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王太子が婚約破棄でざまぁされている真横で、ひっそり失恋していたモブ男爵令息。泣きそうな僕の手を取ってくれたのは、いつも図書室で目が合う彼女でした

作者: きびだんご
掲載日:2026/07/20

月明かりに照らされた貴女の横顔は、息を呑むほどに美しく、それでいて儚い。

先程までホールで渦巻いていた、あの冷酷な罵声と視線の数々が、まるで幻であったかのように、貴女は凛と佇んでいる。


──婚約破棄。

それは、貴女をどれほど傷つけたことだろう。


張り詰めて今にも壊れそうな貴女の、その手を引いて、この冷たい場所から連れ去ってしまえたなら。


だが、貴女の心を解きほぐす資格を持つ人は、すぐ現れるのだ。


重厚なドアが開き、ホールの眩い光を背負って颯爽と現れた彼が手を差し出すと、ようやく貴女の肩から力が抜けていく。


その手を取り、柔らかく微笑む貴女の姿に、私は心から安堵し、その場から立ち去る。


この手で温めることが叶わなかった夜を、一度だけ振り返りながら。


彼らの行先に、どうか幸在らんことを。




「……声をかけなくて、良かったのですか」


背後からかけられた静かな声に、私は振り返る。そこにいた彼女は、かけるべき言葉を探すように視線を彷徨わせていた。


「ええ。ヒーローが颯爽と姫を救い出してくれましたから」

少しおどけてこたえた。

夜風が、私たちの間を吹き抜けていく。

「ですが…そうですね。物語の哀れな脇役に、一曲踊っていただける姫がいらっしゃれば、脇役は泣かずに済みそうです」


彼女は私の不器用な冗談をすべて受け入れるように、ただそっと、私に向かって手を差し出してくれた。


私は促されるままに、その手を取る。

ホールの中心で響く華やかな音楽と、貴族たちの楽しげな喧騒。その眩しい光から隠れるようなテラスの片隅で、私たちは静かにステップを踏み出した。


彼女の腰にまわした手のひらと、重ねた指先から、驚くほどまっすぐに体温が伝わってくる。


本当は、今すぐこの場に崩れ落ちてしまいたいほど、胸の奥が痛い。先ほど別の男の手を取って微笑んだあの人の横顔が、目に焼き付いて離れない。


──けれど、いま私のステップに合わせて揺れる彼女の体温が、かろうじて私をこの世界に繋ぎ止めていた。


「……少し、疲れましたね」


私が小さく呟いたその言葉は、何に対する言い訳だったのだろう。令嬢を失った悲しみから目を逸らすための言い訳か、あるいは、こうして別の彼女の手を握りしめていることへの言い訳か。


彼女は何も言わず、ただ私のステップに身を委ねてくれている。そっと私の手に力を込め、私の痛みに寄り添うように一緒に踊ってくれている。


あの人を想う私はいまどんな顔をしていたのだろう。ふと視線が合うと、彼女は少し驚いた顔をして、一度目を閉じ…また、静かにいつもの笑みを浮かべてみせた。 その優しさに、私の張り詰めていた何かが、静かにほどけていく。


この温もりがあるから、私は今、泣かずにいられる。


恋愛の始まりなんて大層なものではない。ただ、この冷たい夜の中で、お互いの体温を分け合うような、優しくて、少し切ない時間だった。


──これが僕たちの、恋の、始まり。

続きが書いてみたくなり、

連載版を投稿し始めました。

https://ncode.syosetu.com/n8712mm/

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