新ネタ稽古
この妄想のネタを一度実際にやってみる必要がある。それにやれば必ず上手くいくという保証があるわけじゃない。でもそれ以前に、これまで通りエイジがこのネタを気に入ってくれるかどうかだ。
オレが迷うのは、エイジは『スキップビート』のときはツッコミ役で、『ソルティドッグ』になってからは、オレが作ったネタだというのもあって、完全にボケ役だったからだ。
実際に現在のエイジのマイクパフォーマンスを見ると、「ボケ」ではなく「ツッコミ」の方が合っているような気がする。
こんな一抹の不安もあったが、このネタを台本に起こして、エイジに見せてみる。
「これなんだが、どうだろうか?」
やはり不安だ。
エイジは神妙な顔で台本を読んでいく。
難しそうな表情で眉をひそめたり、「クスッ」と笑ってみたり、首を捻ってみたりと、表情を次々と変えていく。
「あんまり、面白くはないか?」
不安でそう聞くと、エイジは舞台で見せる、あの「ニヤッ」とした表情をする。
「ハゼーー! スゲーー面白い! でもよー、まだなんかちょっと足りなくね? そこはこれから稽古して作ってみんべ」
エイジにそう言われて、オレたちは喫茶店から、すでにエイジが場所を確保していた事務所内の稽古場に場所を移した。
ちなみにオレたちが、この事務所の稽古場を使うのは、実は初めてで、これまではずっとカラオケボックスを使った。
その理由は、オレが漫才やコントの練習を、人前で見せるのが恥ずかしかったからで。
それでも高校の演劇部の部活では、散々舞台稽古を見られていたが、完全に「人を笑わすための練習」に限定されてしまうと、どこか非常に気恥ずかしかったからだ。
その練習場所はともかく、気持ちも覚悟もなにもかもが足りていなかった。
だから今更ながら、「お笑いを舐めている」と言われてもしょうがない。
「そんじゃ、やってみんべーよ」
漫才の稽古を開始する。
立ち位置はこれまで通り客席から見て、オレが左でエイジが右だ。
オレが左側からセンターマイクの前に到着する。
「どーも、ソルティドッグです。よろしくどうぞー。いやー、すみませんねー、相方がまだ来なくって」
「楽屋の方は一緒には出たんですけど、途中で腹が痛くなったって、そのまま慌ててトイレ駆け込んじゃって……。たぶん今頃ウン……〇をしてるはずですが……」
「もしお客さんさえよければ、このままボクの歌謡ショーでもはじめてもいいんですが……。あっ……それは遠慮する」
そこまでやってみたところで。
「カーット!」
エイジが漫才を止める。
「なぁ、ハゼー。そのお客さんさえよければ……ってところからは、なんか要らなくね?」
エイジからこんなダメ出しがあったのはこれが初めてだ。
「それだったらハゼが得意な落語の方が絶ってーイイと思う」
勿論、こんな風に提案されることも初めてだ。
「なるほど、落語と……。それじゃ、例えば……」
オレは即興で「あくび指南」の一節を入れてみる。
「じゃあ、相方が来るまでの間、古典落語でも一席。話は、熊五郎という男が、友だちの八五郎の家にやってくるところから始まります」
「やぁ、八つぁん。熊五郎は、八五郎の家に真っすぐに行くと、すぐに声を掛けます」
「おぉ、熊かどうした? 八五郎は、突然やってきた熊五郎に、少し驚きますが、快く迎えます」
「しかし、突然もなにも、この落語の江戸の時代に、家に電話や持ち歩けるスマホがあるわけではないので、この頃はその前に約束でもしてない限りは、当然すべて突然です……」
「おっと、落語を披露している間に、完全プライベートの個室に入っていた、実在の相方の方が来ましたね……。って、こんな感じでどうだ?」
このエイジの表情を見るに、良かったようだ。
「よーし、そんじゃ、次はオレがやってみんよ」
エイジはそう言って、わざわざベルトを外してチャックまで下げて、そこから逆の動きをしながらセンターマイクに向かって走ってくる。
