団体旅行
「ぷっ。なにそれー。面白―い」
「面白いってことはないでしょ!? オレ、笑い者にされたんでございますよ」
「ごめん、ごめん。でも怒らなかったんでしょ。偉いえらい」
そう言って、彼女は優しくオレの『天パ』を撫でる。
付け加えるならば、彼女はただ慰めで、この頭を撫でてくれたわけではない。何故ならば、彼女はこの『天パ』が、大のお気に入りだからだ! 見たか、日下英慈。世の中には、こんなにも素晴らしい女性がいるということを!
「でも面白いねー、その人」彼女は満面の笑みで言う。
「面白い? どこが?」
これだとエイジ(やつ)ちょっと負けたようで嫌ではあるが、ちなみにこの彼女の「面白い」というのは、言わば口癖でり、なのでなんら気にする必要はない。
「だってさ、洋ちゃんがほかの人ことをこんなに話すなんて珍しいことだよ」
「そぉ? けっこう話してると思うけどな」
「無い、無い! それは絶対保障するよー」
そう彼女に言われてしまうと、何故だか納得してしまうから不思議である。
彼女、樫野恵美とは、居酒屋『きりたんぽ』で出会ったわけだが、これはまさに運命の出会いに他ならない。
それはオレがあと1カ月を待たずに大学2年になろうとしたときのことである。彼女は新しいアルバイトとして店にやってきた。
その彼女は2つ上の大学4年で、すでに3年の段階で就職先が内定しており、大学の残り1年を就職前の社会勉強のつもりで、初めてアルバイトをしたという、それまでは21時の門限ありという、なんともいまどき珍しい育ちの良いお嬢様だったのだ。
そのいままでアルバイトをしたことがなかったという不慣れな彼女を、手取り足取りオレが教えたわけだが、そこに恋が生まれた。そのあとのことは、ご想像にお任せする。
ともあれ、春に出会った彼女と付き合ってからもうすぐ2年が経ち、来年にはオレも就職することが決まったわけで、ようやく次のステップに進めるというわけだ。
そして彼女の名前の呼び方についても、「樫野さん」に始まり、「樫野ちゃん」、「恵美さん」、そして「エミちゃん」と来たわけだが、もう最後の「恵美」が残されただけとなっている。
もちろん彼女とは、いわゆる何度も身体を合わせいる関係ではあるが、厳格な家で育った彼女の話を聞くと、その父親のプレッシャーから彼女に対してはどこか「奥手」になってしまい、この最後のが予想以上の高いハードルとなっていた。
「エミちゃん、あのさぁ~。今度日帰り旅行行かない? どっか?」
ちなみに先の門限については、いまは午前0時を回る前に帰宅すればOKなのである。
「旅行? いいけど。あたし、時間取れるかなぁ?」
「あっ、いま仕事忙しいんだっけ?」
彼女の会社は必ず土日祝日が休みというわけではないので、そこも当然考慮しなければいけない。
「うん。ちょっとね……」
「それじゃさ。ドライブなんかどう? レンタカー借りてさ」
去年、就職のことを考えて、自動車の運転免許を取っていたわけである。
「ドライブかぁ。いいねぇ、ドライブ! でもさ、大丈夫?」
大丈夫? そう彼女が心配するのも致し方ない。免許は有れど車は無く。いわゆるペーパードライバーなのである。
しかし、心配することなかれ。実は、レンタカーを借りられるこのときまでと、密かに練習をしていたのだ。
「大丈夫でしょ。たぶん。仙台の実家帰ったときとか、何回か運転してるわけだし」
このわずか2分後。彼女からの提案により、目的地はお正月の『箱根駅伝』でも有名な、あの『箱根』へと決定した。
彼女とふたりでの初の『ドライブデート』。そのはずであった。
このドライブデートが決まった、わずか3日後。この予定がいとも簡単に壊される。
事の発端は、彼女が久しぶりに『きりたんぽに』飲みにきたときのことだ。
彼女もドライブデートすることが、よほど待ち遠しかったのだろう。みんなの前で嬉しそうに話している。
その彼女の会話に割って入ったのがエイジだ。
「えーっ!? ふたりでドライブー。いいなぁー。ねぇ、温泉入んの? 泊まんの?」
「もぉー。そんな泊まらないよぉ。日帰り」
「えーっ!? だって、箱根っていったら温泉でしょー。温泉入って、美味しい料理食べて、泊まんないなんて、もったいないよー」
「それはそうだけどね。でも、温泉入んないし、日帰りだから」
「えーっ!? そうなの!? つまんねーオトコー」
おい!? ちょっと待てまて!? なんで、そこでオレがつまんない男になるわけだぁ!? 黙って聞いてれば、好き放題言いおって!
「あのさー。ふたりのことに口を挟まないでもらえるかなぁー」
「えー!? だってさー。彼女も本当は温泉入って泊まりたいって思ってるんじゃないのー。どうなのよ、本当のところは?」
「んー。そりゃ、本当はそうしたいけど……ね。でも……。まだ、ちょっとね」
そう。彼女は親の言いつけを必ず守る真面目な女性なのだ。オレも彼女との交際を、彼女の親に認めてもらってはいるものの、彼女との『お泊り』は、いまだ許しを得ていない。そこはオレとしても寂しい限りではある。
「よーし! だったらさ。みーんなで行こうよ!」
このやつの不必要な提案により、結果、オレは彼女との初めてのお泊りを許されたわけある。
その上で、言いだしっぺということで、やつが幹事に名乗り出たのだが、やつにこの『旅行』を任せたら、今度はどんな災いが降り懸かろうことか。
それを阻止すべく、当然といえば当然だが、幹事はこのオレがすることとなった。
この1泊2日の旅行に参加することになったのは、バイト仲間とその彼氏彼女、友だちなどを合わせて、合計11名。当初『ドライブデート』ではなくなり、気がつけば少人数での『団体旅行』となっていたのである。
交通手段も、当初の『レンタカー』から『電車』に変わり、新宿から小田急線を使い、小田原から箱根登山鉄道で行くことになった。
旅行当日。朝の7時に新宿駅のホームで待ち合わせをしたわけだが、言いだしっぺのやつはというと、誰よりも先にきて、みんなを待っていた。それも大量の『おやつ』の入った大きなビニールテー袋を両手にぶら下げてだ。
誰一人遅刻や欠席者を出すことなく、無事に旅行は始まったわけではあるが、唯一つ問題があるとするならば、今更ではあるが何故に彼女とふたりきりではないのかということだ。
誰一人遅刻や欠席者を出すことなく、無事に旅行は始まったわけではあるが、唯一つ問題があるとするならば、今更ではあるが何故に彼女とふたりきりではないのかということだ。
これではまるで、気分は修学旅行ではないか。
車内を見渡せば、ひとりやたらとはしゃいでいる男が1名。みんなも一様に楽しそうだ。
オレの隣に座っている彼女はというと、これまたなんともいえない笑顔で楽しそうにしていることが、オレの唯一の救いだ。




