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人生は上々だ -人生、山あり谷あり、舞台あり-  作者: 志村けんじ


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挑発

 その建前上は、ピン芸人というカタチだが、もちろんそれでエイジにいきなりネタ作りができるはずもなく、いままでのような仕事の舞台やライブにも出れなくなるという、まさに開店休業状態だ。


 そこでまず当面の問題となったのが、まずこれからの生活費をどうしていくかということだ。


 借りるというあてもなくもないが、果たしてこれまでのようにみんな貸してくれるだろうかという不安もある。


 あくまで副業としてではあるが、週3で働いている深夜のコンビニのバイトを、店長に頼み込んで増やしてもらうというのも考えたが、それは芸人としてのプライドと、単に「カッコ悪い」という見栄が許さず、考えた末にエイジが出した結論はというと、もう一つ新しいバイトを探すということだった。


 結論からいうと、ここでオレはエイジと出会うこととなるわけだが、そのエイジの第一印象はというと、「なんと無礼なやつ!」の一言だ。


 そう。あれは忘れもしない。10月に入り、ようやく就活していた企業から内定を貰い、残りわずかな期間ではあるが、バイトに復帰する旨を、大学1年のときからお世話になっている、居酒屋『きりたんぽ』に報告しに行ったときのことだ。


 久しぶりに、共に働いていたバイト仲間たちと会いたいということもあり、開店の少し前の時間に顔を出したわけだが、店の中は少し懐かしく、どこか居心地の良い雰囲気があった。


 そしてオレにはどうしても、ここで挨拶をしておきたい人がいた。それが、この店のオーナーであり、店長の木場さんだ。


 木場さんにはずっと、ここのバイトのことだけではなく、公私に於いても、良きアドバイスを貰い、「東京の父親」。いや、「尊敬する兄貴」と心の中で思っていた。


「いや~、どうもすいませーん。長いコト休みをもらいまして。来週からまた復帰できますので、またよろしくお願いします」


「おぉ、良かったなぁ~、就職先が決まってよぉ。もしダメだったら、このままオレんトコにでもって思ってたところだ」


 これはもちろん、木場さんは冗談のつもりで言ったのだろうが、その心遣いが嬉しい。


「いやぁ~。もしそうなったときは、マジでお願いするところでした」


 もちろん、これも冗談ではあったが、気持ち的には無くもない話だ。


「もうすぐ店を開けるからよぉ。お前、今日は飲んでけ。オレからの奢りだ」


 そう言われて、遠慮する義理もない。オレは遠慮なく、その御好意に甘えることにした。


 そういえば、こうして営業時間内に客席で酒を飲むことなど初めてだ。


 今日は週末の金曜日ということもあってか、気がつけば店は客が席を埋め尽くすほどの大盛況となっていたが、その客席に座っている当のオレはというと、その忙しさに追われるバイト仲間たちを酒の肴に、ゆっくりと酒を楽しんでいた。


 みんなが「ハゼさん」「ハゼさん」と助けを求めてくるのが、またなんとも心地良い。


 なんというか、ここ一番のヒーローになれる気がした。


 男、土師洋一はぜよういち。ここで出ぬわけにはいくまい。


 そう思って自らが武将のように名乗りを上げ、助っ人としてカッコ良く登場しようとしたその矢先、そのときはまだ正体を知らぬエイジ(やつ)が、オレの前に顔を出した。


 そしてまじまじとオレの顔を見るなり、堂々とこう言いのけた。



「暇? ねぇ、暇? 暇だったらさー、手伝ってくんない? いまスッゲー忙しいの。さっきから見てたけどさー、すっげー暇そうじゃん」


 しゃがれた声で、茶髪の見た目だけは良い男が言う。

 

 なんなんだぁー、この男は!? ここのバイトから離れて半年ほどだが、気がつけば、こんなやつがのさばっていたというのか。


「おいおい、エイジ。ハゼは今日客としてオレがいてもらってんだ。ゆっくり、飲ましてやれ」


 そういうことだよキミ。今日、オレは客としてここにいるんだよ。わかる?


「は~い」と、やつは気のない声を返す。


 待て、待て!? なんだぁー、その納得していないような返事は!?


「あの~、すみません、木場さん! やっぱり、手伝わせてください!」


  オレは、良くと通る舞台俳優のような声で大きくアピールして申し出ると、カウンターの中の厨房に向かい、掛けてあったエプロンを付けると、すぐに焼き場に立った。


 ちなみに高校での部活は演劇部で、そこで主役も張っていたので、まんざら自称というわけでもない。


 もう3年も働いている慣れ親しんだ店だ。この店のことは隅の隅まで知っている。まだたった数か月しか働いていないであろうこの新参者に目に物見せてやろうではないか。


 気がつけは、オレの酔いはすっかりと醒め、半年前と同じように厨房を取り仕切っていた。


 唯一つ気になったことといえば、完全にこの店の仲間たちと溶け込んでいるエイジ(やつ)が、一体いつからこの店にいたかということだ。接客の手際を見る限りでは、そう長くはないはずだ。


 その答えは、閉店後の仲間たちとの雑談で、すぐにわかった。


「3日!? マジで3日!?」


 なんということか。こともあろうに、あの男は、たったの3日でこの店の仲間たちに溶け込んでいたというのか!?


 この半年間、いくつかのバイトを転々としていたそうだが、ここはすごく居心地が良いと言っている。


 おまけにだ。この男は、この雑談の最中に、店の女子たちと『合コン』の約束まで決めてしまっている。


 くっそぉー! これが俗にいう「イケメンに限る」というやつなのか!?


 でも、そんな怒るようなことではない。何故なら、オレにはもう2年も付き合っている素敵なカノジョがいる。


「あのー、スミマセーン。話の間に割って入るようでなんなんですが。おたくさん。まず、ボクに言わなきゃいけないことがあるんじゃー御座いません?」


「あっ、手伝ってもらってどうも」


「そうじゃないでしょ? まだおたくの名前聞いてませんけど」


「名前? ああ、オレの名前ね。日下英慈くさかえいじ。で、そちら様のお名前は? あっ、わかったー! 鳥の巣みたいな頭してるから、鳥巣さんだ! それとも馬みたいな顔してるから、馬場さんとか!」


 冷静に。ここは冷静に。ここで怒ったら、エイジ(やつ)の思う壺だ。しかしなんだ、このみんなの笑いに満ちた雰囲気は。カーリーヘアならぬ、オレのトレードマークである『天パ』と、馬面界(うまづらかい)の中ではイケメンの部類に入るであろうオレが、よもやこんな笑いのネタにされようとは。


「あっ、オレ? 言ってなかったっけ? 土師洋一はぜよういち


 こうして、やつとの初顔合わせは、『最悪』以外のなにものでもなかった。


 後日、このことを彼女に話すと。大笑いされた。

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