深夜番組で
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そんなオレたちに、再びテレビの仕事が舞い込む。
また前説の仕事と思いきや、今度は深夜枠のネタ番組に呼ばれた。
このご時世、そんなネタ番組はほとんど無くなってしまっているので、珍しい限りだが、一組ずつ舞台に立ってネタを披露するというよりは、ひな壇に集まったお笑い芸人が一組ずつランダム呼ばれるテイでみんなの前でネタを見せるという番組だ。
収録は午後の6時からだが、深夜枠の番組とあって観客なしの収録だ。
これだと嬉しさ半分、不安半分といった思い出した。
何故なら、オレたちは観客の前以外でネタ見せをしたことがない。
いや。正確には練習では客のいないところで漫才はしてはいるが、何台かのテレビカメラを前に、何人体制かわからない番組スタッフに囲まれてという経験がない。
まさに未知の領域だ。同じくひな壇に座るお笑い芸人たちは、オレたちの漫才を本気で笑ってくれるのだろうか。
これからの椅子取りを掛けた戦いに、武者震いした。
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番組収録当日。オレとエイジは収録前の5時にテレビ局入りした。
今日の初のテレビ番組の収録は平日だった為、オレは会社に事情を話して早引けさせてもらった。
今日はサラリーマンではなく、お笑い芸人を優先させてもらったのである。
事前に台本をもらっていたので、大体の番組の流れはわかっていたが、収録スタジオに入って、改めて番組ADからみんなで説明を受ける。
番組収録に参加するお笑い芸人は10組22人で、その中に3組ほど話もしたこともあるお笑いコンビもいる。
そこにMCのベテラン芸人の方が一人とアシスタントの若い女性タレントが一人だ。
オレたちの順番は、台本通りだとすると4番目のネタ見せだ。
収録が始まって、エイジは特になにも喋らないが、いつワイプに抜かれてもいいように表情だけは作っている。
「おいおい!? ちょっと待てーーい!?」
MCの方からフリをもらい。台本通り、オレがツッコミを叫ぶ。
「勘弁してくださいよぉー」
エイジも、オレのツッコミに被せる。
オレたちはひな壇を下りて、フロアの真ん中に立ったわけだが、それでもやはり違和感はある。
それはエイジも一緒で、背中から右腕をまわしてオレの右肩を掴んだ。
オレは台本にはなかった、MCの方に一言。
「あの。すみませんが、いつも通りでよろしいでしょうか」
そう。断りを入れた。
「ん。いいよ。いつも通りやってみな」
「はい。ありがとうございます」
オレたちは左右に分かれて、いつも通りの舞台での演技をする。
ここで見せるのは、いつもの舞台でもウケが良い、漫才「寝相」だ。
「はい、どーもー。お待たせしました、ソルティドッグでです!」
今日は珍しく、エイジからの挨拶だ。
「では、皆様。よろしくお願いします。突然なんだけどな、悪い寝相のやつっているよな?」
なので、今日のフリはオレからだ。
この収録にあたって、今回初めて新しいスーツをふたりとも新調した。
特にコンビとして色分けをするつもりはないが、オレが濃い紺色のスーツで、エイジが茜色のスーツだ。
「おっ、珍しいじゃん。ハゼの方から、なにかを聞いてくるなんてよ」
「まぁ、聞いてくれ。最近、やたらと寝相悪い男と同じ部屋で寝ることがあってだな。それがお互いベッドだったら良かったんだが、それが運の悪いことに和室で布団でだったんだがな……」
この漫才での話は、実はオレの体験談でもある。
それを聞いて、エイジは顔を反対方向に向ける。
「へっ、へぇー。そんな寝相の話なんて、どうでもいいんじゃね」
「まぁ、いいから最後まで聞いてくれ」
「なぁ、ハゼー。お願いがあんだけど……」
「なんだ? まだ寝相の話もしてないのに」
