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01-01

 春の風物詩と言えばいろいろあるけれど、所詮未成年な僕らに関係のある催しといえば、入学式、卒業式、クラス替え、――言い方は多々あれど、これを置いて他にはないだろう。

 その中でも、今年の僕に一番関係ある行事が、入学式。

 そう。恥ずかしながら、今年僕は高校生になるのである。

 ピッカピカの、新一年生に。

 見上げる空は青く澄んでおり、視界の端には淡く色づいた桜の木々。

 見回すと同じ制服を着た男女の群れ。パリッとしたおろしたての制服に着られているような幼さを残す人もいれば、確りと着こなす人もいる。

 そんな新入生の群れの中に、僕もいる。

 僕という、僕程度の人間でも、こういう華華しい舞台の入り口にいる。

 うん。別に頑張ったつもりはないけれど、受験勉強の苦労も報われるというものだ。別に苦労していないけれど。

 というのも、僕がこれから、特に何の問題も起こらなければ三年間足繁く通うことになるだろう学校には、筆記試験も実技試験も存在しないからである。超優良校なんです。いやマジで。

 入学条件は無い。

 敢えて言うならば、卒業する意志があるか。

 なんていう学校だから、毎年めちゃくちゃな数の人間が入学希望をしてくるかと思っていたのだが、何故か例年定員人数きっかりの、二五〇人。

 今年も例年に洩れず、二五〇。

 何の理由があるのかは気になるところだが、自分がその中の一人であることに、取り敢えず感謝。

 そんな風に現状を脳裏で弄びながら豪奢な校門を潜る。

 四方をぐるりと小高い丘に囲まれたこの学校。窪地に作られたような形になっている、ちょっと珍しいのではないだろうか。丘の上、だとか、登校するのに坂を上らなければいけない鬼畜な立地条件の学校はよく聞くが、登校に坂を下らなければ行けない学校はこれが初めてだ。まあ、つまり下校時はこの下って来たきつめの坂を上らなければいけないのだが。やっぱり上下移動はない方が良いよ、うん。


「お兄ちゃん。どうせ下らないこと考えてるんでしょ。早く来ないと置いてくよ?」


前方から聞えてくる声に意識が現実に戻ってくる。

 ふ、と前を見ると、三つ目の髪のくくり方――全部で七種類ある――である二つ結びにした黒髪を揺らした、不肖の妹がそこにいた。

 僕と同じ日に生まれた、双子の妹である。もっとも、僕と違って頭が弱いが。僕と違って。


「おまえに下らない思考をしてるとか言われたくねえよ」


「だったら、おめでたいこんな日に、そんなに難しい顔して立ち止まらないでよ」


 と、おめでたい妹はそんな風に僕を責める。確かに妹の言うように下らないことを考えていたのは否定できない事実なので、僕は駆け足で数メートル前に立っていた妹に並んだ。

 僕より頭が弱い分、なのかどうかはわからないが、その綺麗な髪をもはや習慣と化した動作で梳く。うん。今日も枝毛一つありません。

 んー、と気持ちよさそうに目を瞑る妹はそれだけで上機嫌だ。やっぱりアホなんだろう。

 そのまま妹の髪を弄びながら同じ歩調で歩き出す。双子だからか、こういうときは生まれたときから自然と揃った足並みだった。それがなんだか、妹曰く気恥ずかしいらしいが、それも中学に通っているときに言ってるだけだったので特に気にしてはいない。思春期、だったんだろう。問題なのはそういうのが全然来ない僕だ。全部妹が持っててるんじゃないだろうな。

