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人生は上々だ -人生、山あり谷あり、舞台あり-  作者: 志村けんじ


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一人相撲

 後日、オレはエイジを連れて、同じ会社の小松川みどリさんと会うことになった。


 エイジには、「お前の熱烈な女性ファンに会わせたい。おまけに美人だ」と付け加えて、待ち合わせのファミレスに誘い出した。


 その「熱烈なファン」というのも、「美人」だというのも、実際のところそう嘘ではない。シャープなハーフ顔の美人だ。


「初めましてー。ハゼさんと同じ会社の、小松川みどリでーす」


 みどりさんは、嬉しそうな笑顔でソファーから立ち上がる。


「どーも。初めまして。ソルティドッグの日下英慈くさかえいじでーす。もぉ、おねーさん、ホントに美人でビックリしました!」


 エイジも小松川さんを見て、いつもより調子に乗っている。


「そんな美人だなんて……いつも言われます」


 「お笑い」のセオリーをわかっているであろう小松川さんは、当たり前のようにそう答える。


「でも、あれですよねー。エイジくんて間近で見ると、やっぱりカッコ良い」


 なんだよ。やっぱり男は顔か。


「そぉですかー。よく言われます」


 なんなんだー、この不毛なやり取りは。


「ところで、例の相談の件なんですが」


 これが本来の目的である。その為にわざわざ休日を選んで、このファミレスで待ち合わせをしたのだ。


 ところがだ……!?


「それなんだけどねー。ごめーん! アタシ、なんとなくはわかるんだけどー、やっぱり言葉で上手く説明出来ないやー」


 それだと、今日のオレの一番の目的も変わってくる。


「でも、どーしても、エイジくんにもあって、これの公認をもらいたかったの!」


 と、小松川さんはスマートフォンに自分で作った『ソルティドッグ』のブログを開いてエイジに見せる。


「どぉ? 公認してくれる?」


 ブログの内容を、早い指の動きでスクロールさせて確認するエイジに、小松川さんが圧を掛ける。


「あっ……はい……」


 これは公認というより、ただ単になんとなく返事をしただけだと思うのだが、小松川さんの認識は違った。


「良かったー! 公認してくれるのね!」


 なんとも気の早い人だ。まぁ、『ソルティドッグ(オレたち)』のブログなんて、実際にはさほど影響はないはずだ。それはブログの閲覧数が物語っている。


「ところでエイジくんてさー、現在いまカノジョいるの?」


 さっきまでの勢いとは違い、なんだかどこか気を持たせた言い方で、小松川さんが聞く。


「いや……今は特には」


 また唐突な人だなぁ~。エイジ(こっち)も、「今は特には」ってのはなんだよ!


「それでみどりさんの方はどうなんですか?」


 エイジの方も、そこは「据え膳食わねば」と、そこはしっかり聞くんだな。


「アタシはね……。いるー! 凄ーく大好きなカレがいるのぉ! もぉー、聞いて聞いて、カレったらね」


 この「大好きなカレがいるのぉー!」の直後の同じタイミングで、まるで古臭いギャグのリアクションの如く、エイジとオレは、テーブルの上から肘を外してズッコケた。


「凄ーい! やっぱりふたりはコンビなんだねー。息ピッタリー」


「ハハハハハ……。よく言われる」


 完全に乾いた笑い声でエイジが答える。


 そんなことはこれまで言われたことはないが、オレが気づかない間にエイジとの息が合ってきたということか。


「でも、ごめんなさい。またちょっと噓をつきました……。現在いまアタシに、大好きなカレなんて存在してませーん」


 これにはさすがにエイジも苦笑いだ。


「でも、エイジくんの大ファンっていうのは、ホント。でも、勘違いしないで! ソルティドッグのクサカ・エイジの大ファンであって、男としての日下英慈くさかえいじのファンではないから」


「へ!? どゆことー?」


 とエイジがそれに疑問を返す。


「だって、クサカ・エイジっていったら、前のコンビの『スキップビート』のときから、合コン三昧(ざんまい)で女遊びが激しいって有名だよー。そんな人をカレシにするなんて、ぜつたいに無理!」


 このエイジの「告白」されるでもなく、するでもなく、この「フラれた感」は、どうなのだろうか。


 結局、本来の目的であるオレの「相談」の件も、結果うやむやのままに終わり、小一時間ほどの一応の盛り上がりをみせて、この初顔合わせの会はお開きとなった。

 


 そのことを後日、恵美の一人暮らしの部屋で教える。


 恵美は今年の春から、やっと両親に一人暮らしを許されていた。


 ただ残念なことに、だからといって恵美と会える時間が多く増えたかといえばそうでもない。


 しかし、小松川さんにはまいった……。まさか、あそこであんな風に来るとは……。


 しかし彼女が『ソルティドッグ』の大ファンというのは間違いない。


 彼女は事務所のオーディション以降の、客前での舞台のほとんどを見ている。まさに大ファン。


「てなことがありまして」


 そういうわけだ。


「洋ちゃん。その喋り方だと、なんか噺家はなしかみたいだよー」


 この一件を電話ではなく直接会って話すのは、相談ではなく、単に恵美に会うための口実ができたからだ。


「そうなんでございますよー」


 恵美にそう言われて、わざとお道化おどけてみせる。


「もぉ、やめてよー」


 恵美は顔を真っ赤にして笑う。こんなにも笑ってくれるのは、お笑い芸人でなくても嬉しいかぎりだ。


「でも、小松川さんって、鋭い。洋ちゃんのことに気づいてたね」


「どの?」


「洋ちゃんが、どこか自信をなくしてたってこと、気づいてた」


「もしかして、恵美もおんなじように、気づいてた?」


 そう聞かれて、恵美は小さく頷く。


「なんか、カッコわりーなー、オレ! 恵美にもそんな気を使わせてたなんて!」


 情けないかぎりだ。オレはそんな恵美の気持ちをなんにも気づかずにいた。


「そんな、カッコ悪くなんかない。ただちょっと心配だっただけ。わたしのせいでもあると思ってたから……」


 恵美の言った「わたしのせい」とは、どういうことか……。確かに、恵美はオレが「お笑い芸人」を続けるのを望んでいた。


 それでも、あの「賭け」をしたのは「自分から」だし、「負けた」の「自分に問題があった」せいだ。


 オレはうつむく、恵美の唇をふさいだ。


 ただ恵美の気持ちをやわらげたかったのか、どこかやるせない自分の気持ちをそれで誤魔化したかったのかはわからない。


 ただ、そんな自分から逃げたかっただけかもしれない。



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