「だからー! その寝相の話をする前に言っておきたいんだって!」
「だから、なんでだ? 寝相の話して困ることでもあるのか?」
エイジは少し考えて。
「んーーっ、無いね。わかってるとは思うが、言葉はちゃんと選んでくれよ」
そう念を押す。
「よくわからんが、まぁ、いい」
オレは実際にあった寝相の話を始める。
「それで、オレとそいつは同じ部屋で、布団を並べて寝たわけだが、初めは問題なかった」「へぇー」 エイジは乾いた声で相づちをする。
「で、寝てる途中に目を覚ますと、隣で寝ていたはずのやつがいない。目を凝らして見てみると、そいつは布団から出て壁の方に転がって寝ている」
「その人は、よっぽど暑かったんだな」
「そう。オレも初めはそう思った。でも、違った」
「ん? 違った?」
エイジが聞き返す。
「さして寒くもなかったんで、そのまま放置したんだが」
「って、ひでぇー。それで風邪ひいたらどうする!」
「何故、お前がここで怒る?」
「いや……。で?」
「それでだな。一度目を覚ましたら、そのあと寝つきが悪くなってだな。結局明け方まで寝られなかったんだが、隣では噓みたいな寝相のやつが、それこそ縦横無尽に布団の上から外からマット運動をしていたわけさ」
「ほぉー。それは大変元気でよろしい!」
「でも、その元気すぎるってのも考え物だぞ」
ここからがその男の本当の笑い話だ。
「なんせ、目を開けて見るたびに、そいつの頭の向きが変わってる。次に見たときには、頭が45度向きを変えて、、次にまた見たらまた45度と、頭の向きが一回転しててだな。結局、本当に一回転して元の位置に戻ってた」
それを聞いたエイジがホッとした顔をして。
「なーんだ。なら良かった!」
「でも、ここからが最悪だ」
「!?」
「オレはようやく眠りにつけたんだが、なんだかオレのすぐ右横でベッタリとくっついてる感じがしてだな」
「ふむふむ」
「それで目を開けたら、今度はオレの真横まで、転がってきてやがったんだよー!」
ここでオレは大声を上げる。
「よっぽど、そいつはハゼのことが好きだったんだな」
「気持ちの悪いことを言うな! こんな顔のそばまで顔を近づけてきやがって! キスされるかと思ったぞ!」
オレは左手で、それがどのぐらい近かったのか表す。
「でも、なにもなかったんだろ?」
「あってたまるかー! それを行ったり来たり何度も繰り返してやがって!」
「でもされてねーんなら、なんも問題ねーじゃん」
「あるよ!? また同じように和室で眠らなきゃいけないときどうする!?」
「まぁ、そんときゃ、そんときでまた考えよーぜ」
エイジが気楽に答える。
「ふざけんな! お前のことだぞ、エイジ!」
オレは声を張り上げる。
「もし次にそんときは、オレを浴衣の帯でふん縛ってくれやよ」
「その前に、部屋を別々にしてくれー!」
とオレは遠くに向かって懇願する。
この最後のオチの「懇願」で、ひな壇の含み笑いが大笑いに変わった。
周りにいた番組スタッフたちも声をこらえて笑っている。
これは実際のエイジの話ではないが、オレが東京の大学に進学した、18歳のときのわずか3ヵ月の間に、オレが実際に何度も体験した話だ。
当時もこの寝相の話を大学内で笑い話にさせてもらったが、今回は漫才での笑いのネタにさせてもらった。
「どーもー。ありがとうございましたー!」
オレたちが揃って一礼すると。
「ある! そういうの、ある! くだらねーけど、おもしれー! お前たち、いい弾持ってんなぁー」
とMCの方が褒めてくれた。
エイジは得意げに、撮影ランプがついているテレビカメラに向かって、右手を突き出してピースサインをする。
取りあえずは無事にネタ見せは出来たようだが、少し残念だったのは、目の前に観客がいればもっと多くの笑った顔が見えたということだ。
だから今度は、多くの観客たちの前で、テレビという大舞台にふたりで立ちたいと思った。




