A作戦
「やったじゃん、ハゼー! そんなすんなりと誘ってちゃうなんてよー!」
また舞台に上がる前に、うっかりとエイジに余計なことを話してしまった。
「いや、あんなのは会話の流れで言った、単なる社交辞令だったし、チケットもなにも渡してないぞ」
オレは正直に答える。
「えーーっ!? そんなのつまんねーじゃん! ハゼよーー。そういうときは、サラッとそういうの渡すのが常識だぞー」
「ったく、なんの常識だよ!? 芸人の常識かー!?」
「そっかー。ハゼにも、長い長い冬を越えて、ようやく春が訪れるって思ったんだけどなー」
「その遠くを見つめるような仕草はやめなさい」
「ハイ、先生!」
元気よく右手を挙げてエイジがおちゃらける。
「誰が先生だ」
オレもそれに対して軽くツッコむのを忘れない。
そのあと舞台袖に行き、出番の順番を待っていたのだが、エイジがいつもと違いずっと客席の方に目をやっている。
たぶんこの舞台の出番がない萌実が、今日は見に来ているのだろう。
ちなみに今日の漫才のネタは、落語の桃太郎を現代の漫才風にアレンジしたものだ。
落語の桃太郎の話は奥が深い。大体のあらすじは、子どもを寝かしつけようとした父親が、逆に子どもにその桃太郎の話の内容を突っ込まれて、最後には、子どもがする桃太郎の話に妙に納得してしまうというお話だ。
それでオレが父親役で、エイジが子ども役だ。
そうして出番が回ってくる。前の『脳天ドロップキック』の漫才は「ややウケ」で、実に可哀想な結果だった。
オレたちは左右からふたり揃って舞台に飛び出す。センターマイクの前に立つと、エイジが大きく右手を振る。
ただオレには、その萌実の姿は確認できない。
そんな探していても仕方ないので漫才を始める。
「あんさー。なんか眠れねーんだよ。だから、桃太郎の話してくんね」
子ども役のエイジのセリフで漫才が始まるのだが、言った言葉のニュアンスがなんだか違う。
「なんだよ、突然」
「いいからー、桃太郎の話してくれよー」
「わかった。昔々あるところにおじい……」
「あーっ、つまんねー! 最近知り合った彼女の話をしてくれよー」
「はぁー!?」
漫才冒頭から、台本にはないセリフだ。
「じゃあ、オレが一旦お浚いしようか」
お浚い? なんの話だ?
「えーっ、ある日男は、お店に行って買い物をしていると、何処かで聞いたことのある声がしました。男は気になって、その声の先を覗いてみると……」
バ、馬鹿やろー! それはもしかするもなにも、オレの話じゃねーか!?
「落ち着けぇ。いいか落ち着けぇー。お前は今、冷静な判断を失っている。これは漫才のネタじゃない」
さも台本通りであるかのように、オレはエイジの両肩を掴んで、話の軌道修正を試みる。
「エイジ……話を、元に戻そうじゃないか」
「えーーっ、そんでー」
それでもエイジは、その話の続きをしようとする。
「頼む! お願いだー!」
オレはエイジに向かって飛び込むようにダイビング土下座をして、両腕を突っ伏して必死に懇願する。
横目でちらりと客席の方を覗くと、観客たちはオレの意に反して、爆笑の渦だ。
「よーし! なら取引をしようぜ!」
そこからエイジの取引条件が次々と出されて、それをオレが断るというを繰り返しながらの舞台が続く。
最後にエイジが、オレの耳元で客席には聞こえないように、最後の条件を提示したところで。
「うんうん……。って、飲めるかーー!」
ここでオレが叫んだところで持ち時間いっぱいだ。
やられた……。まさか舞台の上で、こんな即興でやられてしまうとは。
あー、この落語の桃太郎の詳しい内容につきましては、もしご興味がございましたら、個々人でお調べください。よろしくお願いします。
♢
さて、この後のことを話すと、はじめからエイジがこれを狙ってやっていたのは間違いない。
「いやー! やったな、ハゼー! もぉー、思ったとおり大ウケ! やっぱりはハゼは、フリートークもイケんじゃーん!」
その狙いが当たって、エイジは大層ご満悦のようだ。
「はぁー!? なんでオレが自分のプライベートなことで身を削らにゃならん!? それにあんなのは、必死になって咄嗟に思ったことを言ってただけじゃねーか!」
「いやいやいや。それこそがフリートークの醍醐味でしょ。そんなハゼだってー、途中から絶ってー狙ってやってたくせにー」
エイジは、そのときのオレのもう一つの心をまるで見透かしていたように、「もう全部わかってんだぞ」という目をする。
「それにだなー。全然関係のない彼女にも失礼だろーが!」
エイジの身勝手な舞台での遊びに、あの彼女を巻き込むわけにはいかない。
「あっ、いや……そん……な、全然っていうわけでも……」
ここでエイジが言葉を濁したのには、もちろん理由があった。