「いやぁー、間に合った間に合った! 悪ぃ悪ぃ。トイレに紙がなくって!」
「汚ねーな! ちゃんとケツは拭いてきたんだろーなー!?」
「大丈夫! ちゃーんときれいに拭いてきました。見る?」
エイジはお尻をオレの方に向ける。
「馬鹿か!? そんなもん見せんな! ちゃんと手も洗ってきたんだろーなぁー!?」
「おーっ!? その手を洗うのは忘れてきた」
エイジは大げさに、本当に忘れていたように演ずる。
「汚ねーな! 手ぐらいちゃんと洗ってこいよ!」
「ウっソーん! 大丈夫! ちゃんと洗ってきた! そんな手も洗わずに、お客さんの前に立つわけないじゃんよー」
エイジは、両手を正面に向かって開いてみせる。
「なら、良し」
ここからがエイジからのフリだ。
「ところでさー。ハゼに相談があんだけど……」
「こりゃまた突然ですねー」
「でもこれが漫才のイイトコじゃんかー」
「で、エイジくん、その相談とは?」
「最近さー。スゲー! スゲー好きなオンナが出来たの! なんかスゲーー子犬みたいで可愛いの! だからー、ずっとその顔を見てたいんだけどよー、でもそんなわけにはいかねーだろー!」
エイジもアレンジを加えて漫才を進めていく。
「まぁ、そりゃ、そーだな。それでお前はどうしたいと?」
「だーかーらー! それをハゼに相談してんじゃよ!」
エイジはオレの妄想以上の興奮した演技を見せる。
「まぁ、エイジ落ち着けって! わかった。お前はその彼女のことが好きで好きでしょうがない。ずっとその顔を見ていたいんだな?」
「そーなんだよー! わかんだろー、オレのそういう気持ちが!」
「それだったら、もう答えは一つだろー! もう一緒に住んじゃえばいいじゃねーかよ。あっ、でも、まだそこまでの関係でもない?」
オレも台本にはないアドリブを入れてみる。
「いやぁ~。強引に連れ出しちゃえば、今すぐにでも……」
エイジもアドリブで、何処か含みを持たせた言い方をする。
「それにー、その一緒に住むためには色々用意しないといけないじゃん。今の部屋じゃ住めないしー、お金だって掛かるしよー……」
そう言ってエイジは、モジモジしてみせる。
「そりゃ、広い部屋に引っ越せば、その分カネは掛かるよな」
「おまけによー! 毎月の食事代は余分に掛かるしー、抜け毛は多いしー、段々デカくて重くなっていくしよー……」
エイジはかなり悩んでいる表現。
「ん!? 段々デカくて重く……?」
オレは声のボリュームを上げて、エイジのその言葉に首を傾げる。
「お前のいうその彼女は、そんなにも大食らいなのか?」
「そーなんだよ! しかも朝晩1日2回のデートは欠かせないしよー!」
「お前さー。それはデートっていうんじゃなく、散歩っていうんじゃねーのかよ!? なら、その彼女の名前を教えてくれよ?」
「彼女の名前はー……。彼女の名前は、ゴールデンレトリバーのユキちゃん!」
「お前、それは子犬みたいじゃなくて、オンナじゃなくて、雌の子犬じゃねーか!? それにユキちゃんって、何処の家の子犬だよ!?」
オレは大声で叫ぶ。
「どうもー! みなさまありがとうございます!」
と、「パチパチパチパチ……!」と二人だけしかいなかった稽古場内から拍手の音がする。
「良いー! 凄く良い! ねぇ、もう一回やってみせて!」
どうやらオレたちが漫才の練習に熱中していた間に、オレたちがここでやっていたのを知っていたみどりさんが入ってきていたようだ。
みどりさんは、この漫才の練習をしっかりとビデオに撮っていて、後日それを複数コピーして関係各所に配った。
但し、それを関係各所に配ったからといって、すぐになんらかの反応があるわけではなく、メジャーデビューするには、何十、何百とある多数の売り込みの中から、『ソルティドッグ』を見つけてもらう必要がある。
一カ月、二カ月、三カ月……。オレたちはコンビ活動を完全に再開して、新しいネタを作り込みながら、練習を繰り返して舞台に立ち続けた。