 いまだに妹とお風呂に入ることに躊躇を憶えないんだけど。

 キスする事なんて朝飯前なんだけど。

 大丈夫なのか僕は。


「大体お兄ちゃんはアレだよね。なんていうか、アレだよ」


「何だよアレって」


「だから、ほら、アレなんだって」


 アレとかソレとかをうちの妹は多用するのだが、まるっきりアホの子なので、早急にやめてほしいのだが。


「意味分かんない事言ってないで、早くクラス表見てこい」


 アホの妹の束ねた髪を引っ張って(この程度でコイツの髪が傷むことはない)アホな言動を止めてやる。


「痛いな! 引っ張んないでよ!」


「悪かった。悪かったからクラス表を見てきてくれませんかね。おまえに見てきて欲しいなあ。是非ともおまえの力を貸して欲しいなあ」


「んもう。仕方ないなお兄ちゃんは。 私がいなきゃ何にも出来ないんだからー。 しょうがないから、この私が見てきてあげる! 感謝してよね!」


 おうおうありがとう、と礼を言う僕の言葉に機嫌を良くしたのか、笑顔で黒山の人集りに潜り込んでいくアホの子。

 あれが妹、しかも双子の妹であることを、僕は心底嫌々ながらも認めているが、いい加減彼女の持病が彼女をいつか苦しめようとどうでもよくなってきている今日この頃。あの病気が双子である僕にも潜伏している可能性が捨てきれないことは、常に僕のストレスを増長している。

 そんな風に、おおよそこれから高校生活がスタートする身とは思えない意味で将来を危惧していると、一人の少女がこちらに近づいてきているのに気付いた。

 妹が着ているものと同じ、新入生カラーの女生徒用制服。今日が入学式だからなのか、まだ慣れていないからなのか、それとも今時珍しいくらい確りした娘なのか、着崩すこともなく着こなした制服は、その細身の体型によく似合っていた。ちなみに、この高校の制服はブレザータイプである。

 黒い長髪を揺らしてこちらにゆっくりと近づいてくる女生徒。というか、何故こちらに来る。クラス発表の輪から外れているこちらに。僕の後ろには今歩いてきた無人の桜並木しかないし、女生徒の視線は僕に固定されているように思える。謎だ。

 その女生徒は、僕の目の前――具体的に言えば、一メートル手前辺り――でようやく止まった。

 じっとこちらを釘づけるように見ている女生徒の顔は、やはり見覚えのない顔で、例えそれが会ったことのある人間の顔であっても、なるほど覚えていないのも仕方ないと言えるような顔だった。女生徒の顔は、やけに印象に残りにくい顔だった。平凡とは言い難い整った顔ではあったが、非凡でありながら埋没してしまいそうな、存在自体が薄れてしまいそうな、そんな顔だった。


「君、新入生?」


 そんな女生徒が、唐突にそんなことを言った。

 いや、着ているものを見ればわかると思うのだが、何故そんなことを聞くのだろうかこの娘は。こんな時間にこんな場所にいる人間など、新入生じゃなければただの社会不適合者だ。

 とは、口に出して言うようなことじゃないだろうなあ。


「ああ。そういうそっちも、そうみたいだけど」


 表情に微塵の変化も起こさない女生徒に対してこちらも無表情で対抗する。ポーカーフェースの○○(お好きなものをお入れください)と謳われてきた僕だ。心の内を読ませるような男ではない。今まで誰にも内心を悟られたことのない僕が、この程度の無表情娘に負けるはずがない。

 ――まあ、勝負事ではないのだが。


「名前は」


 眉を少し上げ、短く問いかける女生徒。問いかけるというより、確認したようなニュアンスだった。


英悠太(はなぶさゆうた)だよ」


「はなぶさ、というのは、英語の英と、一文字で書くのかしら」


「ああ。よくわかったな」


 これは素直に驚きである。現代高校生に知ってる奴なんかいたのかよ。ついこの間まで中学生だったことを考慮すれば、尚更。もっとも、顔には出さないが。


「だったら、私たち、クラスメートね」


「そうなのか」


「ええ」


 もうすでに確認していたのか。だったら、こっちに来たのは輪の中に入っていかなかった僕にクラスをわざわざ教えに来たのか? つまり名簿を全て覚えていることになるけど。まあ、ありえなくはないな。


「私たち、縁菜麻哿(ゆかりなまよい)と英悠太は同じクラス。一年二組よ」


 そう女生徒――縁菜麻哿は言った。

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