転生したら呪いで男になった悪役令嬢だった。俺も自分の言っていることがわからない。
「フリージア・フルーユ! 世継ぎの産めなくなった君に国母となる資格はもうない! 故に、私エルレン・ジューディエーラは君との婚約を破棄する!」
――というイケメンの宣言を、破れた女物のドレスにみっともなく「ギャアアアア」という悲鳴を上げたばかりの俺は、目を丸くしながらただただ茫然として聞いていた。
えっと、俺は確かコンビニから出た瞬間高速でバックしてきた軽自動車に激突され、コンビニの中へ吹っ飛ばされて割れたガラスに顔面からダイブしてそれから……それから、目を開けたら豪勢な女物のドレスっていう謎の女装をしていて西洋の貴族がたくさんいる晩餐会場みたいなところに倒れ込み、金髪碧眼のイケメンに知らない横文字名で呼ばれ婚約破棄をされている……。
なにを言っているかわからないが俺にもなにもわからない。
誰かもう少しまともな説明をしてくれる人はおりませんか?
「待ってください、兄上……いえ、エルレン王子殿下! 殿下の代わりに呪いを受けた義姉様にその仕打ち、あまりにも非情ではありませんか!?」
別のイケメンが俺の隣に膝をつき、抱き起こしてくれた。
エルレンっていうイケメンと顔がめっちゃ似ている。
くそ、なんだこのイケメンたち。俺への当てつけか?
「黙れ、サルビオ。君はもうジューディエーラ王家の人間ではない。フルーユ公爵家の人間だ。私に指図できるほど、君は偉いのか?」
「フルーユ家の者だからこそ、義姉との婚約を一方的に破棄するということを批難しているのです。撤回しないのでしたら、正式にフルーユ家から王家へ抗議させていただきますよ!?」
「ふん。勝手にしなさい。世継ぎの産めなくなったフリージアに価値などない。婚約は破棄する」
「くっ……」
俺の隣にいたイケメンが、悔しげに偉そうなイケメンを睨む。
もう、なにがなにやら……。
「ふう……」
「義姉様!」
限界であった。
意識が遠のき、倒れる。
そして次に気がついたのは、白を基調とした可愛らしい部屋。
明らかに病院ではない。
「ど、どこここ……!?」
「フリージア様! 目が覚めたのですね!」
「だ、誰!?」
嬉しそうに涙を滲ませたツインテールのメイドさんが「旦那様へお知らせしてまいります!」と叫んで部屋から出ていく。
待ってえ? 説明してぇ?
行き場のない手はゴツゴツの見慣れた自分の手なのだが、なにぶん着ているものはさらさらシルクのお高そうなパジャマ。
部屋を見回し、鏡台を見つけてベッドから降りて近づくと、俺は俺なのだがカラーが薄い紫色の髪と薔薇色の瞳。
俺、2Pだった……?
「「フリージア!」」
「義姉様!」
扉を叩き割らんばかりの勢いで入ってきたのは気を失う前に見た金髪碧眼のイケメンと、2Pカラーの俺と同じ髪と目のおっさんと、茶髪で紫色の瞳の美女。
三人は口々に俺の体を心配してくれた。優しい。
しかし状況がまったく理解できない。
「あ、あのぉ、す、すみません。俺、あのー、状況がまったく理解できなくて……」
「お、俺!?」
「フリージア……! そ、そんな! 口調まで男性になってしまったの!?」
「呪いの影響が心や記憶にまで及んでしまったのかもしれません。なんとお労しい……。大丈夫です、義姉様には我々がいます。まだ混乱しているのでしょう。あたたかいお茶でも飲んで。現状をご説明いたします」
「お、おう……」
一番冷静なイケメンは、俺の背中に手を添えてふかふかのソファーへと促す。
そして状況の説明を始めてくれる。
まず、ここはフルーユ公爵家。
ジューディエーラ王国の王都、王城の南に位置する貴族街の一角で、俺はフリージア・フルーユ公爵令嬢。
泣いているのは両親で、イケメンはサルビオ・フルーユ。
サルビオは王家からフルーユ公爵家に養子入りした青年で、フリージアは王太子でありサルビオの実兄、あの偉そうなイケメンの婚約者だった。
昨晩、フリージアは夜会に侵入していた魔女の呪い攻撃から婚約者を庇い、男になったという。
「それが俺ってこと?」
「その通りです。しかし、まさか間髪入れずに義姉様との婚約を破棄するなんて! 義父様、やはり王家へ正式に抗議しましょう!」
「そうだな。だが、まずは私から国王陛下と話し合いをしてみよう。状況を聞く限り男になってしまったフリージアを見て、混乱したエルレン殿下の衝動的な婚約破棄宣言かもしれん」
「そうね。それに、魔女の呪いさえ解ければ考え直していただけるかもしれないわ。フリージアとの婚約の申し出は、幼い頃とはいえエルレン殿下からなのだもの」
と、話が進んでいくのを俺はポカーンと眺めていることしかできない。
なにを言われているのかわからない。
いや、意味はわかるんだけど。
頭が理解を拒絶してるっていうか。
「あ、あの……俺、多分この世界の人間ではないと思いましてですね」
「フリージア、大丈夫だ。混乱しているだけだ。我々も、殿下も。そうだ、領地に戻ってしばらく休んではどうだ? 荷物はあとで送らせるから、そうしなさい」
「そうね、王都にいてはその呪われた姿を好奇の目で見ようとする輩にまとわりつかれてしまうわ」
「義姉様、安心してください。必ずサルビオが義姉様の呪いを解いてみせますので。領地に戻り、心穏やかにお過ごしください」
「え……ええと……」
断れる雰囲気ではない。
三人の100%善意〜♪な眼差しに負けて、俺は頷くしかできなかった。
メイドさんと二人になってから、お茶菓子のおかわりをいただく。
まさかとは思うのだが、これは今流行りの異世界転生ってやつなのでは?
