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人生は上々だ -人生、山あり谷あり、舞台あり-  作者: 志村けんじ


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前説

 そのあと小一時間ほどして、オレたちが前説をするバラエティー番組の収録スタジオに観覧者たちが入り準備が整った。


 ちなみに、こういったテレビ番組の収録に参加する観覧者の男女比の割合は、3 : 7~1 : 9と圧倒的に女性の方が多い。


 ちょっとざわついている観覧者たちに、声を掛ける。


「ハイ、皆様! 本日は番組収録にご参加いただき、誠にありがとうございます! ワタクシたちは、はじめに収録中に際しての説明をさせて頂きます、ソルティドッグのハゼ・ヨウイチとクサカ・エイジでございます! どうぞ、よろしくお願いします!」


 オレは大きな声を張り上げて、目の前の観覧者たちに注目してもらう。


「ハイ! こちらのモジャ頭の顔を見てて、もし気分が悪くなったら、ボクの方の顔を見てください!」


 いつもの漫才での立ち位置とは逆で、オレの右側に立っていたエイジが右手を上に大きく挙げて、再度注目をもらう。


「オイオイオイ! なんだよ! こんなイケメン捕まえて!」


 そう言葉では否定しているが、オレの顔は笑っている。


「はい。彼は馬面界うまづらかいのイケメンです」とエイジがツッコむ。


「まぁ、そこは否定できないんだなぁ」


 オレが真顔で小ボケると、瞬間、スタジオ内に小笑いが起こる。


「えーっ、では収録についてなんですがー、基本的には、お静かにお願いします。あと、こんな風に踊らないでください」


 説明をしているオレの横で、エイジがカッコつけて踊っている。


「はい。ヤメー」


 オレはエイジの左肩を掴むと、瞬間、エイジはスイッチが切られたおもちゃみたいにピタッと動きを止める。


 オレは揃えた右手の指先で、ポンとエイジの肩を叩くと、それに反応して踊った姿勢で止まっていたエイジが直立の状態に戻るのだが、エイジは真顔で動かないままでいる。


 オレがエイジの左肩を掴んで揺すると、ビクッとエイジが反応して。


「あっ、ごめん。寝てました」


 これでスタジオ内に爆笑が起こる。


「はい、みなさん。こんな風に、面白かったら笑ってください」


 この観覧者たちに表情かおを見て、取り敢えず前説の滑り出しは良いようだ。


「えーっ、あとですねー。間もなく出演者の方たちがいらっしゃいますので、出てこられましたら、思いっ切り拍手でお出迎えをお願いします。そうしないと、みなさん不機嫌な顔になっちゃいますから」


 横を見ると観覧者たちとは逆に、エイジががっかりとした表情かおをしている。

「はーい。笑ってー。ダメですよー、そんな表情かおしてたらー」


 オレはエイジの顎を右手の指先で撫でる。


 瞬間、エイジの表情かおが「ニカッ」とした笑顔に変わる。


 スタジオ内は、また爆笑だ。続けてエイジが。


「えーっ、それでですねー。収録中にどーしても気分が悪くなったという方がいらっしゃいましたら、左右にスタッフが数名待機しておりますので、スタッフの顔を見て軽く手を挙げてください」


 エイジは特になんの捻りもなく注意事項を観覧者たちに伝えるのだが、ここで。


「あっ、でも間違ってもボクを探しても、その時にはもうここにはいませんから、どうしても、どーしても、もう一度ボクたちに会いたいという方がいましたら、舞台、劇場に出ておりますので、そちらでお待ちしておりますのでよろしくお願いします」


 正直、こんな思いつきと勢いでだけで突っ走ってみたが、まずまずの出来だったのではないだろうか。


 前説を終えてスタジオを出ると、無かったはずの控室と弁当が用意されていた。


 それでもやはりそれは急きょのことだったのようで、10畳ほとの広さののなにも置かれていない部屋の真ん中に、折り畳みの長机が1つと、そこに並んでパイプ椅子が2つ置かれて、長机の上には弁当が2つとペットボトルの飲み物が2つ置かれていた。


 それでオレたちは、がっつくようにその弁当を食べていたわけだが、そこにヒロシが入ってくる。


「他の番組の弁当の余りもんだ悪いんだけど……って!? もう食ってんのかよ!?」


 ヒロシはその弁当を貪り食うオレとエイジの様を見て驚く。


「だって、終わって安心したら腹減っちゃって。それに据え膳食わぬは男の恥ってゆーだろー」


「それ、意味違ぇーだろ!」ヒロシがエイジにツッコミを入れる。


「ご馳走様でーす」


 オレもヒロシのツッコミの意味はすぐに理解できたのだがそのままスルー。


「まったくよ……。負けたよ……。お見事でした」ヒロシは2回手を叩いて拍手した。


「大体さー、お前らずりーんだよ! どっちも面白いなんてありえねーんだよ!」


 ヒロシにそう言われて、オレとエイジは顔を見合わせた。


「そのうち、またチャンスもらえて、どっかの番組に呼ばれることもあんじゃねーの。じゃあ、またな。あっ、食った弁当はそのままにして帰っていいから」


 そう言ってヒロシは控室を出ていく。


「お疲れー!」


 それと入れ替わるようにみどリさんが入ってくる。


「いやー。良かったよかった! 無事に上手くいったみたいで!」


 今日はみどりさんは、他のタレントの付き添いがあって来れないと言っていた。


「あれ!? みどりさん、今日は来ないはずじゃ」


「ちょっと、ここの局のプロデューサーに呼ばれちゃって。あっ、でもあなたたちのことじゃない。安心して」


「でしょうね」エイジがボヤく。


「ヒロシくんさー、あなたたちが事務所の稽古場でやった漫才の練習の映像を見たみたいよー。それでエイジくんとの約束を守ってやろうって思ったんじゃないかな」


 なるほど、だからオレたちは、今日ここに呼ばれたわけか。


「でも、こんな完璧に前説をこなすなんて、ヒロシくんの予想はハズレちゃったみたいだけどねー」


 そしてみどりさんはヒロシの口真似をして。


「彼の去り際の、あいつらずりーんすよ。コンビでふたりとも面白いなんてありえねーんすよ。って、なんか哀愁あったわー」


 ヒロシはオレたちに言ったことと同じことを、みどりさんにも言ったわけだ。


 取り敢えず、無事に「前説」の仕事が終わって良かったよかったということで。

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