栄光の過去
この高校でエイジは小学校のときからずっと仲の良かったツレと、その後に漫才コンビ『スキップビート』を組むわけだが、何故ここまでの小学生から中学生の話の間に登場してこないかというと、実はエイジが思っていたほど、二人の仲は良くなかったからだ。
男とは、実に「嫉妬深い生き物」であるのは、もうご承知の事だろうが、特に不特定多数の女子に人気のある男というのは、恰好の「男の敵」である。
それでは、何故エイジと表面上は仲良くしていたのかというと、それはエイジと一緒にいれば、仮に自分が「引き立て役」となったとしても、その周りに一定数以上の女子は集まってくるわけで、その中から自分のことを気に入ってくれる女子がいるかもしれない、そういう算段というかスケベ心があったからではないかと、下衆の勘繰りとして思う。
実際にこのエイジという「撒き餌」を使った下衆の釣りは、そこそこの成果をあげていたようだ。
一番最初の方で、エイジとこの元相方は高校1年のときに『スキップビート』を結成したことは話したが、エイジと元相方が自習授業中に、たまたまドリフの懐かしい「ひげダンス」をして、もの凄くウケたことがコンビ結成のきっかけだ。
このひげダンスを知っている世代の多くは、1980年代に少年少女時代を過ごした方々が中心だが、この世代はテレビ中心に広まった文化を多く目にして育っており、「ひげダンス」もその一部としての「お笑い文化」として記憶に残っているのではないだろうか。
一方で、若い世代の多くは「ひげダンス」を知らないが、それでもYouTubeなどで知っている人も少なからずいて、その知名度や受け入れられ方は世代によって異なるものの、「ひげダンス」がお笑い文化として日本の社会に与えた影響は大きかったと思うし、あのユニークさが今も語り継がれていることで、世代を超えてもウケたのかもしれない。
体育館での男女一緒の体育の授業が自習授業となり、みんな各々に自習と称して遊んでいたわけだが、
そこにエイジと元相方の玉田祐が、掃除用のバケツを3つ持ち出して、二人で「トゥトゥトゥトゥトゥトゥーン、トゥトゥトゥトゥトゥトゥトゥーン」と「ひげダンス」の曲を歌いながら、
ヒロシがそのうちの一つのバケツに手品のように水の入ったバケツから水を注ぎ、エイジがその水が入っているバケツの取っ手を右手で掴んで、周りからの注目を集めて確認すると。
「行きまーす!」と大声で叫ぶ。
前後にバケツを振って、それを何度か繰り返すと、ここぞとばかりに掴んでいたバケツを円に回して振り回して、水がこぼれないアピールを大げさにしてみせる。
それを見ていたクラスメイトたちから、大きな拍手と歓声が上がった。
続いて相方のヒロシが、同じように水が注がれたバケツの取っ手を掴んで、同じ動作をするのだが、それをバケツを置いて見ていたエイジが、またバケツの取っ手を掴むんでバケツを回転させて、ヒロシのバケツの動きとシンクロさせる。
と突然、エイジは自分の頭上で、ピタッとバケツの動きを止める。
ヒロシも「ハーイ、ハーイ、ハーイ、ピタッ」と、それに追従して同じくバケツを自分の頭上で止める。
その瞬間、ヒロシはバケツの水を一気に被って、頭から全身びしょ濡れだ。
かたやエイジはというと、まったく水を被ってはいない。
これが「ひげダンス」の典型的なオチだ。
これにはみんな爆笑だ。
最後にエイジのバケツには、水が入っていないことを見せるのも忘れない。
その流れでエイジは自分の首に掛けていたタオルで、ヒロシの坊主頭と顔を優しく拭いてやるのだ。
こんな「お笑い」は馬鹿馬鹿しいと思う人もいるかもしれないが、こんなのを真剣にやるからこそ、「お笑い」は面白く見えるのだ。
そこから事あるごとに、二人はみんなの前でコントや漫才を見せるようになった。
もちろん、この様なネタを書いているのは、全部ヒロシである。そこにエイジが即興で自由にアドリブを入れていた。
♢
「エイジくんはさ、元々前のコンビのときには、笑いの直感っていうか、瞬発力のある笑いが売りだったわよね」
ここで一旦、話は現在に戻る。
「ボケよりはツッコミの担当だった」
「まぁ、それはそうだったんですけど……」
「そうだったんですけど?」
みどりさんがエイジが言った、その短い「そうだったんですけど」のところをオウム返しする。
「う~ん。なんか前のヒロシのときと、いまのハゼじゃ、全然違うんですよ」
「その違うって、なに? 具体的にいうと、どんな?」
やはり、みどりさんは心理学でいうところの「自己認識」させているようだ。
自己認識には、自分の内面を深く探求し、自分がどのような状況や精神状態にあるのかを自覚する目的がある。
「自己認識」は英語で、Self-awarenessと表現され、ここでの「セルフアウェアネス」は、「意識」「自覚」「気づき」という意味である。
「ヒロシはネタも書いてくれて、自由にはやらせてくれてたんですけど……」
「くれてたんですけど?」
「その、自由にはやらせてくれてたんですけど、いま思えばちょっと投げやりな感じもあったりしましたねー」
「どんな?」
「いや、どんなと言われましても……」
「ちゃーんと思い出して! 凄ーく大事なことよ」
「そんな凄ーく大事なことだって言われましても……。そんな焦らせないでくださいよー!」
エイジが少しおちゃらけて答える。
「ふざけないで! 真面目に答えて! 凄く大事なところなんだからね」
みどりさんが再度念を押す。
「ヒロシは、今更なんですけど、凄く……それなりに凄く面白いネタを書いてくれてたと思うんですよー。オレを目立たせてくれて、でも自分はあまり目立たないネタ……」
「うん。それで?」
「ネタの流れで、ずいぶんとヒロシの見た目もいじったんですけど、今更ですけど、それでホントに良かったのかなぁーって思って」
「ちょっと後悔してる?」
「まぁ、ほんのちょっとですけどねー。で、ヒロシが書いたコントのネタって、基本的にオレ一人から始まってるんですよー」
「知ってる。その頃からあなたのこと見てるから」
「照れるなぁー」
またエイジがおちゃらける。
「はい。真面目にね。いまは真面目な話をしているの」
みどりさんがそれを軽くあしらう。
「ヒロシのコントのネタって、最初一人だから、凄く緊張したんですよ。まぁ、それでもすぐに出てきてはくれるんですがー……。その台本にもあるヒロシの見た目をいじっても、次の新しいネタんときは、また最初の一人だけのとこが長くなってたんじゃないかなーって……。みどリさんから見て、それってどうでした?」
その当時からエイジたちのネタを見ていたというみどリさんに、エイジも確認してみる。
「確かにねー……。新しいネタになるときには、確かに長くなってたような気もする……かなー」
「あいつが……ヒロシが書いたネタだからって、オレが調子に乗ってたのがいけなかったんすかねー」
「でも、あのエイジくんのツッコミは、それはそれで素晴らしかったけどねー」
エイジのそんなちょっとした後悔を、みどりさんは全然気にすることないといった感じで答えてくれた。




