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第38話 魂の勝敗

(イクイクイクイクッ、イッテしまうッッッ!)


 襲いかかってくる無数のゴブリンたちを捌きながら、ギルバートは必死に絶頂をこらえていた。


 場には全部で三十体近くのゴブリンが展開されていた。それらのゴブリンたちが巧みに連携しながら、まるでひとつの生物のように有機的な攻撃を仕掛けてくる。


(なにが〈十二匹の怒れるゴブリンデッキ〉だッ! このウソつきめッ!〉


 襲いかかってくる絶頂の波を懸命に我慢しながら、ギルバートは敵の猛攻に背筋を凍らせていた。


 普通、一人のマスターが召喚して操作できるソウルの数には限界がある。マスターの保有マナ量や、ソウルのランクやマナ・コストによって変わってくるが、ソウルを大量展開すればするほど、操作の難易度は指数関数的に増加していく。


 そのため、マスターは自身の技量とソウルのコストを慎重に見極めながら、自身が同時に展開できるソウルの限界総数を計算して、デッキの構成を組み立てていくことになる。


 たとえばギルバートやシェリルの場合は、一体のソウルに全身全霊を注いで操作して、手持ちの呪文カードもすべてその一点に集中させている。


 その一方で、先日のジョン・アーヴィング戦のように、三体のソウルを同時に操り、それぞれに攻撃、防御、支援といった役割を与えて、バランスの良いデッキを構成するマスターもいる。


 一体のソウルにすべてのリソースを集中するか、それともコストとリスクを秤にかけて複数のソウルを操るか。


 それはマスターの好みや適性によって異なるため、どちらが良いとは一概には言えない問題だが、少なくとも、ダンがギルバートとは違うタイプのプレイヤーであることは間違いなかった。


 ゴブリン・ウィニーデッキ――


 それは、コストの軽いゴブリンを大量に召喚し、相手を殴り殺す、もしくはゴブリンを生贄にして自爆させる攻撃呪文で、相手を焼き殺すタイプのデッキだった。


 ゴブリンを消耗品と見なし、次々に使い捨てていくそのスタイルは、ギルバートとはまったく違ったプレイングだったが、それでもギルバートはダンのこれまでの試合の情報を分析して、彼のスタイルをある程度看破したつもりになっていた。


 ダンは一匹殺られても、即座に次のゴブリンを召喚して、場に出ているゴブリンの総数を常に十二匹に保ってくる。だから、てっきりギルバートは、ダンが同時に操作できるゴブリンの限界数は十二匹なのだと勘違いしていた。


 だが、この〈赤毛〉のアイルランド人はとんだペテン師だった。


(こんなに多くのゴブリンを同時に操れるなんて聞いていないぞ……ッ!)


 ドピュッと溢れ出そうになるマナを必死にこらえつつ、ギルバートは歯を食いしばった。


 場に出ているゴブリンの数は三十体近く。


 津波のようにアンジェラに襲いかかってくるゴブリンたちは、そのどれもが一撃必殺の爆弾だった。


 どれが爆発してくるかわからない。真正面からやってきたこいつが自爆するのかと思って、〈防壁〉や〈雷火〉を発動させてみれば、そいつはブラフで、別のやつが爆発してくる。それをギリギリで防いでみせれば、その隙にするりと懐に潜り込んできた別の一匹が短剣を突き刺してくる。


(なんていうマスタースキル、だ……ッ!)


 懐に潜り込んできたゴブリンをアンジェラの膝蹴りと〈ゴブリン砕き〉の連撃で破壊しながら、思う。


 ソウルを操る――


 一般人からは想像すらできぬことだが、ウィザードたちがやっているそれは口で言うほど簡単なことではない。


 それは獰猛なライオンを手綱ひとつで自在に操ることだ。


 それは百万本の糸で、心持たぬ人形を人間そっくりに操ってみせることだ。


 それは他人の身体に自分の意識を投入して、思うがままに操ることだ。


 ソウルを操作するという行為には、それらの全部をひっくるめた以上の難しさがあるのだ。


 だが、ダンはそれを三十体近くのゴブリンで自在にやってみせている。


(僕の周りは化け物だらけかッ!)


