マイクパフォーマンス
次の休日、オレはエイジの現在の実力を知るために、都内のあるショッピングモールのイベントスペースに来ていた。
これから此処で、某女性アイドルグループのイベントが行なわれるのだが、そこでエイジがそのイベントの司会《MC》を務めるのである。
そのエイジのマイクパフォーマンスを見て、愕然とした。オレが知っているクサカ・エイジは、もうそこにはいない。
中心に設置された円形のステージに上がったエイジは、マイク片手にステージの周りを取り囲むように集まっている沢山の観客に向かって軽妙に前説を始める。
「はい! みなさーん! 大っ変にお待たせしておりまーす! 間もなく、間もなく登場致しますので、もう今しばらくお待ちくださーい!」
開始時刻になってもイベントが始まらないところをみると、出演するアイドルグループの到着が遅れているかなにかのトラブルだろう。
そうなると、いまのエイジの役割は、そのアイドルグループが到着するまでの時間稼ぎの「繋ぎ」である。
イベントスペースを見渡せる1階上の吹き抜けの廊下から見ると、ステージの周りを取り囲むように集まっているその観客の男女比は男7 : 女3といった感じか。その男たちが不満げにぼやき始める。
「みなさん、すみませんねー。遅れてまして。女のコのメイクや着替えって、やっぱり時間が掛かるものなんですねー! だからってお客さん、いやらしい想像しちゃいけませんよー!」
と、軽い冗談を交えながら、エイジは軽く右手の人差し指を軽く突き出し、そのまま右腕をゆっくりと左から右へと横に回す。
「いやー。ここのショッピングモールってお客さんが沢山いるんですねー。みなさん、此処に来られる前になに買われました?」
もちろん、これは特定の誰かに話し掛けているわけではない。
ステージ上に設置された音響スピーカーを上手く使って巧みに観客たちに話し掛けることで、不満を言い出した観客たちの気持ちをなだめている。
女性客の一人が、買い物をしたお店のビニールバッグの中身を確認しているのを見つけたエイジは、ステージ上からその若い女性客の前に近づいていき。
「なに買ったんですか? よかったら、ちょっと見してください」
エイジが気軽に話し掛けると、その女性客もビニールバッグの口を大きく開けて中身を見せてくれる。
「お客さーん。良い買い物しましたねー。この買い物上手ー」
と、エイジはその女性客が気持ち良くなれるような褒め方をする。
「あっ! どうやらようやく準備が終わっていらしたようです! みなさん、興奮して、柵の中に入らないでくださいねー!」
向こうからステージ衣装に着替えた女性アイドルグループが小走りでくるのを見て、エイジはやんわりと注意を促す。
「それではみなさまお待たせしましたー! どうぞー!」
エイジはアイドルグループがステージに上がるタイミングで、入れ替わりでステージを降りると、すぐそのままアイドルグループの曲が大音量で流れ出す。
どうやらエイジは左耳に付けていたインカムで指示が出ていたようだ。
「なーにが、緊張してひとりじゃ舞台に立てないだよ。完璧じゃねーかよ」
エイジのトラウマは完全に克服され、ひとりでは舞台に立てないといっていたのが噓みたいに、完璧ともいえるマイクパフォーマンスだった。
もちろん、この曲が終わった後も、再びエイジがステージに上がり、更に盛り上げるという段取りなのだろう。
「なんだよ!? これだとオレの方が全然負けてるじゃねーかよ」
オレは現在のエイジとの、「お笑い芸人」としての実力差を痛感した。
オレがずっと同じ場所で立ち止まっている間に、やつは随分と先に進んでる。
ずっとカメだと思ってたオレは、実は思い上がったウサギで、ウサギだと思ってたエイジは、実は堅実なカメだったというわけだ。
このイベント終わりのあと、オレはすぐにエイジのところに行って労う。オレは開口一番に。
「なんだよ。お前スゲーじゃねーかよ! もう全然問題ねーじゃねーかよ!」
と、エイジのイベントでのマイクパフォーマンスを称賛した。
「これだと全然オレが置いてかれてる。ちっくしょー! オレがサボってる間に随分と差をつけられたぞー。オレもお前に負けないように修行する」
そうエイジに、オレから一方的にその気持ちを伝えた。
「ハゼー。修行もいいんだけどよー、もういい加減、新しいネタも書いてくんねー」
エイジがそう懇願する。
「待てまてまて。そこは悪いが、もう少しだけ待ってくれ。そーんな簡単に新しいネタなんて書けない。だから、ちょーっとだけ待ってくれ」
そう、エイジにお願いした。
「わかった。そん代わり、スッゲー面白いのを頼む」
「またぁー。そんなハードル上げんじゃないよ」
そのエイジの頼みに、オレは俄然やる気が出てきた。




