第34話 プレイヤーという生き物
「ああ、そうそう。それと、あなたたちがお話されていた、〈赤毛〉と〈サキュバス狂い〉と〈竜使い〉のことですけれど。彼らについては別にわたくしのご機嫌を伺う必要はありませんのよ?」
相変わらず薄気味悪い笑みを浮かべて、そう言ったサブリナに、その場にいた新人潰したちは怪訝な顔つきになった。
「は、はい……?」
「なにか誤解をなさっているようですけれど、わたくしはあの方たちのカードのことなんて、なんとも思っていませんわ。確かに珍しいカードかもしれませんけれど、所詮はブロンズカードですもの。わたくしのような上位ランカーからすれば、ブロンズカードなど紛い物の石ころのようなものですわ。そう……カードとは本来こういうもののことをいいますのよ?」
ふふッ、と笑うサブリナの手の中にはまばゆい輝きを放つ金色のカードがあった。ゴールドカード。限られた数の者しか触れることを許されない、最高位のカードだ。
ブロンズカードなんかとは比べ物にならないほど美しく光るカードを前にして、Bランクの底辺に属する新入り狩りたちはゴクリと喉を鳴らした。
そんなみっともない姿を誤魔化すかのように、一人の男がゴホンと咳払いしてサブリナに尋ねた。
「す、するってえと、あれですかい? 別におれたちが〈サキュバス狂い〉たちを狙っても、あんたは全然気にしない、と……」
「ええ、お好きになさって結構ですわよ。煮るなり焼くなりご自由にどうぞ。まあ、もし仮に彼らのソウルを無傷で持ってきてくださったら、高額で買い取りますけれど」
その瞬間、ギラリと――
新人潰したちの目が鬼のように光った。
底辺とはいえど、彼らはBランク・トーナメント・プレイヤーだった。毎年多くの者が脱落していく過酷な門、Cランク・トーナメントを勝ち上がってきた、鬼のようなウィザードたちだった。Bランクという地獄の淵で足掻く彼らは、だからこそ、人という枠組みから外れた容赦なき悪鬼たちだった。
そんな彼らが牙を剥く姿を眺めながら、サブリナは残酷な子供のような笑みを浮かべた。
彼女の心はクリスマスを楽しみにする子供のようなワクワクに満ち溢れていた。
(ふふッ、早く……早く、わたくしのいるところまで上がってきてくださいね、ヘインズさん。それにギャラガーさんに、トンプソンさんも。わたくし、あなたたちが使い込んだカードをこの手にする日が楽しみでたまりませんわ)
サブリナ・バーンズは〈蒐集家〉だった。
強いカード、弱いカード、特殊なカード、よくわからない効果を持つ呪文カード、魔物系カード、亜人系カード、無機物系カード、貴重なアイテムカード、奇妙なカード、一風変わった不思議なカード。
これらのすべてをサブリナは愛していた。
普通のコレクターならば、これと決めた種類のカードをひたすらコレクションしていくものだ。なんでもかんでも欲していては金が足りなくなってしまうし、ひとつの道を究めていくことこそが粋というものだからだ。
だが、サブリナ・バーンズは〈外道〉だった。
欲したものならば、どんな手段を用いても手に入れた。それがサブリナ・バーンズが父から受け継いだ気性であり、彼女自身が己の魂にそうあるべきと定めた在り方だった。
だがそんな彼女にも、普通のコレクターと同じように好みというものがあった。
この世に存在するありとあらゆるカードの中でも、とりわけ彼女が愛しているのは、他者によって限界まで使い込まれ、研ぎ澄まされたソウルカードだった。
マスターとソウルのあいだには相性というものが存在する。魂の根幹から繫がり合ったマスターとソウルでなくては、ソウルの力を限界まで強化することはできないというのがサブリナの持論だった。
そして、彼女の好みといえばいいのか、性癖といえばいいのか……そのように他のマスターによって使い込まれたソウルを、自分の意のままに屈服させることができたときこそ、〈外道〉のサブリナ・バーンズは人生の生きる歓びというものを感じるのだった。
期待のルーキーたちを潰すべく、密談を始めた新人潰したちを眺めながら、サブリナは笑った。
(ふふッ、この程度の波を超えることができないようでは、わたくしの前に立つことは到底できませんわよ?)
以前にギルバート・ヘインズが切った啖呵を思い出しつつ、サブリナは目の前の壁に掲げられたスクリーンと、そこに映像を投射しているガラス玉に目をやった。
運営側が使役する〈覗き魔インプ〉と〈遠見のガラス玉〉のコンボによって、トーナメントの試合は大英帝国の様々な場所で見ることができるようになっている。プレイヤーズクラブ、紳士クラブ、コーヒーショップ、街角のパブ、港町の娼館、遠い熱砂の国の王の宮殿。科学の力による電信技術によって、賭けの情報は遠い国ともやり取りすることができた。それによって、トーナメントの運営、つまり英国政府は莫大な利益を手にしていた。
(たまにはこういうところで観戦するのも素敵なものですわね。自分のソウルを使って家で見るのとは違った面白さがありますわ)
久しぶりにプレイヤーズクラブに来たのには、新人潰したちをけしかける目的があったが、こうして他の者たちと一緒になって観戦するのもなかなか良いものだった。
(もうそろそろ始まる頃合いかしら……?)
