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槍と紋章 ―― 名参謀ロクフォール――小国は名を取り戻す為に戦う  作者: 御厨つかさ
第二章 帝国皇帝のスローライフ

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Act 28  黒羽根兎と旋転竜 1


帝国の執務室。

とはいっても、いまの処人員は元小隊長であるグレッグ唯一人。

立派な貴族が使うような重厚なデスクも、室内の実に品の良い上質な設えも、グレッグにとってはそこにあるから使っている――実をいえば、少々持て余し気味のものだ。

 そう、できればこれを作成したという相手にお返ししたいほどの。

「…――リチャード、何をなさっているんです?」

そして、窓の外に城下がみえる執務室のデスクで最近の決裁事項とかいうものを整理していたグレッグが振り向いて問うのは、淡い金髪に鋭い金の眸にいかにも上流貴族と服装も洗練された物腰も、あるいは其処に佇むだけでわかる存在であるリチャード・ロクフォールにだ。

 淡い金の眸を楽しそうに輝かせて、リチャード・ロクフォールがグレッグを実に楽しそうにみて応える。

「…何を?もちろん、きみをながめて楽しんでいる。人間というのは、実に面白いものだね?」

「―――…リチャード、人でない素性を明かされたからといって、そう無防備に語るのはやめてもらえませんか?客がきて耳にしたらどうするんです?」

「そうだね?でも、此処は人の王国ではないのだから、かまわないんじゃないかな?確かに、訪問に先触れをしない住人達が多いけれども、私のことは誰も気にしないんじゃないかな?」

いいながらグレッグの斜め後ろにいるかれは、―――。そう、多分、机の上にグレッグが広げている書類をみやすいようにという為にだろうが。

 浮いている。

 先の闘いまで、リチャード・ロクフォールは帝国と闘う人の王国にその名を知られた政治家として、人の貴族としてよく知られていた。

 だがしかし。

 どこからどうみても浮いているリチャード・ロクフォールに、頭痛をおぼえてグレッグが額を押さえる。

「どうしたんだい?グレッグ。根を詰めすぎるのはよくないよ?外に出て少し気晴らしをしてきたらどうかな?」

「…ありがとうございます、…リチャード」

眸を伏せて応えるグレッグに、楽しそうにリチャード・ロクフォールが微笑む。

麗しい美貌に金の眸が実に、実にうれしそうだ。

「素直なのはいいことだよ。きみは、突然、この帝国の忘れ形見として見出されてしまって、慣れない執務なんてしているのだからね?無理はよくないよ?書類ばかりみていないで、たまには外に出てごらん」

「…そう、ですね、…――黒羽根兎たちの裁定もしなくてはいけませんし、―――…でますか」

いうと、立ち上がるグレッグに実に楽しそうにその隣に浮かんでついてくる。

 そう、浮かんでいる。

 リチャード・ロクフォールを、以前、グレッグは貴族ではあるが人間だと信じて疑っていなかった。現在も、この帝国と王国を結ぶ大使として――表面上はまだ人として此処へはやってきているはずなのだが。

 気楽に空に浮かんでついてくるリチャード・ロクフォールを背に、グレッグは溜息を吐いていた。

 そう、何故か帝国を再建することになり。

 何故か、帝国の忘れ形見とかいう設定になり。

 その上、人里なんてまったくない、ドラゴンとかが棲む帝国へと来ることになった。それから、ようやく一年と半年程。畑でいもを作り、食べ物はなんとかなりつつある。グレッグに着いてきた副官と二人分くらいなら、ストックも出来てきた。乾燥させた菜物の葉や、食べられるキノコ類も乾燥させてストックして。

 畑でとれた黄金芋を主食として、地道に生活基盤を造り続けている。

 そして、その住む処は当初、洞窟か何かを探して住み、時間をかけて建てるしかないと思っていたのだが。

「おや、きみの来るのをまっていたようだよ?」

「…―――」

楽しそうに宙に浮いてついてきているリチャード・ロクフォール。

 つまりは、人だと思われていたかれが、実は人間でなく魔王だったとかいう―――軍の上官として接していた時期もあったグレッグにとり、信じられない話を聞かされて。

 ――住む処は僕がプレゼントしよう。

にこやかにあっさりいってリチャード・ロクフォールが用意してくれたのが。

 ――正直いって、立派すぎます、…リチャード、…。

帝国に着いたとき見上げた城に、グレッグはあきれて言葉を失っていた。

ちょっと簡単なものにしたからね、といっていた住処。確かに、人がいまは住んでいないという帝国で生活基盤を築く為にも、住処はあった方がいい。だから、かつての上司でもあるリチャードが、魔王としての力で帝国に住居を用意してくれたときいたときには感謝したのだが。

