよ!!」
今日一番の声の大きさで高木が吠えた。すでに矛先は完全に峻を捉えていて、奈亜のことなど忘れているかのようだった。
「……すまなかった」
峻が謝罪の言葉を口にした。しかし高木がその程度では許すはずがなかった。
「すまないだぁ!? ふざけんな! いい機会だから言っといてやる! お前、少しくらい奈亜との付き合いが長いからって調子に乗りすぎなんだよ! 今、奈亜と付き合っているのはこの俺だ! お前じゃないんだよ!」
高木はその言葉を言い終わると共に、峻の体を突き飛ばした。峻はバランスを崩してそのまま床に尻餅をついた。
「峻!」
倒れた峻に奈亜が近寄ろうとする。しかしそれを峻は拒絶した。
「奈亜! ……いいよ、来るな」
峻にそう言われ、奈亜が立ち止まった。それを確認した後、峻は座ったまま高木に頭を下げた。
「すまなかった。……全部俺が悪い。奈亜は悪くない」
「……ちっ、もう二度と奈亜にちょっかい出すなよ」
高木はそんな峻の姿を見て、舌打ちをした。そして、気が済んだとばかりに歩いて行く。
「奈亜」
その高木の後姿を見ながら峻が奈亜に声をかけた。
「追いかけろ。で、そのプレゼントをちゃんと渡して仲直りしてこい」
「でも……」
奈亜が心配そうな顔をする。そんな奈亜に、峻は笑いかけた。
「……俺は大丈夫だ。一人で帰るよ。――ほら! 早く行け!」
そう言って奈亜を促す。
「う、うん……。峻、ごめんね」
そう言うと奈亜は高木を追いかけて行ってしまう。その背がまた人波に紛れていく。しかしさっきと違うのは、もう待つ必要はないということだった。
「大丈夫かい?」
遠巻きに騒動を見ていた人が近寄ってきて峻に声をかけた。
「あ、大丈夫です」
峻はその人に苦笑いを見せて立ち上がった。そしてすぐに歩き出す。……あまりに自分が情けなく感じていた。
(所詮はこの程度か……)
自虐的な思いを胸に浮かべながら峻は駅の改札へ向かって歩いて行く。
まるで太陽に近づきすぎて、蝋の翼を溶かされ死んだイカロスのような絶対的な壁を見せつけられた気がした。