 先日のシェリル・トンプソンのときと同じ、いや、それ以上の恐怖を味わいながら、ギルバートはアンジェラの操作に没頭した。


 荒い息を吐きながら動くアンジェラに、四体のゴブリンが前後左右から殺到した。


 敵の自爆カードは有限だ。すべてが爆発するということはないはずだった。


 アンジェラに殺到したゴブリンの、どれが爆発するかを瞬間の挙動で見極めつつ、カードをドローする。


 〈防壁〉、〈赤銅の衣〉、〈幻影の盾〉――


 デッキホルダーから引き抜いたそれらの防御カードで敵の自爆や物理攻撃を防ぎながら、反撃の一手を探るが……。


(……ないな)


 ギルバートは自分に残された手を計算して、首を横に振った。


 自分の残りの山札。そして、〈愛欲のサキュバス〉たるアンジェラが持っているスキル。


 それらと敵の戦術を勘案して導き出された答えは、ひたすら耐える――その一手に尽きた。


 絶え間なく襲いかかってくるゴブリンたちはこちらに一瞬の隙すら与えてくれなかった。〈ノルドランの大嵐〉のような全体除去のカードはまだ少しだけ持っているが、大きな溜めとマナが必要とされるそれを発動する余裕はなかった。


 アンジェラの必殺スキルである〈聖なる饗宴〉を発動したところで、たいした意味はなかった。このスキルは対象のソウルのマナを絞り尽くすが、その攻撃の最中には大きな隙ができる。シェリル戦のときには、アンジェラ対ドラゴンという、一対一の状況だからうまくいったが、今の戦況でそれをやるのは自殺行為だった。


(つまりは、僕らに許されるのは我慢比べ――その一手に尽きるということだね……ッ)


 下からも上からも襲撃してくるゴブリンに、〈雷火〉と〈魔弾〉を浴びせながら、ギルバートは思案する。


 ギルバートのデッキに、ここから起死回生の一手を打てるカードは……ない。


 残っているのは、〈雷火〉と〈打ち消し〉、〈防壁〉と〈魔弾〉。それと〈ノルドランの大嵐〉と〈回復の光〉が数枚だけだった。


(ある程度予想はしていたけれど……頼みの綱となるのは、やっぱりこいつか……)


 アンジェラの手に握られた〈ゴブリン砕き〉で殺到してくるゴブリンを破壊しながら、思う。


 こういう展開になる可能性は予期していた。


 ダンが操れば、低級ソウルに過ぎないゴブリンも、恐るべき攻撃力を秘めたソウルに変わる。今までの他のプレイヤーたちは、ギルバートが展開した〈防壁〉を破るのに何枚もの手札を消費してきたが、それをダンは一匹のゴブリンの通常攻撃であっさりと破壊してしまう。


 〈防壁〉を破ってアンジェラの頭上から飛びかかってきたゴブリンを〈雷火〉で処理しながら、ギルバートはなかば無意識に深く息を吐いた。


 ――潜る。


 深く、黒い海の底に潜る。


 アンジェラと手を繋いで、どこまでもどこまでも潜っていく。大きな海流のうねりを全身に感じながら、果てしない海の底を目指して沈んでいく。


 耳元でうなりが聞こえた。ゴブリンの声だ。そちらを見もせずに、ギルバートとアンジェラは〈ゴブリン砕き〉を振るった。


 ゴブリンの肉片と返り血を浴びながら、指を拳銃の形にして、背後を指差す。指先から放たれた〈魔弾〉が別のゴブリンを破壊した。


 が、そのときだった。


(……ッ!)


 突然、凄まじい一撃が飛んできた。ドラゴンのように重く、達人のように鋭い攻撃だった。


 他のゴブリンたちとは明らかに練度が違う一撃だった。躱しきれなかった。アンジェラの胴体から血が吹き出した。


 即座に〈回復の光〉を発動した。治療は一瞬で回復したが、隙を作ってしまった。


 四方八方からゴブリンたちが殺到した。


 ――爆発。その気配を感じた。


(アンジェラッ!)


(ええッ!)