 感謝はした。いや、いまもしている。

 雨露をしのげる屋根も丈夫な壁も大変それはありがたいものだ。

 だが。

 ―――リチャードは貴族だからな、…。

 王国にあった、広大なリチャード・ロクフォールの屋敷を思い返す。あれが、都にある王都で所用をする為の屋敷であり、領地にあるものとは異なり規模が小さいときいて考えるのをあきらめた。

 そして、だから。

 いまかれは、城に住んでいる。

 リチャード・ロクフォールがプレゼントしてくれた城。

「…―――黒羽根兎か」

 優美かつ堅牢であり、聳える権威も感じさせる白亜の城。

 執務室にもみられるように、その内部にもまた手抜きされた箇所など一カ所もない。貴族であるリチャード・ロクフォールに似合う質の良い磨かれた調度類。美しい彫刻や装飾の類いもまた見事なものだ。

 ――少しは帝国らしくしてみたからね?

 とは、城をみてあきれたグレッグに、リチャード・ロクフォールがいったことだが。

 ――それは一体、…。

庶民として生きてきて、貴族街なんて一度しか訪問したことはない。安宿と戦場が棲み家だったといえるかれだったが。

 ――あきらめよう。

城は、住むには広すぎる上に随分とかれには立派すぎるが。だが、雨風がしのげて、丈夫なのは確かだ。

 ――うん、立派な洞窟だと思おう。…

当初、雨風をしのぐのに洞窟をみつけて仮住まいにしようと考えていたのに比べればなんということはないはずだ。そして、城が丈夫なのは確かで。

 芋の貯蔵庫にも調度いいからな、…。

そんなあれやこれやを一旦思考の外において、グレッグは足許に集まってきた黒羽根兎たちをみていた。

 城から降りて外に出ると、小さな広場のようになっている箇所がある。

 そこへ現れたグレッグとリチャードを囲むようにして、黒羽根兎たちが集まってきている。

 黒羽根兎というのは、一角を持つ黒い兎のような生き物だ。兎が上にはねた二つの耳をもっているのと異なり、黒羽根兎たちには頭の横に小さな羽根が生えている。黒毛が全身を覆っていて、体付きは兎に似ていて、後ろ足で跳ね、前足をいまも前にそろえている。

 黄金竜であるドラゴン、アルバが帝国の同胞として連れてきた種族の中に、黒羽根兎たちはいた。

 そうして、黄金竜アルバが連れてくる多くの種族達を帝国に所属するものたちと認め棲み家などとなる地域が何処になるのかなどを記録していくのが、いまグレッグの主な仕事になっている。

 そして、黒羽根兎たちは帝国の森である「黒き羽根あるもの達の森」略して、黒羽根森に棲んでいる。グレッグは別にそれぞれの種族が何処に棲むのかを決める訳ではない。

 それは自由だ。

 だがしかし、今回は、―――。

 一角が一際立派な黒羽根兎が背伸びをしてグレッグを見あげてきた。

 黒瞳に一角、頭の脇にある羽根色は白。

「陛下、われら黒羽根兎の要望をお考えいただけましたか?」

「…――ああ、ちょっとまってくれ、そちらに座ってもいいかな?」

グレッグがベンチを示すと、黒羽根兎たちが脇をあけて通してくれる。それにほっとしてベンチに腰掛けて、じっくり話す体勢となって、グレッグは着いてきた黒羽根兎たちに屈み込んでいた。

 黒羽根兎たちの一角が実に危険に鋭く尖っているが。

 苦笑して、グレッグは話し出していた。

「おまえ達の棲み家に関しての希望だが、―――」

黒羽根森に棲んでいるのは、当然ながら黒羽根兎たちだけではない。

黒大狼や旋転竜(これは、蛇に近い種族だ)その他、多種多様な種族が棲んでいる。それだけ、豊かな森なのだが。

 その棲み家に関して、黒羽根兎たちだけの要望を取り上げるわけにはいかない。

 よく話をきいて、多様な種族達が無理なく互いに譲り合い棲むことができるように裁定を下す。それが、帝国の帝となったグレッグの仕事だった。

 要は、仲裁係だ。

 そんなことをおもいながら、グレッグはまず黒羽根兎たちの述べる希望をじっくりと聞くことから始めていた。

「もう一度、確認したい。どうしてもおまえ達が譲れないとおもう処は何になる?」

「陛下、わたくしどもは、―――」

陛下、と呼ばれるのには慣れることにした。他に方法がない。

そして、帝国の多種多様な種族――ドラゴンから、この黒羽根兎たちに至るまで――がすべてグレッグにあわせて人族の言葉をきちんと話すことができるという事実にも慣れることにしたのだ。

 どうやら、旋転竜との縄張り争いが一番の問題のようだな、と再度の聞き取りで確認しながら。

森のように豊かな生命系では、やはり問題は起こりやすい。じっくりと話をきき、問題を見出してその解決を模索するグレッグの様子を、少し斜め後ろに浮いて、リチャード・ロクフォールは楽しそうに眺めていた。




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