思春期到来
では、その問題とはなにか。そこは男と女。必要以上に仲良くなったのである。
誰と誰が。エイジと萌実だ。
ある日、エイジが結婚披露宴の司会の仕事を終えての帰り道。
スーパーマーケットの駐輪場で、自転車の鍵を探している萌実に出くわした。
最初は、荒田さんの忠告を気にして、そのまま素通りするつもりだったが、相手が萌実の方だったので声を掛けた。
「萌ちゃん、自転車の鍵無くしたの?」
萌実がエイジの方を振り向く。
「そーなんよー。えっちゃんも一緒に探してくれんと? このまんまやったら居酒屋のバイトに遅れるっちゃけん、お願いねー」
この時点でのふたりの関係は、「萌ちゃん」「えっちゃん」と呼び合うような関係ではない。
おそらく、お互い初めて呼び合ったはずだ。
そして、エイジのことを「えっちゃん」と呼ぶ人は初めてである。聞いてたことがない。何故なら「エイジ」という語呂は、そのままでも凄く言いやすいので愛称で呼ぶ人が居なかったからだ。
もちろん、それはエイジも一緒だ。
エイジは、萌実にそう言われて、「キュン」としたそうだ。
それで一緒に自転車の鍵を探しはじめるのだが、幾ら探しても鍵は一向に見つからない。
「ホント、この辺に落としたの? 別の場所で落としたんじゃ」
そうエイジが聞いても。
「そんなん言われてもわからんけん、えっちゃんも探してー」
もうこのまま探し続けても、おそらくは見つからないだろうと判断したエイジは。
「あんさ。バイトの時間に遅れんのはまずいから、オレが代わりに探しててやっから、もうバイト行きなよ」
と、そう言った。
「ほんと? ありがとー。えっちゃん、そいじゃ、またあとでー」
そう言うと、萌実はエイジをおいて走り出す。
「えっーっと!? 萌ちゃん、家ドコ?」
「荒田さんに聞いてぇー!」
と、走っていく。
「ちょっ!? マジ!?」
で、仕方なくエイジは荒田さんに電話して、萌実の住んでいる賃貸マンションの住所を聞いたわけだが、その自転車の鍵が見つかったかといえば、見つけることはできなかった。
なので、鍵が掛かっている自転車の後輪タイヤを持ち上げて、そこから一番近くにあった自転車屋に持って行って、その事情をなんとか説明して、鍵を新しいものに交換してもらったのである。
その後自転車を萌実の住んでいる賃貸マンションの駐輪場まで乗っていき、掛けた鍵は部屋のポストに入れて、荒田さんから萌実に連絡をしてもらった。
そこからエイジと萌実は、一気に仲が良くなった。
というより、エイジが萌実に、完全にハマったのである。
エイジは、萌実と真帆がアルバイトをしている居酒屋に、そこからよく通うようになるわけだが、荒田さんの手前、妹の真帆の方でなくとも、最後のところまでは踏み込めずにいたわけだ。
萌実は一つ年上だが、童顔で天然なところもあるので可愛らしく、エイジは「仔犬みたい」な女性だと思っていたのだが、デートはすれど最後まではいけずにいた。
でも、このことを聞いたときは、オレは大爆笑した。
「あーっ、はっはっは……ひーっ、ひっひっひ! エイジー、もう笑わせないでくれよー! オレがお前と初めて会った頃は、自分で百戦錬磨だって豪語してたお前が、怖くて最後まで出来ないなんて、彼女はもう29歳だぞ。子どもじゃねーんだぞ。それこそ彼女に失礼……」
オレは腹を抱えて笑った。
萌実が元ご当地アイドルだったとしても、それは過去の話で、彼女がこれまで大人の恋愛をしてこなかった……というのは、正直なところ考えられない。
最近はそういう女性も増えてきたらしいが、そう思っていた方が気も楽だろうに。
「そーんなこと言ったってよー。怖ぇーじゃん!」
「怖いって、なにが? 荒田さんが? 妹の方じゃないんだから大丈夫だろー」
「でもよー。そんでいまの関係が壊れたら嫌だ」
「本音はそこかぁー? お前、思春期の中学生じゃあるまいし」
よく言われていることだが、「恋愛というのは始まる前が一番楽しい」。
エイジは最後の関係までいって、もしその関係が壊れてしまったらと、それが怖いと言っているのだ。
「そんなこと言っても、怖ぇーよ」
「大丈夫。怖くない怖くない。堂々と行きなさいってー」
オレはわざとエイジをからかって煽る。こんな機会は滅多にあるものじゃない。これが最初で最後かも知れない。
ただ、そうは言っても「女芸人」というところは、やっぱり怖い。
萌実がどんな性格なのかは、実際のところわからないが、彼女の書く結成3年目の『博多どんたく娘』ネタには「女の腹黒さ」を感じる。
例えば、漫才の基本的な流れはフリートークスタイルのようだが。
「あーーっ、またオトコにフラれちゃったよー。萌ぴー慰めて」
と真帆が切り出すと。
「残るんやったねー。真帆ちゃん頑張ってたもんねー。よしよし」
「あたし、あんなに尽くしたっとよー」
「その尽くし過ぎたのがダメやったのかもしれんよー」
「そんなこと言われたって、いまさら遅いよー……。もっと早く言ってよー」
と、真帆は泣き崩れるのだが。
「そんなこと言われても、あたし知らんし」
萌実はバッサリと切り捨てる。
「えっ!?」
「大体、真帆ちゃん、いっつもアタシの話聞かんやん。あたしがあの男はやめといた方がいいって言っとっても、いっつも今度は大丈夫って言って、いっつもダメやん」
と、萌実は捲し立てる。
「っ、ちょっと、待ってー。ちょっとみなさん聞いてください。このオンナー、この前オトコに、クルマ貢がせたんですよー」
「でもぉー、アレはまだ軽自動車だったしー。あたしがあの軽自動車可愛いって言いよったら、買ってくれたけん」
萌実は可愛らしい口調でモジモジする。
「ねー。みなさん聞きましたー。こんなオンナ許せますー? 自分で自分のこと可愛いって思って、それを最大限に活用してるんですよー」
「もぉー、そんなみんなの前で可愛いだなんて言われたら、照れるけん」
萌実は両頬を手で押さえて照れてみせる。
普通はここで少なからず反感を買うものだが、萌実の場合はそれがない。
「もぉ、警察に逮捕されろ。このド阿保!」
そう言われると、萌実は床に倒れ込み。
「お願いです、神様。今度こそ心を入れ替えます。だから許してください」
そのまま萌実の演技は続く。
「それじゃ、謝罪のダンス踊りますね」
そう言って、激しい曲調の音楽が掛かると、萌実は立ち上がって変なダンスを踊りだす。
それを見て、最初はあっけに取られていた真帆も、真顔になって変なダンスを一緒に踊りだす。
ここで自分たちで先に吹き出してしまうところも可愛い。
最後に掛かっていた曲がピタッと止まり、ふたりはお互いの両手を合わせて、最後に客席の方を向いて、客席から笑いが起こって漫才は終わる。
決して大笑いの漫才ではないが、このくだらなさが面白い。
この「パパ活」を揶揄したようなネタに「女の腹黒さ」を感じるのだ。
ただ、このエイジと萌実の話は、あとから漫才のネタにはさせてもらった。




