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人生は上々だ -人生、山あり谷あり、舞台あり-  作者: 志村けんじ


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新コンビ結成?

「旦那、よろしゅうございます。柔らかいものを硬くするというのは難しゅうございますが、硬いものを柔らかくするというのは造作もないことでございます」


 これは古典落語「明烏あけがらす」の一節である。


 二十一歳にもなる一人息子の時次郎があまりにも堅物なことを心配した日向屋の主人半兵衛は「客商売をする者が世間知らずでは困る」と悩んだ末、町内でも有名な遊び人の源兵衛と太助に、息子の時次郎を一晩吉原遊郭に連れ出してくれと頼んだ。


 そんなやり取りがあったとは何も知らない若旦那の時次郎は、江戸中が稲荷祭りに浮かれる初午の日に、お稲荷さんに泊り込みのご参詣さんけいに行きましょうと騙されて、まんまと吉原遊郭に連れて行かれた。


「旦那、よろしゅうございます。柔らかいものを硬くするのは難しゅうございますが、硬いものを柔らかくするのは造作もないことでございます。きっと若旦那の頭を柔らかくしてみせましょう」


 何故、オレはこんな所でこんなことをしている!?


 羽織袴姿はおりはかますがたのオレは、現在いまやつの事務所主催のオーディションの舞台に、エイジ(やつ)と共に一本のスタンドマイクの前に立っている。


 ちなみにこの羽織袴はおりはかまは、オレが用意した物ではない。用意周到にエイジ(やつ)が用意していた物だ。


「さあここが有名なあの大門……いや鳥居でして」


 源兵衛役のオレは右手を斜め上に挙げて、その演技を続ける。


「へぇ~、これが鳥居ですかー。しかし源兵衛さん、黒い鳥居とはずいぶんとと珍しゅうございますねー」


 若旦那、時次郎役のエイジ(やつ)がわざとらしい口調で答える。


「ではお茶屋……いや巫女さんに支度をしてもらいますので、若旦那はちょっとだけここで待ってておくんなさい」


 二人芝居なので、当然もう一人の太助役はいない。


 時次郎役のエイジ(やつ)は、子どものように辺りをキョロキョロ見回しているが、そのうちにここが吉原の中の女郎屋だということに気付いて、帰りたいと駄々を捏ねだす。


「やだやだ! こんなところもう帰りたいー!」


 エイジ(やつ)は両手をバタバタとさせる演技から、床に寝転んで両手足をバタバタとさせて駄々を捏ねる演技を加速させる。


 予想外のエイジ(やつ)の演技にオレが戸惑っていると、やつはそのオレの表情かおを確認して、スッと上半身だけ起き上がる。


「もう帰るったら、帰るー!」


 エイジ(やつ)は握った両手で床を叩く。


 エイジ(やつ)のこの演技の勢いに負けて、危うく次のオレのセリフを忘れるところだ。


「若旦那、さっき鳥居と言った所は有名な吉原の大門だ。一緒に入ってきたのに こんなに早く若旦那一人で帰ろうだなんて、それこそ怪しい奴と止められて、怖い怖い番人にふんじばられてしまいますよ!」


 ここから源兵衛役のオレは、上手いこと若旦那役のエイジ(やつ)を丸め込んで、飲みの席、現代いまでいうところのキャバクラのソファーに見立てた床に座らせた。


「ほらほら、こんなきれいな娘がお酌をしてくれるんだから、悪くはないでしょ。さぁ、ぱぁーっと、飲みましょ、飲みましょ!」


 ここからはエイジ(やつ)の見えない花魁おいらんとの一人芝居だ。

 

「ホントに? オレって、そんなにイイ男。まいったなぁー。もっと言って!」


 時次郎役のエイジ(やつ)は、そのままテンポよく花魁おいらんに気持ちよくお酌される演技を続ける。


 エイジ(やつ)のこの演技は、あの『昭和の爆笑王』と呼ばれたあの人の芸にそっくりだ。


 その隣で源兵衛役のオレは、花魁おいらんに一切相手にされずに不満顔の演技を続けるのだが、突然、時次郎役のエイジ(やつ)がスッと立ち上がり、千鳥足の酔っぱらいから、あの「酔拳」の動きを真似てオレに近づく。


「な……なんだよ!?」


 この「酔拳」の動きは、オレが書いたネタにはない、完全にエイジ(やつ)のアドリブだ。


「なんだよ!? やろーってのか!?」


 とオレも身構える。


 この台本にはないエイジ(やつ)の動きに動揺していると、やつはまるで電池が切れたおもちゃのようにピタッと動きを止めてそのまま寝てしまう。


 オレはほっと胸を撫で下ろして演技を続け。


「これで硬かった若旦那の頭も、随分とほぐれて柔らかくなったはずだ」


 そこから日が昇り、明け方になった演技をして。


「若旦那、若旦那、もうそろそろ帰りますよ」


 時次郎役のエイジ(やつ)は、ニヤニヤとした顔で起きようとしない。


「若旦那、起きてくださいよ! もう帰りますよ!」


 オレはエイジ(やつ)の身体を揺すって起こすと、「ハイ!」やつは左手を大きく上に挙げて起きるのだ。 


「いやいや、けっこうなおこもりでした」


 なんとも言えないニヤニヤした顔でエイジ(やつ)が言う。


「おいおい聞いたかい。昨日はあんなに駄々捏ねてたくせして、意外とお好きなんですなー。でも若旦那、こういうのは切り上げ時が大事です。夜も明けたんで引き上げますよー」


 オレはエイジ(やつ)の腕を引っ張る。


「でもでもー、花魁がボクの手の手を離さなかったんだよねー。オレ、モッてモテー!」


 とエイジ(やつ)は、反対の腕を花魁おいらんに引っ張られる演技をして、またもいやらしい目でオレの顔を見上げる。


「あぁー! もうやってらんねえよ! それじゃあ若旦那、ゆ~っくりと遊んでらしてください。こちらは先に失礼します」


「ふ~ん。帰れるもんなら帰ってごらんなさい。大門で止められてふんじばられてしまいますよ」


 ここでコントの「演技」終了だ。もうこれが「コント」だったのかなんなのか、初めてネタを書いたオレにもよくわからない。


 ふたり揃って深々と頭を下げて、ようやくホッとする。


 何故にオレが突然この様な状況になってしまったかというのには、もちろんそれなりの理由がある。

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