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死んだ青春

藍その日、僕の青春は死んだ。


市川しかわらんさんが亡くなったそうです。


この世界には死人が少ない。

僕たち一般人には知り得ないが、どうやらそれには『救いの天使さま』とやらが関係しているようだ。

ゆえに教室が動揺と好奇心に染まる。


「藍ちゃんが? 美人だけどどこか影があったから記憶力の悪い私でも覚えてるよ」

「連れ去られたって噂あるよね」

「あの子暗い子だし怪しいことでもしてたんじゃない? 」


『暗い子』

その一言で僕の心はぐしゃりと音を立てて崩れていく。

藍は暗くなどないし、暗いのだとしたらそうさせたのは誰だと思っているんだ。


この世に要らない程汚い音が脳裏で再び響く。


『連れさられたって噂だよ』


そこら辺ののみが藍を連れ去る?

ふざけるな、そんな権利たかが人間1人が持ち合わせているわけもないだろう? 藍を殺す資格など神様でも持ち合わせていないのだから。


目をせ一度視界を閉ざす。 少しでも無くしたかったのだ。この、へびが身体をいずるような不快感を。


同時に脳裏に浮かんだのは藍の冷たくて温かい笑顔。

僕の頬をするりと撫でてからかうのが好きだった君。 そんな、僕にとって唯一であり、僕の世界を構築していた人間。

死んだなんて受け入れられない。受け入れられるはずが無い。


強く噛みしめた唇が熱い。


視界に映るのは灰色の机。思い切りにらんだところで机は何も答えない。

何かが動いたと思ったら自分の拳だった。強く握られすぎて赤く充血している。

奥歯を噛み締めると、僕の舌に苦い鉄の味が広がる。


藍が死ぬ前、最後にした会話を思い出す。

確か少し焦り気味で藍のことをどう思っているのか聞かれていた。僕が大切な人、と答えると藍は言っていた。


『あの廃屋で、待ってる』


その一言を最後に藍との連絡は途切れた。今思えば不自然だが、あの時はいつも通りのまた明日の意味だと思っていたのだ。

あの場所でまさか何か……。


思った頃にはがたりと席を立っていた。

満戸みとくん、と止める誰かの声など聞こえない。 あんなのただのはえの羽音と同義だ。そんな物、僕の脳のどこかを占める権利すらない。


ドアを開ける。景色は仄暗ほのぐらい廊下を飛び越え階段に移行した。 転倒寸前の勢いで階段を蹴る。体を止めるな。止まったら、藍の死を認めてしまう。

下駄箱から急いで靴を取り出し履き替えた。

整えられた玄関で僕の荒い息だけが響く。


本当は怖くて仕方がない。でも、藍のためなら僕はなんだってする!


怒りのまま、衝動のまま、僕はひたすらに視界を揺らし走った。


そこにはカビと錆の匂いが一体に充満していた。 カチ、パチと天井が不規則に点滅する。


いつもより空気が冷たい。藍が居ないからだろうか。いや、でも藍がいないからといってこんなに冷たいわけ……。

なんだか不自然に感じ辺りを見渡すと古びていてどこもかしこも傷だらけな壁と床がそこにあるだけだった。僕は藍の残り香が最も濃く残っているであろうそのソファに腰掛けようとする。

その時。


「これ、藍の……?」


可愛らしい小物入れだ。藍がよく裁縫をする時に使う布と針を入れていた。でも、なんでこんな所に……?


ザシュ


「か、ひゅ」


視界が大きく揺れる。

瞳孔に真っ白なペンキの色が押し付けられる。肩が焼け落ちるような鋭い痛みが僕を襲った。

視界が赤い血管のような模様と白色で埋め尽くされたまま戻らない。


なんだ、何が起こった?何故だか左肩の辺りが凄く熱い。熱い、熱い、重い、痛い!


僕は思わずソファから転げ落ち横たわる。

視界に映るのは奇抜な格好をした白い髪と白いワンピースの女。 女は何故だか大きなハサミを持っていた。


「はじめまして、白く尊き貴方」


歪む視界の中、ニコリと微笑む女が確かに見えた。


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