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人生は上々だ -人生、山あり谷あり、舞台あり-  作者: 志村けんじ


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負けられない勝負

 このわずか2日前。エイジ(やつ)はオレに「挑戦状」を叩きつけた。


「もし一人で不安なら、なーんでも頼んでも良いんだよね? それじゃ、お願いしちゃおっかなぁー」


 そう言って、エイジ(やつ)はオレに詰め寄った。


「実はさぁー。あったらしい相方見つけたんだけどー、どっちもネタを書けないんだよねー。代わりに書いてくれると、すごーく助かんだけどなー」


 これは完全に予想外の要求である。


「待て待て!? 素人のオレに、お笑いのネタなんて書けるわけ……」


 そうだ! いきなり、そんなこと言われても書けるわけがない! 


「なーんだ……書けないんだ……。期待して損しちゃった……。口ではあんな偉そうに……。じゃあ、諦め……」


 ちょっと待て!? なんだぁ、その含みのある言い方は!


「誰がやらないと言った! やってやろうじゃないか! この土師洋一はぜよういちに全部任せろってんだー!」


 完全にエイジ(やつ)の「挑発」に乗ってしまった……。オレはなんて馬鹿な男だ。


 エイジ(やつ)からの挑戦を受けて、オレは慌てて「お笑いのネタ」を書くことになった。そこで思いついたのが、古典落語の「明烏あけがらす」だ。


 これも「お笑い」の一つでもあるし、これならなんとかネタとして(まと)められるはずだ。


 演劇部のときも台本は何度か書いたことがある。問題はないはずだ。オレならやれる。


 わずか1日で、これを書き上げた。やつに書き上げたネタの台本を渡す。


 ところが微妙な反応だ。


「これのどこが面白い?」


 真顔でエイジ(やつ)が言う。


「お、面白いだろー!」


 そんな風に言われると自信も揺らぐ。


「じゃあ、代わりにやってみせて」


 エイジ(やつ)はおかしなことを言う。


「代わり? 誰の?」


「ここに居ないー、相方のー代わりー。もちろん出来んだよね?」


 またしても挑発的な目で、エイジ(やつ)がオレの顔を見つめる。ここでエイジ(やつ)に負けるわけにはいかない。


「もちろん! それじゃ、一丁手本を見せてあげましょーか!」


 こうして場所をカラオケボックスに移して、そこからエイジ(やつ)とのネタ合わせが始まった。


 このネタは「演技力」が問われるネタだが、高校時代に演劇部だったオレには造作もないことだ。それにオレは喜劇コメディーを最も得意としている。


 このエイジ(やつ)とのネタ合わせは、何気に心地良いものであった。久しぶりに自分の中の別の自分を演じることに快感があったのかもしれない。


 自分で書いたネタではあるが、演じてみればなかなかの出来ばえである。


「うん。ちょっと良いかもしんない」


 最初と打って変わって、エイジ(やつ)も満足そうだ。


「それじゃ、この調子で明日もお願いね!」


 言った意味がわからず聞き返す。


「は!? 明日もお願いとは?」


「やだなー。最後にこのネタ作った作家先生に演技指導してもらわないとー。頼みますよ! 先生!」


 これがおだてとはわかっているが、そんな風に言われてしまうと実に嬉しいものだ。


「先生……任せておきなさい!」


 と、そんなこんなで今日を迎えていた。


 で、その肝心の新しい相方はというと一向に現れず、オレが「全部任せろ」と言ったことに揚げ足を取られ、その代わりにオレが舞台に立つこととなった。


 それが、今日ここまでの経緯いきさつである。


「……じゃあ、合格で。よろしくね」


 審査員の一人がそう言った。会場が一斉に騒めく。


 周りにいたお笑い芸人たちの中には、ライバル心むき出しの目でオレたちを見つめる者もいる。


 その視線に少し戸惑っているオレの表情かおを見て、エイジ(やつ)が「ニヤリ」と笑う。


「ソルティドッグ、合格おめでとう。凄いねー、なかなか面白かったよ。これから頑張って」

 

 と、もう一人の眼鏡を掛けた審査員がそう言う。


「いや。頑張ってと言われましても、僕は代役で……その……ネタ見せだけっていう話では?」


 エイジ(やつ)からは、そう聞いている。


「キミ、名前は?」


土師洋一はぜよういちですが」


「ハゼ・ヨウイチ……じゃ、間違いないね」


 机の上のエントリーシートを確認して、その審査員は言う。


 やられた……。またしてもやつにやられてしまった……。これは初めからやつの計画通りだったのではないか。


「じゃ、頑張って!」


 再度、その審査員が念を押す。


「ハイ! 頑張りまーす!」


 そんな戸惑っているオレの横で、エイジ(やつ)は元気に返事する。


「こらエイジ、すぐに調子に乗って。また迷惑掛けんじゃないぞ。それじゃ、ハゼ君、よろしくね」


 この言い方のニュアンスからすると、どうやらオレはエイジ(やつ)の保護者的立ち位置を頼まれたようだ。


 なので……。


「はぁ……」


 そう(うなず)くしかなかった。


 こうして、お笑いコンビ『ソルティドッグ』は誕生したわけである。


 そこからは、まさに怒涛の勢いだった。「期間限定と」覚悟を決めたオレはエイジとふたりで『ソルティドッグ』として、テレビにこそ出れないものの、それこそ事務所主催のお笑いライブ、他主催のライブ、ショー劇場と、大学卒業までの「記念」を言い訳に、出に出まくった。


