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あの頃の忘れ物

作者: Taby
掲載日:2026/03/06

とても短い僕自身の話ですが、今でも思い出すということは長い話のようにも感じます。


挿絵(By みてみん)


スマホも今ほど普及していなかった頃の話です。

先輩の家で飲み会があった時、僕は忘れ物をしました。


それを後日届けてくれたのが共通の後輩でもあるその子との最初の出会いでした。


彼女は僕より1つ下で、違う大学の1年生。僕と同じ出身地で、当時僕が住んでいた隣の百合ヶ丘に住んでいました。

そこで、共通の先輩を通して会ったことのない彼女に忘れ物を届けてもらうことになったのでした。


初対面の女性が届けに来るということで、ちょっとした「ひょんな出会い」を期待していたと思います。

彼女が指定した駅の改札に向かうと、そこで待っていたのは男っぽくて快活な女の子でした。


お互い同じ地元ということで立ち話で盛り上がっていると、「どこかでお茶でもしません?」と彼女から誘われました。


確か午後6時半頃にドーナツ店に入って、閉店の11時までお酒もなしに地元の話や通っている大学の話など喋り続けました。


初めて会った女性というよりは、昔から知っていた男友達と久しぶりに会ったような感覚。

喋り足らず、「明日、町田辺りで飲もうよ」と僕から誘いました。


翌日の町田でも最初に入った居酒屋で5時間ぐらい喋り放し。それでもまだ喋り足らず、店を出た時に「うちで飲もう」と僕はアパートに誘いました。


二人とも泥酔に近い酔っぱらいだし、何が楽しいのか笑いっぱなしで、彼女も遠慮なしに僕の部屋に。

そのまま僕はベッドに彼女を引き込んで「寝ようか」と言いました。


彼女は、「うん」と一言。


二つの意味を含めて振った質問に二つの意味を含んで返され、考え迷って横になっている間に酔っぱらっていた僕は眠ってしまったのです。


「共通の先輩」がいるということが、何もできなかった一番の理由かもしれませんが。

夜中に目が覚めた僕は、一人静かにベッドの下に移動して寝ました。


それから僕らは、週一で飲みに行く「友達」になりました。

「友達」なのに女性ではあるからというのもあり、彼女を部屋に呼ぶことをやめました。


ある日、一次会の店で長時間喋った後、居酒屋を出ると雨が降っていました。

彼女は、「天気予報で雨降るって言ってたじゃん」と自分の赤い傘を見せて自慢気です。

小雨だったので、「これぐらい歩いて帰るよ」と言うと「隣駅だから送るよ」と彼女。

彼女の赤い傘に一緒に入って僕の部屋まで歩き、送ってくれた彼女を僕の家に上げました。


その後に部屋でまた飲んで、いい加減眠くなった頃にベッドの下に布団を敷きました。

最初はどっちがベッドを使うか争ったけど、家主の僕がベッドで寝て彼女は下の布団になりました。

そしてそのまま、まるで男友達が来た時と同じように、普通に就寝しました。


翌朝は嘘のような青空。


「一限行くの、もったいないね」と言いながら一緒に駅へ向かっていると、彼女の傘を忘れたことに気付きました。

「ねえ、傘」と彼女に言うと、「今日傘持って行ったら朝帰りって思われるじゃん」。


朝帰りしているのですが…。


仕方なく彼女の赤い傘は、僕のアパートの玄関に取り残されることになりました。


2回も何もなかったことから完全にお互い友達の領域に入ってしまいました。2回も何もなかったことが、僕らをふっきれさせました。


それから何度か僕の部屋に彼女が飲みに来るのですが、彼女が家を出る時は決まって晴れ。


彼女の傘はずっと玄関に置かれたままです。

一人、部屋に帰ってきてその傘を見る度、恋人でもない彼女の存在を思い出すので何かしゃくでしたが、一人暮らしの部屋にはどこか温かい存在でした。



それから三ヶ月ほど経った時、僕に彼女が出来ました。

付き合っている相手が来る度、あの赤い傘は隠されてしまいます。

ある日僕は、例の彼女に「やっぱりあの傘返すよ」と電話しました。


僕に彼女が出来たことを話すと、「捨てていいよ」と彼女。でも人の物を捨てる気にもなれず、「返させて」とお願いしました。


本当は、長いこと部屋にあったあの傘に愛着が沸いたのかもしれません。本人に持っていて欲しかったのかも。


久しぶりに二人で四時間も飲んで、いつも通り二人で酔っぱらいました。「また忘れるところだった」 僕は、居酒屋のテーブルの下に置いていた赤い傘を返しました。「いらないって言ったのに」そう言って彼女は、雨も降っていない夜に傘を受け取りました。


昔みたいに僕の部屋での二次会はありません。

ホームで一度だけ振り返り、彼女は軽く手を振りました。そして、あの赤い傘は引きずられたまま人込みに消えていきました。


その後、彼女にも彼氏が出来て引っ越し、気軽に飲める距離でもなくなりました。


たまに電話でお互い近況を喋り、「今度飲もうよ」と言って終わるのですが、お互いサークルやバイトが忙しくてなかなか都合はつきません。

そのうち僕は就職活動の時期を迎え、彼女は再度引っ越しをして電話番号も変わり、共通の先輩ともお互い疎遠になったことで彼女と連絡を取る手段はなくなりました。



それから十年後ぐらい経ってふとSNSで彼女の名前を探したことがあります。「結婚して名字が変わっているかもしれないし、登録もしてないか」とヒットしない名前を探すことを諦めました。


あれは昔の友人を探す感覚でもあったし、昔好きだった人を探すような気持ちも少しありました。

明らかにあれは恋愛でなかったけど、彼女や男友達といるよりも楽しい時間だったかもしれません。


何度も朝まで過ごしながらも一度も何もなかったからこその、僕らにしかない奇妙な友情だったと思います。

だから今でもふと思い出すのでしょうね。


読んでいただきありがとうございました。

恋愛小説の長編にもチャレンジしたいと思っています。

よろしくお願いします。

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