結婚披露宴
今更ながらここまでを振り返ってみると、オレは「お笑い芸人」として人生の賭けに、負けに負け続けていてる。ここで「賭け」と言ってしまうところが、もう立派な「お笑い芸人」なのかもしれない。
だからといって、特に生活に困っているとかそういうわけでもなく、他にサラリーマンとしての安定した収入もあるので、安泰しているといえば安泰だ。
ところが「お笑い芸人」の方には暗雲が立ち込める。
いままでの様に、ライブや劇場にあまり出れなくなったのである。
次々にデビューしてくる新興勢力に押されて、その舞台を奪われたというのもあるのだとは思う。
またそれとは逆に、美苑の人気は鰻上りしたままだ。
美苑の「歯に衣着せぬ物言い」のタレント性は、まさにテレビにぴったりとハマった。
ただ一つ事務所からの指示で、全体のトーンをもう少し抑えるようにと言われたらしいが、それでも時おり大きくなるトーンが爆笑を浚う。
こんなにキャラが立っているというのは、オレたち「お笑い芸人」からしたら羨ましいかぎりだ。
よく「キャラが立つ」というが、実際のところエイジとオレのキャラっていうのはなんだろうか。
エイジは、男性アイドル並みのイケメンで女性が多いというのが、一番の特徴だ。
アイドルの中には「ちょっと面白いこと」を言って笑わせる者もいるが、エイジはその範疇を大きく超えている。
なによりエイジは、アイドルではなくプロの「お笑い芸人」だから当然だ。
それでも、オレのこれまでのネタは、本当にエイジの「キャラ」を活かしきっていただろうか。
オレはこれまでろくに考えたこともない、この一つの疑問にぶつかった。
例えば、もしオレとエイジが「ピン芸人」だったとしたら、それぞれどんな芸をするのだろうか。
確か以前にエイジは、番組MCをやりたいと話していたが、そもそもあいつにMCなんて重役が出来るのだろうか?
そう疑問に思ったオレは、エイジの為の一つの予行演習として、ある試みをしてみることにした。
だが、それが後に重大な混乱を招くこととなる。
オレがエイジをMCの舞台として立たせたのは、なんでもない普通の結婚披露宴の会場だ。もちろん二次会の会場ではない、正式な結婚披露宴にだ。
ちょうど都合よく大学時代の友人が、近々結婚式とその披露宴を挙げるということで招待状をもらっていたので、それならぜひ司会もさせてもらえないかと頼み込んだ。
もちろんそこはノーギャラでだ。
この披露宴に出席する大学時代の友人は、皆オレが「お笑い芸人」をしていることも知っているので問題はない。
たまに連絡をくれたり、わざわざチケットを買ってくれて、何回か「お笑い」の舞台を見にきてくれている者もいる。
披露宴当日は、メインMCがエイジで、サブMCとしてオレが立つ。オレはやつのサポート役だ。
但し、事前の台本は無しだ。エイジには必要な情報だけを与えて、あとはエイジの思うままに好きなように即興でやってもらう。
なんだかんだ言っても、エイジは「お笑い芸人」としてオレの先輩になるわけだし、問題なく熟してくれるはずだ。
そう、簡単に考えていた……。
披露宴当日、時間を過ぎても、エイジは会場に来なかった……。電話しても一向に繋がらず……。
結局、エイジの代わりに、サブMCだったオレが問題なく勤めたことで、披露宴は一定の盛り上がりをみせて無事終了した。
そのまま二次会も大盛り上がりして、その帰り道。一緒に参加した大学時代の友人二人と笑いながら商店街の通りを歩いていると、今日居なかったエイジが、シャッターが閉まった店の前に一人でポツンとしゃがんでいた。
エイジはオレに気がついて、こちらの方に顔を向ける。
「なにやってんだよ、お前!?」
一瞬でオレの酔いは醒め、エイジを怒鳴る。
エイジはオレと目は合わせないまま立ち上がり、スッと頭を下げる。
「ふざけんな! そんなんで済む話かよ! なんで来なかった!? みんなお前のことを待ってたんだぞ!」
オレはシャッターがほとんど閉まった商店街に響き渡る声で叫んだ。
「ごめん……」
エイジはかすかな声で言った。
「そのごめんてなんだよ!? みんな楽しみに待ってたんだぞ!」
エイジが本当に心から謝っていたのはわかっていた。
いつものお調子者のエイジだったら、ここは「悪ぃ、悪ぃ。急に屋久島まで瞬間移動しちゃって」とか、ありもしない言い訳をするはずだ。
「ごめん……」
エイジはその「ごめん」を繰り返す。
「その……だから、ごめんて……!?」
気がつくと、エイジの目に涙が溜まっているのがわかる。
「その……来れなかった言い訳を言ってみろよ。突然事故にあったとか、誰かを助けてたとか、誰かに不幸があったってわけでもないだろ?」
もし、こんなどれかに該当していれば、エイジはいまこんなところにいないはずだ。
エイジは絞り出した震えた声で。
「怖ぇーんだよ! 一人で舞台に立つっていうことが!……」
と、ずっと隠していたことを言った。
「怖いって、お前……」
オレはこれまでのエイジを見てきて、ここまでエイジが一人で舞台に立つことを怖がっていることなど一切思っていなかった。
オレはこれ以上なにを言えば、なにを話したらいいのかわからず、やつを残して、友人二人とその場を逃げた。




