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槍と紋章 ―― 名参謀ロクフォール――小国は名を取り戻す為に戦う  作者: 御厨つかさ
第二章 帝国皇帝のスローライフ

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Act 29  黒羽根兎と旋転竜 2


 旋転竜とは、蛇のような形をしていて尾をくわえて丸くなって飛ぶ種族だ。旋転の名の通り、回転して飛ぶ。その背には鋭い刃に似た背びれがあり、飛ぶ際に触れる周囲を切り飛ばしてしまう。

 大変厄介で、危険な飛行形態だが。

 ―――しかしまあ、…多分、こいつは戦で一番厄介だった敵と同じだったということなんだろうな、…。

思うのは、戦の際に相手の兵としてしっかり認識は出来ていなかったが、その武器として手強いと思っていた相手のことだ。当時、敵兵の姿さえきちんと認識できていなかったのに戦が続いていたのは、互いの世界が生存を競う為のぶつかり合いが、戦としてこちらには認識されていたから、ということだが。

 ――まあ、よくはわからんが、…要は、こちらの武器とか、ときには兵士ごと、―――吹き飛ばしてくれた武器、だよな、…多分。

手足を切り飛ばされて、故郷で傷病兵として不自由な暮らしを強いられている兵。戦は終わりを告げたばかりであり、それらの傷を癒やす術をかれは一つも持っていない。

 ――情けない話だな。…

苦笑して、黒羽根森を振り仰ぐ。城から近いこの森は深く、悩みながらこうして散歩がてら歩いてきてもすぐに着く距離だ。

 そして、その樹々が森の際を形作る辺りに、既にその痕跡はあった。

 旋転竜が飛んで移動する際に、傷つけた樹の根元。あるいは、細い木が倒れ道を造るようにして破壊の跡が続いている光景。

 要は、この破壊によって森に暮らしにくくなることや、旋転竜が移動する際に巻き込まれて怪我をすることへの抗議が、黒羽根兎たちの主張になる。

 あまりに尤もすぎて、どうしたものかとおもう。

 だが、さらにおもうのは。

 回転している際に刃のように鋭くなる旋転竜の背びれ。

 それは、世界が存続を賭ける意志を示して闘っていた際に生まれた武器になるのではないのだろうか?と。

 かれが、―――孤児院にいたこどもが、生きるために武器を取り、そうして兵士になったように。

そんなことを考えるのは、この世界の仕組みとやらをきいたからかもしれないが。 さらに何故か二つの世界を取り持つように皇帝として名ばかりはこの帝国側を統べる立場となって、―――。

 残してきた故郷である小国の持つ傷も、この帝国側に棲む生き物たちのもつ傷も、また見えてきていたからかもしれない。

「よお、旋転竜の――名は何だ?」

「陛下」

くい、と鎌首をもたげるようにしていうのは、破壊の痕跡を辿って着いた洞穴の入り口にいた旋転竜だ。どうしてか、この世界では帝国に着いた途端にかれのことは皇帝として認識されており、陛下と皆が呼ぶのを最早止めることは諦めているグレッグである。

「ああ、話をしにきた。生まれるのか、子供が?」

微笑んでいうと、問いかけに鎌首をくるりと回して、旋転竜が洞窟の奥をみる。

「いましばらくはかかりましょうな。吾等に、お話とはあの分からず屋の黒羽根兎たちのことでございますかな?吾等が巣を作る為に枝葉を落とすことを迷惑だと大げさに。また、吾等が動き回るのが危険だなどと言いがかりを!危ないというなら、あの一角はどうなのです?こちらを突いてくる角の危ないことといったら!」

