Girl's side
昔から料理は得意なほうだった。特にお菓子作りはすごく楽しいと思う。
だから、チョコレートトリュフとかショコラケーキとか、作るのはとても簡単なことだ。
でも…作るのと渡すのとは、訳が違う。
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いつもよりカバンを大切に持って、朝もやに霞む校門を通る。
今年こそは…今年こそは。
昨日からずっと…いや、心の片隅ではもっと長い間思っていたこと。
今日は、2月14日。甘い願いを男の子に贈る日だ。
いつもは誰もいない朝の校舎も、今朝は目覚めが早い。
そんな中…私はいそいで教室に向かう。
どうか…彼がまだ来ていませんように…。
まだ薄暗い教室のドアをカラッと開けば、夜のあいだに冷やされた空気が体を撫でてゆく。
蛍光灯を点けても、教室には誰もいない。
誰も…シュウくんも。
窓際の列の、前から3番目。
朝の日が、そこを眩しく照らしていた。
私は窓際から目を逸らし、教壇近くの自分の席につく。
そして…そのまま固まる。
静かな教室に、心臓の鼓動だけがうるさかった。
(早く…早くしなきゃ…)
体が言うことを聞いてくれない。ふるえが止まらない。
(いそがなきゃ…シュウくんが…)
どうにかこうにか右手だけをガタガタ動かし、カバンの中から小さな包みを取り出した。
うすいピンクの、紙の包み。
いつのまにか、教室には2、3人が登校していた。
まったく気付かなかった。
もっと急げばよかった。
(どうしよう…)
やるべき事は何か?簡単な事だ。少し後ろの机まで歩いて、ブツを入れて、そしらぬ顔で戻ればいい。
よし、やろう。
席から立ち上がった瞬間…ガラッとドアが開く音がした。
シュウくんだった。
あわてて両手を背中に隠した。
「お…おはよう、シュウくん」
それはもう必死に平静を装った。
「おはよう、マユちゃん」
静かな低音が、私に答える。
濡れ羽色の癖っ毛に、真っ白な肌。一瞬上げた切れ長の瞳は、前髪に隠れてよく見えない。
私の…大好きな人。
「き…今日は、みんな教室に来るのが遅いね」
「うん、玄関辺りに沢山いたね」
「………」
私もシュウくんも、それきり押し黙ってしまった。
わ…渡さなきゃ…。
意を決して、シュウくんの顔を見上げた。
「あ、あのっ!シュウくん…」
「な、何?」
どき、どき、どき。
心臓が、苦しい。
全身が熱くて、顔から火が出そう。
真剣な瞳が、緊張の色で私を見つめてくる。
血色の良くない唇が、少し震えている。
真っ白な頬が、リンゴ色に染まる。黒い髪が、ふるふると揺れる。
顔を逸らして…息を止めて………そしてシュウくんを見上げ、私は口を開いた。
「……こ、国語…わからない所があるんだけど、教えてくれる…?」
「あ……うん、いいよ。どこ?」
シュウくんは微笑んで、私の席に向かった。
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。* '
バレンタインなんて行事が、学校に関係あるわけない。時間はいつも通りに進んでゆく。
黒板の前に立つ教師の講義をボンヤリと聞きながら、私はシュウくんの事を考えていた。
2年前の事だった。
あの時もボーッと授業を受けていた私は、うっかりして消しゴムを落としてしまった。
『はい』
となりの席の人が拾って、渡してくれた。
『あ…ありがとう』
その人は微笑み、席に戻った。
偽りのない…驚くほど優しい笑顔を、私は生まれて初めて見た。
シュウくんのあの微笑みは、私の一生の思い出だ。
気が付けば、教師がチョークを手にとっていた。あわててペンを持つ。
ノートに字を書こうとしたとき…後ろからカランと音がした。
ふと後ろを振り向くと…一瞬だけ、シュウくんと目が合った気がした。
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気が付いたら下校時刻だった。
色とりどりのコートに身を包んで校庭を帰る人たちが、階段の窓から見えた。
ふと振り替えれば、階段を通る人もまばらになっていた。
私は…なんて力ない女なのだろう。
毎年毎年…シュウくんに作ったチョコは、いつも私のお腹の中に入っていく。
何のために作ったんだろう。
慣れた手でチョコレートを混ぜ、1つのトリュフを作った。それが昨日。
それがどうだ。
1日立てば意気込みは吹っ飛び、まともに話すことすらできない。
ふられるのが怖い。
嫌われるのが怖い。
成績優秀でまわりに優しい眉目秀麗のシュウくんが、私なんかに興味を持ってくれるわけがない。
「……………ぐす」
気付けば涙が出てきていた。
階段の踊り場に、ポタッと水滴がこぼれた。
情けない。
自分が腑甲斐ない。
……でも、そう思って泣いていたら、何だかスッキリしてきた。
あるいは、開き直ってしまったのかもしれない。
それならそれでいい。
教室には、さっきシュウくんがいた。
私は今から教室に戻ろう。
シュウくんにチョコを渡して、赤いままの目で告白しよう。
そして、サッパリとふられよう。
でも、それでも構わない。
胸につかえるモヤモヤした気持ちを吐き出し、スッキリとしてしまおう。
それが、今の私がすべき事だ。
私は貴男が、大好きです。
まだまだ出来の悪い話ですが…読んでくださってありがとうございます!!