問題児
小田原駅で箱根登山鉄道に切り替わり、いよいよ箱根へというときである。
「あれー!? サイフー! オレのサイフー! 無いない!? ドコどこ!?」
問題のエイジが、財布をなくしたというのだ。
「おいおい。あるだろー。あんなデカいサイフだぞ」
エイジの財布は何度か見たことがあるが、下品なほどに派手で大きく、いつもズボンのポケットからはみ出していた。
「そんなこと言ったってー。無いものはないんだからさー」
「お前、憶えてないのか? 新宿でキップ買ったあと、サイフどうした?」
結局、車内をみんなで探してはみたが財布は見つからず。旅館もすでに予約してあるとの理由から、その分の旅費はみんなで貸すということで、エイジもこのまま旅行に参加することとなった。
ここから箱根登山電車で箱根湯本駅から強羅駅までの約9㎞、最大80%の急勾配を登り、更に強羅駅と早雲山駅の約1.2㎞を約10分で繋ぐ、『箱根登山ケーブルカー』での大きく開放的な窓から、箱根の大自然の絶景を楽しむ……が!?
予期せぬ問題が発生した! 早雲山駅に到着する前の区間で有毒ガスが発生したということで、この先の運行が出来なくなり、乗客全員が2つ手前の中強羅駅で降ろされてしまったのだ。
仕方なくここから徒歩で近くのバス停に向い、バスで最初の観光の目的地である箱根ロープウェイの終着点である桃源台駅の前に広がる湖「芦ノ湖」に行ったわけだが、この箱根ロープウェイに乗れなかったことは、芦ノ湖の船から見上げた止まったロープウェイの景色の記憶と相まって非常に残念な思い出である。
それはさておき、ここからが本当のお楽しみの時間である。
何故なら、ここからは完全な自由行動に他ならない。
いやー、待ってましたよ、この時間を! もうわくわくが止まらない!
この芦ノ湖での観光の目玉は、やはりひときわ目を惹く『箱根海賊船』であろう。この箱根海賊船というのは、17~18世紀の帆船戦艦をモチーフにしたものであり、現在3隻の船が芦ノ湖を航行している。
また芦ノ湖には他にも、『芦ノ湖遊覧船』があるが、こちらの船の最大のウリは、船室やデッキが広く、360度の眺望が楽しめるところだ。
今回は我々は「箱根フリーパス」を購入しているので、乗船するのは箱根海賊船となる。
最後にこれは定番といえば定番だが、『手こぎボート&スワンボート』もしっかりと用意されている。ふたりだけの空間を楽しみたいのであれば、これはまさに打ってつけだ。
あの男のせいで、旅行前からふたりの時間を邪魔されてばかりいたが、もうここからは、彼女とふたりだけの時間!
その矢先である……。
「おいおい!? なんでお前がずっとあとをついてくるかなー!?」
エイジが、ずっとオレたちふたりのあとをついてくるのだ。
「だってー。オレ、カネ持ってないから、誰かと一緒にいないとなんにもできないんだもん」
なにを可愛い子ぶってるのか、拗ねた口調でエイジが言う。
「それだったら、ほかのメンバーと行動しろよ!?」
せっかくここまできて、やつに邪魔をされるのはもう真っ平御免だ。
「そんな幹事が冷たいこと言わないでくれよー」
また拗ねた口調で、今度は上目遣いで訴えてくるが、オレは毅然として突っぱねる。
「なにこんなときだけ調子いいこと言ってんだーお前はー!? 目的はなんだ?」
実はかねがね、やつがこの旅行を提案したのには、ほかになにか目的があるのではないかと思っていた。
やはり一番不安なこととは……。
「まぁまぁ、いいじゃない。旅は道連れって云うしね」
彼女のことである。
「そうそう。旅は道連れ、世は情けってね」
エイジも彼女の言葉にその続きを被せる。
彼女は誰にでも優しい。そんな彼女に、調子のいいこの男が惚れてしまうのではないのかという一抹の不安だ。
「よーし。それならお前に小遣いをやろう。もちろん返さなくてもいいお金だ」
そう彼女には聞こえないように言って、オレはエイジを彼女から少し離れたところに連れて行くと、やつの右手に『一万円札』を握らせた。
思ったとおり、エイジは右手の中を見てニンマリと笑うと、「サンキュー!」の一言を残して、オレたちの前から立ち去ってくれた。
彼女は突然いなくなったエイジのことを不思議がってはいたが、これで念願のふたりだけのデート再開である。
しかしながら、ここまで鉄道、バスと乗り継いできたわけが、このインバウンド需要での外国人観光客の多さには驚きだ。見る限りおよそ6割以上が外国人だが、当然の如く車内でも日本語以外の外国語が多く飛び交っている。
それでも満員状態の海賊船に乗り、船からの景色を楽しんだあと、ふたりだけでの箱根観光を楽しんだ。
なんと素晴らしい。これこそが、オレが思い描いていたデート風景である。
このままふたりだけの風景でいられればと思いながらも、そう事は旨くはいかない。
何故なら、今回のこの旅行が、先に話したとおり、『団体旅行』だからである。
今夜の夕食についても団体旅行よろしく、小宴会場でということになっている。
各部屋割りについても、団体旅行というのが決まった時点で、『男部屋』、『女部屋』という部屋割りとなっており、どう転んだとしても『彼女との甘い夜』は皆無なのである。
その彼女との『貴重なふたりだけでのデート』を終えて旅館に着いたときには、みんなはもう全員到着しており、すでにチェックインは済まされていた。
部屋に案内されて浴衣に着替えると、みんなで温泉に入り、少しの間をおいて楽しい宴会へとなったわけである。
旅館自慢の季節の料理に舌鼓を打ち、飲んで歌って、宴会は大いに盛り上がった。
かく言うオレも、恥ずかしながら、大好きな『サザン』の曲を熱唱させてもらい、実に心地好い気分でいたのである。
結果的にではあるが、彼女とふたりきりでなくとも、こうしてみんなで旅行に来られてよかったと心から思えたわけである。
唯一つ気になったことといえば、エイジが意外なまでに大人しかったということだ。
もちろんそれなりに騒いで、下手くそな歌声も披露はしていたが、どこか拍子抜けといえば拍子抜けだったのである。
これは『心理学』でいうところの、人は自分にとって危険のありそうな人物に対して、身の安全を確保しようとする「警戒性仮説」でエイジを見ているからに他ならないからだが、オレとしては魚の小骨が喉に引っ掛かったような、どこか違和感があった。
その予想が当たる。