「わかった。先に黒羽根兎たちの話はきいているからな。次はおまえたちの話を聞きにきたんだ。こどもたちが生まれるのがまだなら、きかせてもらえる時間はあるか?」

「勿論ですとも!陛下!きいてください!」

洞窟の前にある岩に腰掛けて、旋転竜の話をきく。それにしても、帝国に来る前は洞窟でも住処にして、と話していたが。そうしなくてよかったな、としみじみおもう。

 人が住むに適した洞窟は既に当然ながら他に生活している生き物たちがいたのだ。

 さて、どうしたものかと思いながらグレッグはしずかに旋転竜の時折ヒートアップする話をゆったりときいている。



「どうでした?森は」

元副官ウィルが声を掛けてきて、グレッグは振り向いて笑顔になっていた。

「どうにかなりそうだ。――…そっちはどうだ?」

城へ向かう足を留めて、畑の方をみる。小隊の副官から見事に農地を管理する仕事に切り替えた元副官は、腰に手を当てて大きくのびをして笑顔になった。

「いい具合ですよ!それに、――エリーゼ!」

「はい!陛下!」

小屋からざる一杯になにかを運んできたエリーゼがウィルの方をみてから、グレッグに気づいて明るい笑顔で呼びかけて頭を下げる。

「おい、やめてくれ。動物たちだけじゃなくおまえたちまでにそう呼ばれては」

情けない顔でそういうグレッグに、ウィルが笑顔でいう。

「おれたちも帝国民ですからね?一応はそう呼びませんと。なあ、エリーゼ」

「そうですよ、陛下!他に誰もまだおりませんもの。わたしたちだけでもちゃんと呼んでおきませんと!」

「…―――わかった。…しかし、ウィル、エリーゼ。足りないものはないか?まさか、エリーゼがこいつを追って来てくれるとは思っていなかったが」

微笑んで問うグレッグに、ウィルが遠く視線を逸らし、そのウィルにエリーゼが笑顔になる。

 ざる一杯の野菜を腰にあてて抱えて、いい笑顔で幾度もうなずいて。

「戦が終わったら結婚する約束をしてたというのに、都に戻った隊のどこにもいないんですもの。本当に、探しましたよ」

「よく見つけられたな」

楽しそうにいうグレッグに、はい、とウィンクを。

「本当に、リチャード様が教えてくださらなければ、わたくし、いかず後家で一生を終える処でした」

「それはいけないな。ウィル、大事にしろよ?エリーゼさんを」

にっこりというグレッグに、ウィルが頭を抱えて真っ赤になっていう。

「…―――あああ、もう!何回それやれば気が済むんですか?…大将も、まったく、―――…エリーゼ、だからいったろう?おれは、苦労をおまえにさせたくなくて、」

「すまん。おれに甲斐性がないばっかりに」

「いや、大将はわるく、―――ああもう、すまないって!エリーゼ!もう、おまえに何も話さずにどこかいったりはしないから!」

「そこは大事だな、まったく」

「―――大将―――!」

突っ込むグレッグに、真っ赤になりながらいっているウィルの二人を、楽しそうにエリーゼがみて笑っている。

 それを横目にみて、ウィルが小声でぼやく。

「…大将、本気で、これあと何回繰り返すつもりなんです?今朝もやったばっかりですよね?」

おれたちに会う度にやってますよね?というウィルにグレッグも小声で応える。

「いやな、エリーゼさんに頼まれたからな、…おまえが彼女に何も言わずに何かすることがないようにきっちり記憶させるまではといわれている」

「…――それ、終わるんですか、…ですからね?」

涙目になっているウィルに面白いな、と思いながら微笑む。

「先月、リチャードがおまえの嫁だといって彼女を連れてきたときは驚いたからな。おれもあきるまでは付き合おうとおもう」

「―――大将、…――!」

嘆くウィルに笑んで、それからエリーゼに目配せを。

「それで、夕飯はお願いしてもいいのかな?」

「勿論です!ほら、ウィル!それでは、陛下!楽しみにしていてください」

「楽しみにしているよ」

笑顔で、思わずエリーゼにひかれていくウィルを楽しげに見送る。正直、軍では逆らえない副官だった為に、こうして尻に敷かれている姿をみるのがとても珍しくて楽しい気持ちだ。そう、小隊長であったかれだが、副官ウィルに逆らえたことは一度もなかった。

 ――ヒエラルキーっていうのは、あるもんだな。

生物の中にある段階というか。強いものが上にくるシステムは何処へいっても同じらしい、と。

 ――しかし、城が丈夫で広いのに関しては、リチャードに感謝だな。

見事に優美な城だが、丈夫なこともとても確かだ。だから、畑で黄金芋が実り、幾らかの蓄えが出来て生活の目処が経ってきた頃に、ウィルと結婚の約束をしていたというエリーゼがやってきたときに部屋をすぐ用意することができた。

「リチャードに何か御礼をしないとな、…」

何がいいか、と思いながら城へと足を運ぶ。

 黒羽根兎たちと旋転竜の争いには、かれらの話をきく内に、ひとつどうにかなりそうな考えが浮かんでいた。それについても、可能なら相談してアドバイスをもらえたらとも思う。人としていまも一応暮らしているらしいリチャード・ロクフォールの領地を差配する手腕に、政治家として活動して大家となっている姿をみれば、自分のような名ばかり皇帝よりもずっと本当の帝に相応しいだろうにとも思うが。

 ――一応、魔王とかだったか、…。

神といい魔王といい、どちらもおそらくは本来ならば人の暮らしにあまりアドバイスなどくれていていい存在ではないのだろうが。

 ――まあだが、こちらは初心者だしな。

もらえるアドバイスはもらおう、と。

帝国皇帝初心者である元小隊長は、しみじみとそうおもうのだった。






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