彼女の違い 芽衣
その日の帰り。オレは運悪く「出待ち」に捕まった。
「運悪く」というのは、オレにも凄く熱心な若い女性ファンが一人ついていたのだが、その彼女はとにかくオレとの距離が非常に近く、やたらとベタベタと身体を触ってくる。
異性にモテるということ自体は悪い気はしないのだが、こう人前でベタベタと身体を触ってこられるのは考えようである。
これではエイジと美苑のことは言えない。
恵美がいたころは、そんなこともなかったが、「いない」とわかってからは、出待ちのたびにこんな感じだ。
「お疲れ様でーす。バゼさん、今日も面白かったですー。もう、最高でした」
エントランスを出ると、早速その彼女がオレの目の前に立ち、オレの手を両手で握ってくる。
最悪なことに、エイジと美苑はこれから二人だけで食事をしたいとのことで今日の反省会はなく、マネージャーの小松川さんも誰も一緒ではなかったので、いつもの壁になってくれるような人はいなかったのである。
「あの~。わたしまだ名前言ってませんでしたよね。梶木芽衣です。もぉーご存じだと思いますけど、ハゼさんの大・大・大ファンでー、もっと、もっとお近づきになりたいです!」
そう言って彼女は、潤んだ大きな目でオレの顔を見つめる。
「あっ、いやー。どうもありがとう」
これまで特になんとも思っていなかった彼女の顔が、急に可愛く思ってくる。
まぁ、客観的に見ても、彼女は充分過ぎるほど可愛い部類だ。それにどこか男を惑わすような不思議な魅力がある。
「これからふたりで、楽しいところ行きません?」
そう言われると、なんだかこのまま押し切られても良いような気がした。特に問題はない。迫ってきたのは彼女の方からだ。
彼女はオレの腕に、白く細い右腕を絡めて恋人つなぎしてくると、オレを導くように歩き出す。
オレは身体は彼女に引っ張られるようにホテルへと向かった。
彼女は慣れた様子で部屋を選ぶと、部屋に入ってすぐにオレに甘くキスして、器用にオレの服を脱がせる。
時おり、恥ずかしそうな素振りを見せてくるのが、なんとも艶めかしくて男心を刺激する。
彼女もオレの服を脱がせながら、自分の服を全部脱ぎ捨て、オレの手を引っぱってお風呂へと向かった。
世の中には、ここまで積極的な女のコもいたもんだなと、ぼんやりとしたままの頭で妙に感心した。
もはやここまで来ると、この彼女のなすがままだ。その方がラクで気持ちいい。
こんなことを思ったのは、恵美のときにはなかったことだ。
時おりその攻守を入れ替えながら、オレは彼女に身を任せた。
この初めて経験する、ゆっくりと心と身体が落ちていくような感覚が気持ちいい。
オレはこの流されるまま、梶木芽衣という、いままでとは違う、この未知のオンナの優しさに溺れていったのである。
♢
そうして押し切られるままに、オレはこの彼女と付き合うこととなった。
芽衣は、オレがサラリーマンをしている以外の時間は、ほとんどオレのそばにいる。
オレのことを立ながらも、何処か兄を子ども扱いする妹みたいなところもあり、そこがまたなんとも可愛いらしい。
エイジと美苑も、仲睦まじいオレと芽衣のふたりの仲を羨んでいる。
「もぉ、ダメだよー、洋ちゃーん。そんなとこ触ったら」
今日もお笑いライブの大部屋の楽屋で、オレは芽衣を膝の上に乗せ、ふたりだけの世界に入っている。
もはや周りの視線などは気にはしない。こちらからわざと見せつけてやっているのだ。
「アンタら、いい加減にしいやー! なにさっきから、人目もはばからずイチャイチャしとんねん!」
このオレたちの様子に、ついこの間まで同じようなことをしていた美苑がキレる。
「はぁー!? お前らもこの間まで同じことやってたじゃねーか!」
オレもそう反論する。
「なに言うとんねん! ウチらは、ただ仲良ーしてただけじゃ! アンタらとは違う!」
「だから、どこがどう違うってんだ!? 他から見たら一緒じゃねーか!!」
オレも負けじと、一層ヒートアップする。
「アンタらのは、そん……AV……。もうええわ! エイジもハゼと漫才の準備せんといかんちゃう!」
このオレと美苑の口論が、エイジにも飛び火する。
「あ……うん」
とエイジは、母親に怒られた子どものように小さくなる。
「だいたい、アンタも、こんなアホなオンナに現を抜かしていられるような立場なん!」
またオレと芽衣に、美苑の矛先が向く。
「もういいよ。洋ちゃん、行こ」
芽衣はオレの手を掴むと、この場の空気が悪い楽屋から連れ出した。
「待て! 逃げんなや!」後ろから美苑の叫び声がした。
このあと、すぐにこの一件が問題となり、劇場、ライブなどの控室に、事務所関係者以外の出入りが禁止となった。
暗黙のルールを破っていたオレたちには注意だけで済み、特にお咎めなどは無かったが、芽衣はかなり不満げだった。