 ギルバートは〈ノルドランの大嵐〉を切った。


 マナを十分に練ることができなかったせいで、発動は不完全だった。先程とは比べ物にならないほど小さな竜巻が周囲に展開された。


 だが、これでとりあえずの危険を排除することはできる。


 自爆しようとしたゴブリンたちを破壊しながら、思考する。


 残りのゴブリンの数。


 自分とダンの残りのマナ量。


 そして、残っている互いの手札。


(……)


 さらに深く海の底へと潜っていきながら、ギルバートは目を閉じて、全身の神経をナイフのように研ぎ澄ました。


 感じる。アンジェラの鼓動を、戦場を巡る大きな潮流を。そして――ダン・ギャラガーの魂を。


 深く息を吸って、吐く。魔術回路を大きく励起させ、周囲を流れる波の動きに合わせて、ゆっくりとマナをアンジェラに送り込んでいく。


 戦場では目まぐるしく状況が変わっている。一瞬で攻めと受けが入れ替わり、優勢だったほうが劣勢になり、ピンチだったほうが次の瞬間には千載一遇のチャンスを掴んでいる。


 そんなふうに次々と盤面が変化していく戦況を、ギルバートは黒い深海からじっと見つめていた。


 体内では熱い氷のようなマナが下腹部から全身を巡っていた。ゾクゾクとした興奮が背中を這いずり回っていた。


 ギルバートはビクンビクンと背筋を反らせながら、自身の下腹部をゆっくりと愛撫した。魔術回路で繫がりあった先で、アンジェラが、うふッと笑っていた。


 同じように、ギルバートも笑った。


(イキたい)


 下半身に溜まったこのドロドロの欲望をぶちまけたい。ぶちまけられた相手の顔が思いっきり歪むのを見てみたい。アンジェラともっと深く繫がり合って、絶頂に達したい。


 だが、それらの欲望のすべてをギルバートは深呼吸をして抑え込んだ。


(ここは我慢の一手だ)


 ダン・ギャラガーはこの局面にすべてを賭けている。それをギルバートは暗い海の底から見通していた。


 相手もこちらも、持っているリソースには限りがある。この猛攻はいつまでも続くものではない。


 つまりは、そこだ。この盤面で互いのリソースをすべて使い切ったとき――その瞬間こそが、勝負のときだった。


 我慢をすればするほど、解放されたときの悦びは大きくなる。


 来るべきその瞬間を想像して、ギルバートはゾクリと身震いするほどの興奮を覚えていたのだった。


「こいつら、化け物か……」


 誰かが戦慄とともにつぶやいた言葉は、プレイヤーズクラブの店内に冷たく響き渡った。


 壁に投影されたスクリーンに映し出される戦いに、Bランク・プレイヤーの誰もが絶句していた。凄まじいレベルで繰り広げられるその戦いに、彼らは固唾を飲んでいた。


 ダン・ギャラガーがカードを切る。その瞬間、ギルバート・ヘインズが〈打ち消し〉を発動する。だが、それを見越していたかのように、ダン・ギャラガーがゴブリンを自爆させ、それをギルバート・ヘインズが〈雷火〉で相殺する。


 それらはすべて、一瞬の出来事だった。


 超高速で展開されていく二人のカード捌きに、下のほうに位置するBランカーたちはざわざわと騒ぎ始めた。


「こいつら、お互いの手筋が全部見えているのか……?」


「まさか。そんなの、Cランカーにできる芸当じゃねえぜ。っていうか、少なくともおれにはできねえ」


「でも、ヘインズのやつはさっき、ギャラガーが発動したのがなんのカードかも確認しないで、〈打ち消し〉を使ってたよ。そんなの、手筋が読めてないとできなくない? ってゆーか、わたし、途中で寝ちゃったけど、こいつら何時間戦い続けてんの? えっ、九時間!? はあ!? 頭おかしいんじゃない!?」