 なので余裕だったはずの「卒論」の提出もギリギリになってしまい、少々焦ったりもしたが、無事卒業も決まった。


 これにはデビューする前からの『ソルティドッグ』の第一号のファンでもある、彼女のあと押しの存在も大きかったと言える。


 ここまでは、オレの人生は「上々」のはずだった……。


 「恵美」も、何度か「お笑いライブ」を見に来てくれている。そう。「エミちゃん」から「恵美」に昇格したのである。いや。彼女が昇格したのではない。「オレが彼女の中で昇格」したのだ。


 恵美が見に来てくれたあと、久しぶりに恵美とふたりで居酒屋『きりたんぽ』に顔を出した。


「お前らは、本当に忙しいやつらだなぁ。バイトに入った、復帰したと思ったら、また忙しそうに飛び回ってるみたいじゃねーか」


 店長の木場さんが、「お前ら」と言ったのは、もちろんエイジとオレのことだが、オレはともかくエイジが忙しくなったのは、ここ数カ月の話のはずだ。


「でも、なんかもったいないねー」


 恵美がしみじみ残念そうに言う。


「いやいやいや、エミちゃん。これはあくまで卒業までの記念だからね」


「それでも、ちょっともったいない」恵美は本当に凄く残念そうだ。


「ねぇ、なんとかならない? 本当はもう少しやりたいんじゃない?」


 念を押すように、恵美は再度言ってくる。


「なんとかって言われてもねー」


 そう答える以外に他はない。


 正直なところ、心残りが全然無いというわけでもない。それでも初めから決まっていたことだから、いまさら予定は変えられない。


 そんなことを思っていると、突然後ろからエイジの声がする。


「もう、なんだよ! ハゼー、全然男らしくねーな!」


 これは完全なる不意打ちだ。


「なんだよ!? お前、驚かせんじゃないよー! ビックリするだろうが!」


 本気で驚いた。


「あー。悪い悪い。今日、急遽エイジにバイト入ってもらってたんだわ」


 と、木場さんが謝る。


「そゆことー」


 とエイジは、なんとも軽い返しだ。


「そういうことは、先に言えよー!」


「偶然偶然。オレ、今からだから」


「じゃ、よろしくー」


 この木場さんの言葉からして、どうやら本当のことようだ。


「しかし、さっきから聞いてれば、うじうじと未練がましいねー」


 エイジがさっきまでのオレのことをなじってくる。


「どこがだよ!?」当然、それには反論する。


「これからオレには、不規則なお笑い芸人から、規則正しいサラリーマンとしての普通の人生が待ってるっていうわけよ」


 これからは刺激よりも安定である。


「なーに言ってんだか。本当は、お前もまだまだ続けたいって思ってんじゃねーのー」


 そうエイジに言われて「ドキッ」とした。


「馬鹿言ってんじゃないよー。春からはようやく待ちに待った正社会人だぜ」


 そう。これからは楽しいだけの学生気分ではいられない。本当の意味での「大人としての責任」が伴う。


 エイジがこれに対して強く反論する。


「はぁー!? お前、お笑いの仕事、まだちょっと舐めてんべ!」


 エイジは怒り露に大声を上げる。やつが怒ったのは、これが初めてだ。


「なにわけわかんないこと言ってんだよ! はじめっから大学卒業するまでの間って、約束だったじゃねーかよ!」


 その約束だったはずだ。


「ふ~ん。お前、自信がないんだー、自信が! これからも続けていく自信が!」


 またエイジが挑発してくる。


「なっ、ふざけんな! 自信がなきゃ、この数カ月やってこれるわけねーじゃねーか!」


 周りを気にせずに、エイジとケンカしていたことに、オレは気づかずにいた。何故、誰も止めずにいたのか、今となってはどうでもいい。


 それほどにオレの心は熱くなっていた。だからオレの方から。


「よーし! それなら賭けをしよう! もし、次のライブで、客のほとんど笑わすことが出来たら、晴れてオレはそのまま引退。もし出来なかったら続行。これでどうだ!」


 そうエイジに挑戦状を叩きつけた。


「だからってな、お前が手を抜いたら許さねーからな!」


 そう言って、オレやつに強く念を押した。


「その挑戦、受けてやんよ!」


 なんだか今思えば、部分的に切り取られれば、ただの昔のヤンキーのケンカだ。それでも、何故だかオレの胸が高鳴る。


 オレはその気持ちが途切れることなく勇んだままに、その新しいネタの台本を書き上げた。

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