MCへの挑戦
あのコンビ再起のきっかけを見つけるために続けていた素人落語の寄席にも、コンビ活動休止以降、もう何ヵ月も出なくなり、コンビ活動だけでなく、一人のお笑い芸人としても開店休業状態である。
ただ、ここしばらくこの物語に登場していない小松川みどリさんはというと、『ソルティドッグ』の公認ブログも更新が止まるということもなく、コラムのようなカタチで続いていた。
それはもちろん、ただのマネージャーとしてではなく、『ソルティドッグ』の大ファンでもある彼女が、まだ切れたわけではないお笑いコンビ『ソルティドッグ』の糸をちゃん繋いでくれていた。
ここからは敢えて、最初に彼女が希望した呼び方「みどリさん」で言うこととしよう。
みどりさんは、相変わらずオレたち「ソルティドッグ」を各所に売り込んでくれており、オレたちの名前が業界内で忘れられるなどということはなかった。
特にエイジは、みどりさんにはかなりお世話になっていたようだ。
エイジがコンビの活動休止の間なにをしていたかというと、コンビ活動休止の原因となった結婚披露宴での司会や小さなイベントなどでの司会だ。
このことをみどリさんに聞いたとき、オレはエイジが大きなトラウマを克服しようとしていることはすぐにわかった。
あのときまではエイジも上手く誤魔化していたので、オレは不覚にもまったく気づかずにいたが、エイジは一人では緊張して舞台に上がれないほどの対人恐怖症に近い極度のあがり症だったからだ。
これは本当に予想外過ぎた。そこまでのあがり症の人間が「お笑い芸人」をしていることが凄すぎる。
「それじゃ、行ってきなさーい」
と、みどりさんは出来うる限り、エイジの仕事の現場に立ち合ってくれていた。
では何故、あの結婚披露宴の会場に、オレというサブMCがいたにも関わらず、あの場所に来なかったのだろうか。
二人一組での司会と思えば、エイジも気が楽だったろうに。
だからオレが思うに、オレたちふたりはコンビ結成当初から、良い意味でずっとライバル関係にあった。
だからオレに、もしもの格好悪いところをオレに見られたくなかった。エイジのプライドの為にも、そういうことにしておこう。
では、このあとは実際にはどうだったのか。オレがみどりさんに聞いた話はこうだ。
エイジはなにか覚悟を決めた顔でみどリさんのデスクに行くと。
「あの……みどりさん。相談があるんですけど……。あの……結婚式の……披露宴とか、なんか地方のイベントとかの司会って、そういうの出来ないもんですかねー」
そう言ってきたそうだ。このときみどリさんは、あの結婚披露宴でエイジが司会を無断欠席した話は、そのときどちらからもまだしていなかったので知らなかったはずだ。
「披露宴? なんで?」
みどリさんは、エイジの目を真っ直ぐに見て真顔で質問する。
「あっ……いやぁー。ちょっとこれからの勉強になるかなぁーって」
みどりさんには、このときエイジがなにかを誤魔化そうとしていたことが透けて見えていたそうだ。
「勉強? コンビ活動もしないで?」
このときみどリさんは、あえて冷たく返したそうだ。
「いや……はいー……」
ここでみどリさんは、エイジに対してこれまで感じていたことを隠さずそのまま話したそうだ。
「エイジくんってさ。ホントは一人で最初に舞台に上がるのはすごく苦手だよね? 前のコンビのときから思ってたんだけど、最初に舞台で一人で始めるときは出る前に舞台袖で深呼吸してたり、舞台上でもちょっと顔が強張ってたと思うんだけど、違う?」
驚くことに、みどりさんはエイジのこのことを、まだ観客のときから薄々見抜いていたようだ。
「あの……わかり……ますか?」
エイジは恐るおそる聞いてきたという話で。
「わかるわよー。前のコンビのネタのとき、最初一人で始めるときは、必ず唾を飲み込むような溜めがあったもの。でも、ハゼくんの書いたネタにはそれがない。っていうか、ハゼくんもいまはネタを書けなくなってるけどねー」
それは手厳しいお言葉だが、その否定は出来ない。
それよりも、このみどりさんは、どこまで洞察力が鋭い人なのだろうか。もしかしたら、あの結婚披露宴の件もどこかから聞いて知っていたのかも知れない。
「大体さー。結婚披露宴の司会とか、小さなイベントの司会とか、それって自分で自分を安売りするっていうことにもなるんじゃなーい。ソルティドッグのクサカ・エイジだよ! クサカ・エイジ! 若い女性に特に人気があって、背丈はちょっと物足らないところもあるけど、これだけ面白くてカッコイイってのはなかなかいないわよー」
これは褒めて貶して、また褒めたでいいのだろうか。今更だがエイジの身長は168㎝で、オレの身長は、エイジより10㎝高い178㎝である。
「ホントーに。それでいいの? 今だってたいしてギャラをもらってるわけでもないでしょうけど、正直、あったとしても安いわよ! それでもいいのね?」
みどリさんは念を押してエイジに確認したとのこと。
エイジの答えは、もちろん「はい」だったが、これはみどりさんがエイジの覚悟を確かめたということだ。