サブリナ・バーンズはスクリーンに映し出された二人の男をじっと見守った。
〈赤毛〉のダン・ギャラガー。
〈サキュバス狂い〉のギルバート・ヘインズ。
この二人のどちらが勝ち上がるにせよ、この試合は伝説的な記録とともに将来にわたって語り継がれるべき戦いとなるはずだった。ウィザード・トーナメントが始まってから数十年。これまで十連勝でBへとランクアップした者は何人もいたが、九連勝している者同士がランクアップを賭けて戦うなどということはいまだかつてなかったことだ。それに両者の将来性を鑑みれば、これが未来永劫に続く伝説の始まりとなる試合となってもおかしくはない。試合会場の観客たちの凄まじい熱気がスクリーン越しに伝わってくるのには、そういう理由もあるのだろう。
サブリナは妙に喉の渇きを覚えた。こんなことは久しくなかったことだった。
紅茶で喉を潤しながら、サブリナはスクリーンに映る〈赤毛〉と〈サキュバス狂い〉を観察した。
ダン・ギャラガーはラウンド・テーブルに頬杖をついて、審判がやってくるのを待っていた。獣のようなまなこをじっと対戦相手を注いでいた。獲物の動きを見逃さない野犬の眼差しだった。
微動だにしないダンの身体からは、マナが溢れ出していた。ダンのそれは赤雷のような形質をしていた。その赤い雷はダンの身体から夜空に瞬く閃光のように放出されていた。
一方、そんな触れれば感電してしまいそうなマナを正面から見据えるのは、ギルバート・ヘインズだった。
テーブルに両肘をついて、組んだ手のひらに顎先を乗せている。ダンを舐め回すように見つめるその視線は異常に熱っぽかった。ドロドロに白濁したマナを全身から立ち昇らせながら、ギルバート・ヘインズは一心不乱に対戦相手を見つめていた。
スクリーンから伝わってくる音声には、観客たちの囃し立てるような言葉や罵声が混じっていたが、プレイヤーズクラブの中ではそんな大声を上げる者は誰一人としていなかった。
この場にいるのはトーナメント・プレイヤーだけだった。腐っても、彼らは勝負師だった。
この場にいるのは、自分の魂を賭けるという意味を苦しいほどに承知している者ばかりだった。
だからこそ、彼らはスクリーンに映る若きプレイヤーの姿に魅了されていた。
「この若さでこれか……こいつら今年の夏にイートンを卒業したばかりなんだよな」
「とんでもねえ殺気だな。いったいどんな育ち方をしたら、こんな胆力がつくんだ。イカれてやがる」
感嘆のため息とともにそんな言葉が漏れ聞こえてきた。
確かにその通りだった。
経験と年数を積めば自分の心をコントロールする術も得られようが、この二人のプレイヤーはまだ若い。髭もまだ満足に生えていない、スクールを卒業したばかりの若造だった。
だというのに、なぜこの二人はこんな眼をすることができるのだろうか。相手を欲望のままに食い殺そうとするその眼は、これまでに命を削るような戦いを積み重ねてきたBランカーたちの背筋でさえ凍らせるものだった。
――イカれてやがる。
そんな声がもう一度どこかから上がった。Bランカーたちはそれに同意するように一斉にうなずきを返した。
だがそんな中で、トップランカーであるサブリナだけは、ふふッと嘲笑するような表情を浮かべていた。
(お二人とも、まだ青い……真のプレイヤーの領域には達していないようですわね)
サブリナは紅茶のカップを傾けながら、目を閉じた。脳裏には、先日のギルバート・ヘインズ対シェリル・トンプソンの光景が蘇っていた。
(マスタースキルとデッキ構成でいえば、シェリルさんのほうが優れていましたが……ふふッ、これがトーナメントの面白いところですわね)
己の精神力のすべてを傾けて相手の一挙一動に目をやるギルバートとダンの姿を見て、サブリナは笑った。
ソウルカードとは自身の魂で操るものだった。いかに手札や能力に優れていようとも、カードを操るマスターの心が未熟では、ソウルは実力を十全に発揮することができない。シェリル・トンプソンも実力だけならば、ギルバートやダンと同レベルかそれ以上にあるだろうが、彼女はまだまだ精神が未熟だった。
(ですが、それもこのあいだまでの話。先日の試合で彼女も大きく成長したようでしたし、今やれば、また結果は違うのでしょうけれど……)
そこらへんにいた格下に紅茶のおかわりを注がせながら、サブリナは再びスクリーンに目をやった。
審判がようやく来ていた。審判はテーブルの脇に立ってルールの説明を行っているようだったが、そんなものは誰も聞いていなかった。
トーナメントのルールはほとんど整備されていなかった。勝敗の決定は、プレイヤーの判断に委ねられる部分が大きかった。損害の大きさを考えて、降参するのも自由。逆に、降参しようとしている相手に声も上げさせずに、トドメを刺すのも自由だった。
だが、互いに獰猛な笑みを浮かべるギルバートとダンからは、自分のすべてを燃やし尽くそうという気概が感じられた。この試合に限っては、降参などということは有り得そうもないことだった。
サブリナの背後から、ゴクリと唾の飲み込む音とともに、緊迫した声が聞こえてきた。
「どちらが勝つかはわからないが……これはトーナメント史上に残る凄まじい戦いになるだろうな」
そんな誰かの予言ははたして、その通りになった。
審判が手を振り落としたと同時に始まったその試合は、周囲の期待と熱狂に反比例して、なんとなく静かな感じで始まり――そして、トーナメント史の記録に残るほどの凄まじいクソ展開となったのだった。
◆フレーバーテキスト
〈遠見のガラス玉〉
数々の偉大な魔法を生み出した老賢者を破滅させた、最後の発明。
〈覗き魔インプ〉
「……誰かに見られてる気がしたんだけど……気のせいかしら?」
――狙われた人妻魔女。




