意味深ランデブー
数日後、あの日いくらエイジを問い詰めても絶対にゲロしなかった理由が、意外なほどあっさりとわかる。
その日、いつものスーパーマーケットで買い物をして、アパートへの帰り道を歩いていると、例の彼女が前を歩いていた。
「あのー。こんばんは」
後ろから彼女に声を掛ける。
彼女はオレの方を振り向くと。
「ぷっ」
と、吹き出して口に手をやって、そのまま走って逃げてしまった。
「えっ!? 逃げられた……なんでだ?」
と、その理由がすぐにわかった。
彼女はあのとき、確実にオレを見て笑った。
久しぶりにインターネットラジオで彼女の番組を聞いてみると。
「えーとですねー。最近あるお笑い芸人さんの方にですねー。あっ、その方はお二人で活動されている方なんですがー。その名前の方は、どーしてもラジオでは伏せてくれとお願いされてまして……」
「その方からわたし宛にラジオ局の方に、別々の日付のお笑いのライブのチケットが数枚届きましてですね」
「もし良かったら見に来てくださいってありましたのでー、折角なんで、見に行っちゃいました!」
この最後のところは、妙に弾けた声で笑っている。
「舞台に出られてたお笑い芸人さんたちは、みんな面白かったんですけどー。わたしにチケットくださった方の漫才が、凄ーく面白くって笑い過ぎてお腹が痛かったです!」
彼女の弾けた笑い声が、最大限にスピーカーから伝わる。
「なんかですねー。そこに急きょ、なんだかわたしの話も差し込まれていたみたいなんですけどー。そのときのツッコミ役の人のリアクションが、すっごく凄く面白かったです!」
ツッコミ役の人が面白い? 舞台で彼女に関係した話をしたのは、あの日の舞台の1回切りだ。そしてあの日にツッコミ役になっていたのは、ボケ役をした覚えはないオレのはずだ。
これは結果的に、喜ぶべきか、喜ばざるべきか。
「なんかですねー、素人のわたしが言うのもなんなんですがー、そのおふたりの掛け合いのときの間とテンポが、ホント最高だったんですよー!」
尚も、彼女からの称賛の言葉が続く。そこまで褒められると、あのときの舞台上のことは悪い気はしない。
「ただー。わたし個人のプライベートなことに関しては、今後は絶対にNGでお願いします」
彼女の声はずっと笑ったままだったが、一部その内容については完全NGをもらった。
♢
「ほら見ろ! やっぱり印象が悪くなっちまったじゃねーかよ!」
「アレあれ? どーしてハゼは、そーんなこと気にしてんのかなー? それ気にしすぎだってー、絶ってーに気にしすぎー!」
「お前は他人事だから、そんなこと言えるんじゃねーか!? って、まさか!? お前、またなんか企んでんじゃねーだろうなー!?」
またうっかり油断していると、エイジならまたなにかやる可能性がある。
「まっさかー。ダイジョーブ、これ以上、オレの出番はないって」
♢
取りあえず、当面はこれ以上は彼女に関わるのはやめておこう。
舞台上でのお笑い芸人のハゼ・ヨウイチと、彼女と偶然出くわしたサラリーマンの土師洋一は別だということだ。
現在のアパートに住んでから、ずっと行きつけのスーパーマーケットだったが、それも変えた方がいいかと悩みながら帰っていると、また幸か不幸か目の前を買い物をしたあとのエコバッグを持って歩いている彼女に出くわす。
「マズい」と思ったオレは足を止めて、彼女が少し離れたところまで歩いていくのを待ってからまた歩く。
彼女の住まいが何処かは知らないが、自分のアパートまでの道のりの途中に、彼女も何度か立ち止まるので、彼女が違う方向に曲がっていくところまでの数分の間に、これを何度か繰り返した。
そうして自分のアパートまでもう少しのところで、左側の歩道を歩いていた彼女がようやく行先の違う左に曲がっていって視界から消える。
ようやくよくわからない緊張感から解放されて、そのまま彼女とは行き先が違う直進方向に歩いていくと、そこで誰かが後ろから指先でオレの左肩を叩く。
その叩かれた左肩の方を振り向くと。
「わっ!」
と不意打ちで、彼女が大声でオレを驚かせた。
「!? わわわわわ……もう驚かさないでくれよー!? なんなんだよ、いきなり!?」
この突然のことについタメ口で言ってしまった。
「ちょっといいですか、ハゼさん。なんでわたしのこと、あんなに避けるんですか?」
まったく予想もしていなかった言葉が彼女の口から出る。
「いや、なにを藪から棒に聞くんですか!?」
「そんな全然藪から棒じゃないですよー。明らかにさっきまでわたしのこと避けてましたよね?」
「なに!? 気づいてた?」
「ほら、やっぱり避けてたじゃないですかー」
「いや……。その、だってプライベートなことはNGだって言ってたからー」
「あぁー、エイジさんには言いましたけど、今後は漫才でわたしたちの話をするのはNGでお願いします」
「ん? そのわたしたち、とは?」
「わ・た・し・た・ち」
そう言って彼女は、自分とオレを交互に指差す。
「えーっと、それはつまりどういうことでしょうか?」
「ホント鈍いなー。なんにも気づかないんですか?」
「いや……。芸人のハゼ・ヨウイチは面白いとは思うけど、そうじゃない土師洋一には特に興味はない。そういう意味では?」
そういう意味じゃないのか?
「大体、全然興味なかったら、いまもこっちから話し掛けたりしませんよー」
オレの中で、話が堂々巡りする。
「正直なところ、まだ好きかどうかはわかんないですけど、もう少し話をしてみたい人だとは思いました」
これはひょっとして良い話なのか?
「もしかして、わたしのこと、嫌いですか?」
そう言われて断る理由もなく、オレたちはお互いの連絡先を交換した。