 そんなふうに低位のプレイヤーが騒いでいる一方で、中堅どころのBランカーたちはこの試合のレベルの高さを確実に感じ取っていた。


「いち、にい、さん、よん……一呼吸のうちに四連撃か。凄まじいな」


「いや、六連撃だ。気づかなかったのか? ギャラガーのやつ、他のゴブリンで死角を作りながら、〈ゴルグの短剣〉を繰り出していた。ヘインズはよく防いだな」


「〈雷火〉の使い方が異常にうまいんだ。目くらまし、防御、カウンター……自在にエネルギーを放出できる〈雷火〉の特性を完璧に使いこなしていやがる。こいつ、本当にCランカーか……? 今年イートンを出たばかりとは信じられん」


「手持ちのソウルのレベルも高い。あのサキュバス、相当に鍛え込まれている。普通のサキュバスとは違った特性を持つ、ユニーク・ソウルなんだろうが……ブロンズランクの限界値までレベルアップされていそうだな。もう少しでシルバーにランクアップするんじゃないか?」


「ギャラガーの〈隻眼のゴブリン〉のほうもすごいですね。乱戦の中での動き方が身体に染み付いているようです。他のゴブリンが作った隙に入り込んで、確実にサキュバスを仕留めようとしています。あの動きは〈歴戦の古強者、ベルガー〉に近いものがありますね。ステータスでいえば、サキュバスよりもあのゴブリンのほうが上でしょう」


「いや、サキュバスのほうの呪文発動速度とマナ強度は侮れん。それに加えて、あのサキュバスは格闘スキルまで持っているようだ。ギルバート・ヘインズはあのサキュバスを完璧に使いこなしているな。〈サキュバス狂い〉の名は伊達ではないらしい」


「ダン・ギャラガーのほうも負けてはいないぞ。あそこまでゴブリンを使うやつをおれは初めて見た。二人ともとんでもないマスタースキルの高さだ。デッキ構成、操作技術、保有マナ量、判断力、反射速度、ソウルのレベル……二人とも、あらゆる点でほぼ互角だ。この試合、どっちが勝つかな?」


「さあな。だがこの試合、どちらが勝つにせよ……おれたちのいるところまでこいつらが登ってくるのはすぐだろうな……新人潰したちは今頃恐怖に震えているに違いない」


 中堅どころのBランカーたちはどこか上から見るような視点の意見を交わしていたが、それを横目で眺めていたサブリナ・バーンズは呆れ返っていた。


(なんというレベルの低さ……本質がなにも見えていませんのね)


 二人のマスタースキルや手持ちのソウルのステータスについて口々に述べるBランカーたちだったが、どうしてそんな上っ面のところにしか目がいかないのか、サブリナには不思議で仕方がなかった。


(この方たちには見えないのかしら……この試合で彼らが入り込んでいる世界が)


 スクリーンに映し出される、サキュバスとゴブリン。そして、ギルバートとダンの鬼気迫る顔と、身に纏ったマナの激しさ。


 それらのすべてから、はっきりとした輪郭をもって見えてくる、彼らだけの世界。


 今ここに、自らの魂を覚醒させた二人のプレイヤーが誕生していた。それをサブリナだけがありありと感じ取っていた。


 現在のトップランカーの地位にたどり着くまで、サブリナはありとあらゆる敵を叩き潰してきた。


 富と名声を望む者。


 力だけを求める者。


 貧しい故郷を救うべく戦う者。


 ソウルを使うことに純粋な喜びを感じる者。


 富、名声、力、夢、愛――


 その目的は様々であれ、彼らには共通するものがあった。


 ――彼らはみな、自分の魂を賭けるに値する強い欲望を持っていた。


 ソウルを操るのはマナの力、そしてマナとは魂のエネルギーだ。


 ソウルとソウルをぶつけ合う、それはすなわち互いの魂をぶつけ合うということに他ならない。


(だから、魂が強いほうが、勝つ)