それにしたって悪役令嬢とか婚約破棄とかの女性向けの世界の令嬢転生とかマ?
いや、転生しても俺は俺。
名前と身分と色だけこの世界のフリージア。
なんで? もっと他になにかあったと思わない?
正直ドレスを破くほどしっかり鍛えている俺の体を見た王子が婚約破棄を申し出るのって、割と至極真っ当な気がするんだけど?
この家の人たちの順応力の高さの方がヤバない?
あと、俺ってこの場合どうしたらいいんだ?
クッキーをリスみたいにサクサクと食べて咀嚼しつつ、ぼーっと庭を眺めながら考える。
あいにく女性向けのアニメや漫画はあんまり見ないんだよなぁ。
全然見ないわけじゃないんだけど。
「フリージア様、お菓子のお代わりはいかがです?」
「いいの?」
「はい。もちろんでございます」
優しい〜。
メイドさん、可愛い上に気も利く!
ニコニコとお茶も注いでくれるし、役得〜!
と、思ってはいたがメイドさんがこんなにも同情の視線で見てくるのは良心が痛む。
ごめんなぁ、俺、あなたの主人じゃなくて。
「義姉様」
「ウワー! え!? サ、サルビオ、さん?」
「サルビオで結構ですよ。記憶を失う前の義姉様は私のことは呼び捨てでしたから。それよりも、聞きそびれたことがあって。本当にすべてを忘れてしまわれたのですか? なにか覚えていることはありませんか? 私は義姉様に呪いをかけた魔女を探しに行こうと思うのです。魔女を真正面から見たのは、義姉様だけです。魔女のことをなにか覚えてはおられませんか?」
「そ、そんなこと言われても……」
あの偉そうな王子様の実弟らしいけど、わざわざ膝をついて俺の手に手を重ねてくるあたり、本当にただの義弟だったのだろうか?
いや、お前……なにナチュラルに男の手を握ってんだ。キショ。
思わずそっと手を引っ込める。
「なんでもいいのです。夜会の前に義姉様がエルレン兄様がまるで心変わりをされたかのようなことを口にしておられたこと、兄様が狙われているかもしれないとおっしゃっていたこと、私はもっと真剣に受け止めるべきでした。そのことについても忘れてしまわれたのですか?」
「え、し、知らない知らない」
「そうですか。では、兄様に直接聞いてみるしかないか……」
「お待ちください、サルビオ様! フリージア様は日記をつけておられました。もしかしたら、手がかりが書いてあるかもしれませんよ!」
「なに!? 本当か!?」
「はい!」
おっと、ここでツインテメイドさんナイスアシスト!
これはデカいヒントだ!
もしかしたら俺が元の世界に戻る品目もあるかも!?
……いや、俺、戻ったところで体死んでたらどうしよう?
結構ガチでぶつかられたし、顔面ガラスにダイブは生きてても悲惨じゃない?
ヤバ、怖くなってきた。
っていうか、このままだとクラゲみたいに流されるがままにならん?
俺、どうしたいんだ……?
というか、呪いが解けたらフリージアって女の子に戻るんだよな?
俺は、どうなるんだ?
「その日記はどこに?」
「こちらの鏡台の引き出しに。ですが、フリージア様が引き出しの鍵を持ってらっしゃるので」
「「鍵?」」
し、知らねー!
でも、そんなこと言ってる場合じゃない。
とはいえ、マジで知らねー!
「その、鍵の場所は?」
「わ、わかんない」
「探すしかなさそうですね。こちらで探して――」
「い、いや! お、俺が探す」
「義姉様?」
このまま流されてちゃ、ダメな気がする。
俺自身のことだし。
「自分のことは自分で知りたい。サルビオは魔女を追ってくれ。日記は、自分以外に見られたいものじゃないと思う、し?」
「それもそうですね。わかりました」
部屋を出ていくサルビオ。
すまん、でも……俺だって自分の身に起きたことはちゃんと知った上でどうしたいか決めたいんだ。
よし、まずは引き出しの鍵!
探してみよう!
終