Boy's side
バレンタインにチョコでコクハクというのは、日本だけにしかない習慣らしい。つまり、実はホントにおかしメーカーの陰謀なわけだ。
でも、そんな事を言ってみた所で気休めにもならない。運命の2月14日に女の子のキモチが分かっちゃうのは、変えようの無い事実なのだ。
だから、バレンタインはいつも、僕にはただの嫌がらせでしかなかった。
゜ '+ ,
゜+. 。+
゜'
「おはよう」
「おはよう」
そんな挨拶がなされる、朝の校門。
いつもはただの社交辞令のような声も、今日は少し違っていた。
今日は、2月14日。恋する乙女が大きな勇気を出す日だ。
意味もなくざわつく校舎。妙に距離をおく男性陣と女性陣。
そんな浮ついた空気の中を、僕は足早に教室へ向かう。
逃げたかった、というのと、ひょっとしたら少しの期待もあったのかもしれない。
色褪せたドアをガラッと開けば、教室にはまだほとんど人はいなかった。
そんな中…窓際から2列目の、いちばん前。
柔らかそうな栗色の髪の女の子が、ドアの音に気付いて僕の方を振り返った。
なるべく平静を装って、僕は窓際の自分の席に向かう。
「おはよう、シュウくん」
可愛らしい声が、僕を呼ぶ。
「お…おはよう、マユちゃん」
僕も慌てて伏せていた顔を上げて返事をする。
栗色のセミロングに、優しげな瞳。柔らかく微笑み、小さな両手は背中に回されて、見えない。
僕の…大好きな人。
「今日は、みんな教室に来るのが遅いね」
「う、うん…玄関辺りに沢山いたね」
「………」
僕もマユちゃんも、それきり押し黙ってしまった。
気まずい沈黙が、降りてくる。
不意に、俯いていたマユちゃんが顔を上げた。
「あ、あのっ!シュウくん…」
「な、何?」
どき、どき、どき。
心臓が、苦しい。
マユちゃんの一挙手一投足が、気になって仕様がない。
まるい瞳が、不安げに僕を見上げてくる。
桃色の唇が、少し震えている。
柔らかな頬が、まっかになる。栗の髪が、ふわふわと揺れる。
きゅっと目を瞑り…顔を逸らして………再び僕を見上げ、マユちゃんは口を開いた。
「……こ、国語…わからない所があるんだけど、教えてくれる…?」
「あ……うん、いいよ。どこ?」
微笑んでみせ、僕は彼女の席に向かう。
゜*。
' *。
別にバレンタインだからといって、授業などが特別になるわけでもない。当たり前の事だ。
教壇に立つ教師の講義をボンヤリと聞きながら、僕はななめ前のマユちゃんの髪を見つめていた。
2年前の事だった。
あの時もボーッと授業を聞いていた僕は、となりからころころ転がってきた消しゴムに気が付いた。
『はい』
すぐ拾って、となりの席の人に渡した。
『あ…ありがとう』
その人は微笑み、お礼を言ってきた。
汚れのない…驚くほど素直な笑顔を、僕は生まれて初めて見た。
マユちゃんのあの微笑みを、僕は生涯忘れないだろう。
気が付けば、教師が黒板に何か書き始めていた。あわててペンを持つ。
だけど金属性のペンは僕の手を滑りぬけ…カランと床に落ちてしまった。
慌てて拾って戻るときに…一瞬だけ、マユちゃんと目が合った気がした。
.x '゜
゜x'
気が付いたら下校時刻だった。
さまざまなコートに身を包んだ人たちが、思い思いの方向に帰るのを窓から見ていた。
ふと振り替えれば、教室には誰もいなかった。
誰も…マユちゃんも。
何故…いつも期待してしまうのだろう。
成績優秀で気立てのいい美少女のマユちゃんが、僕なんかに興味を持つわけないのに。
ちょっと考えれば…すぐ分かることなのに。
はじめから、分かっているはずなのに………。
「…ぅ……っく…」
気付けば僕は泣いていた。
机に突っ伏して、しくしく泣いていた。
情けない。
男なのに。もう子供じゃないのに。
なんで……なんでこんなに苦しいんだろう。
なんでこんなに…胸が痛いんだろう。
なんで……涙が止まらないんだろう…。
なんでこんなに……愛しいんだろう…‥ ‥
僕は貴女が、大好きです。