 それが、サブリナが現在の地位にたどり着くまでに得た持論だった。


 マスタースキルとか、持っているマナの量とか、ソウルのステータスとか。そんなのは所詮は表面上のことに過ぎない。


 ステータスやランクなど、まったくくだらないことだった。


 魂が強いほうが、勝つ。己の欲望を満たそうとする力が強いほうが勝つ。


 それこそがこの世界のルール。それこそがトーナメントを支配する唯一の物理法則だった。


 サブリナは、スクリーンに再び目をやった。


 二人のプレイヤーが己の魂を燃やして戦うのを、サブリナは濃い口紅で彩られた唇を歪めながら見つめた。


 サブリナ・バーンズは誰よりも大きい欲望を持ち、誰よりも強い魂で、数多の敵を潰してきたトッププレイヤーだった。


 そんな彼女の本能は、この試合の終焉が近いことを告げていた。


 シェリル・トンプソンの唇からは一筋の血が流れ出ていた。


 だが、彼女はそれに気づかないほど強く唇を噛み締めていた。


(どうして……どうして、わたしはあそこにいないの)


 視線の先には、自分たちだけの世界に没頭して戦う二人の男の姿があった。


 彼らを見つめるシェリルの胸の内では激しい嫉妬の炎が燃え盛っていた。その炎は、愛する竜を失ってできた虚ろな穴を埋め尽くすほどに、激しく燃え上がっていた。


(悔しい)


 シェリルはさらに強く唇を噛み締めた。血がさらに流れ出てきた。


 ギルバート・ヘインズに負けたことが悔しい。ダン・ギャラガーと戦えないことが悔しい。


 そしてなにより、あの二人がいる世界に自分だけが入り込めないことが悔しい。


 感じる。ダンのカードを切る手つき、ギルバートの目線、それとともにきらめくソウルの軌跡。それらのすべてから、あの二人がいまだかつてないほど巨大な世界で戦っていることがはっきりと感じ取れる。


(なのに、どうしてわたしはあそこにいないの……ッ!?)


 自分のデッキホルダーをぎゅっと握りしめながら、シェリルはかつての同級生が自分を置いて遠い世界に飛び立っていくのを、ただ黙って見ていることしかできなかった。


 その歯がゆさに、その苛立ちに、思わず悔し涙が零れそうになる。


 シェリルはデッキホルダーを強く握りしめながら、そこにかつて入っていた〈赤竜のヴァーミリオン〉の存在を思った。


 自分も行けるはずだった。その最強にして最愛のドラゴンとならば、自分もあの二人の世界に行くことができるはずだった。


 だが、あの強く美しかったドラゴンはもういない。あのソウルは、シェリルの失敗によって失われてしまったのだ。


 激しい後悔が胸に湧き上がってきて、シェリルは思わず背中を丸めて顔をうつむけたくなった。


 が、そのときだった。


 不意に、シェリルの耳元にあの赤竜の最期の咆哮が蘇ってきた。


(……ッ!)


 蘇ってきた赤竜の咆哮の雄々しさと、最期の勇姿に、シェリルはうつむきかけていた顔を上げた。


(そうね……そうよね、ヴァーミリオン。わたしはあなたを使っていた〈竜使い〉だものね)


 ならば、自分がすべきことは背中を丸めてうつむことではなかった。


 シェリルはすっと背筋を伸ばして、真っ直ぐに前方のスクリーンを見つめた。


 試合は佳境に入っていた。


 ギルバートとダン。互いのソウルは満身創痍となっていた。にもかかわらず、二人とも自分のソウルを回復しようとする様子はなかった。


 呪文カードを使用することがもうほとんどなくなっていた。もう呪文カードが尽きかけているのかもしれない。


 ギルバートもダンも、互いに肩で息をしながら、互いのソウルをグルグルと円を描くように動かしていた。それはまるで互いの隙を狙って一撃必殺を繰り出そうとする獅子と狼のようだった。


 これまでの攻防を見てきたシェリルには、ギルバートとダンの間合いがわかっていた。両者とも、自分のソウルを動かしながら、互いの攻撃の間合いに触れるか触れないかの距離を保っていた。


(近い……)


 シェリルはこの試合の決着が近いことを肌で感じ取っていた。


 そしてその瞬間を見逃さず、二人のすべてを吸収して、来るべき再戦に備えるため、シェリルはひたすら真っ直ぐにこの戦いの結末を見つめた。


 それこそが、最期にこの上ない贈り物をしてくれたソウルへの、〈竜使い〉の責務というものだった。


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