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人生は上々だ -人生、山あり谷あり、舞台あり-  作者: 志村けんじ


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漫才「紙相撲」

 あれから小松川さんの熱狂的な『ソルティドッグ』の公認ブログは更新され続けてはいくものの、オレたちに特には大きな変化はなく、相変わらずの日常は続いていた。


 それでも、最初のスランプの頃とは違い、大声で笑ってくれるお客さんの顔も増えた。


 エイジは相も変わらずだが、前から変わらず漫才の舞台に上がるときには、反対側の舞台袖で目を閉じて気合を入れているような仕草をしている。これはエイジの一つの精神統一なのだろうか。


 エイジはあのオレの失敗のとき以来、「お笑い」のことで、特になにかを言うことはない。


 オレとエイジの付き合いの長さは、当然だがまだ短い。だったら付き合いの深さはというと、それも正直浅い。


 今は、特に新しいネタ合わせをするでもなく、まだウケていたときのネタと、スランプに入ってからどうにか作った2・3本のネタを繰り返しやっているだけだが、それでも同じネタをやるたびに、新しい発見がある。


 これは良いきざしではないだろうか。取り敢えず、そう思うことにした。


「いやいやいや、また待たせたねー。エイジくん」少し遅れて、オレは舞台の控え室に到着した。最近は、この会場入りの時間にしょっちゅう遅れて、先に来ているエイジを待たせている。相変わらず、エイジは「合コン三昧ざんまい」ではあるみたいだが、ことこの会場入りの時間には、いつもオレより先に来ている。


 小松川さんも、相変わらず足繫あししげく観に来てくれていて、公認ブログも更新され続けている。


 こういった変わらないでいてくれるファンというのは実に嬉しいものだ。


 公認ブログを始めたことでボキャブラリーが一気に増え、相変わらずのダメ出しと、熱狂的な「お笑い論」は、もはやプロ顔負けと言ってもいいだろう。


 今日も舞台あとの反省会で、漫才「紙相撲」へのダメ出しが炸裂する。


 今日の漫才の出来はこうだ。


 ちなみに漫才での基本的な立ち位置は、向かって左側がオレで、右側がエイジとなる。


「どぉーもー、ソルティドッグです。よろしくお願いします」


 この最初のあいさつは必ずオレがすることになっている。エイジはそのあとに軽く一礼をするのがお決まりだ。


「イヤさー。懐かしの遊びっていえば、やっぱ紙相撲じゃね」


 はじめはエイジが、そう投げかける。


「紙相撲? 何故に今さら紙相撲? 昭和の懐かしき遊びを、この令和の時代にやろうてか?」


「いやいやいや。まだ捨てたもんじゃないって、紙相撲も。早速やってみんべ」


「は!? その紙相撲は? 用意してんのかよ?」


「では、それをいまから作りまーす。じゃ、ここに足を開いて、腰を少し曲げて立って」


 エイジに言われるがまま、オレはその姿勢を作る。次にエイジはオレの腕を一本ずつ持って、紙相撲の力士のカタチを完成させる。


「これは?」


「まずは、紙相撲の力士の一体目が完成でーす! んじゃ、オレも」


 そう言ってエイジは、センターマイクを少し横にずらすと、向い合わせで同じような姿勢を取り、紙相撲の力士のカタチを完成させる。


 それもお互いの身体が触れるか触れないかの、微妙な距離加減だ。


「で、ここから?」


「ハッキョーイ! 残った残った!」


 エイジが両足をパタパタ、カタカタと動かし、紙相撲の力士の動きの真似を始める。


 オレは恥ずかしそうな表情かおをして、一度観客席の方に顔を向けたあと、真顔になって正面を向き、エイジと同じ紙相撲の力士の動きで応戦する。


 ここからは紙相撲の力士になりきって前後左右に揺れて、紙相撲の白熱した駆け引きを演ずる。


 エイジがオレの腰のベルトを掴むと、オレも負けじと、エイジの腰のベルトを掴み、互いのベルトを掴んだまま、両足の動きだけは紙相撲のままだ。


 この動きがなかなかに難しい。


 おーっとっとっと、互いの身体が引っ張り合いで左右に揺れる。


「なんだよぉー。やけに本気じゃ……」


 とエイジが言ったところで、オレがエイジを投げ飛ばす。


「あぁーっ!? ずっりぃー、ずっりぃー、ずっりぃー! 紙相撲って言ったじゃん!」


「はぁーっ!? どっちが、先にベルト掴んだよ! もう勝ちは勝ちだね!」


 そう、勝ち誇って言い返す。と。


「あーっ!? よく見たら、あなたの社会の窓が開いてんですけどー!」


 と、エイジがオレの股間を指さす。


 次にオレが、「マジ!?」と驚いて、ズボンのチャックが開いていないか冷静に確認したあとオチの流れになるのだが、ここでオレは何故か急に恥ずかしくなってしまい、すぐに客席にお尻を向けて股間を隠してしまう。


 これだと台本通りではなく、オチには不十分だ。


「うそピョーン! 騙されてやんの!」


 少しタイミングを外して、そんなオレの失敗をエイジがフォローしてくれる。


 オレは客席に顔だけを向けて「ニカッ」とぎこちなく笑う。


 歓声と笑い声が客席に溢れるてはいるが、その中にそのズレに気がついてか、少し微妙な表情かおをしている人の顔も見える。


 またしても、オレの羞恥心(ミス)から完璧に(こな)すことは出来なかった。


「どうも、ありがとうございましたー!」


 最後はエイジが声を掛けて、ふたりで深々とお辞儀して漫才を終える。

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