第3話 男の欲望
(なんだ、この男は……ッ!)
審判によって試合開始の宣言がされてから一時間――
ジョン・アーヴィングは戦慄していた。
ジョンは二十九歳。普段はデイリー・テレグラフ専属のウィザードとして様々な情報収集を担っている。新聞社勤めということで社会的地位は高くないが、ウィザードとしての能力のおかげで世間一般の平均よりは高収入。そのうえ優しい妻とかわいい子供にも恵まれた男だった。
もともとは貧しい農家の三男坊として生を受けたジョンだが、生来の知能と体力によってウェストミンスター・ウィザード・スクールへの入学を許可され、上流階級や中流階級の子弟の中に混じって必死に努力してきた。
そのかいあって、現在の仕事と幸福な家庭を得ることができたわけだが、それだけでは満たされない男の欲望ともいえるなにかが――人によってはそれを闘争本能とか、出世欲とか呼ぶのかもしれないが――彼をウィザード・トーナメントに駆り立てていた。
(ここでッ……こんなところで負けるわけにはいかない……ッ)
ウィザード・トーナメントにはかなりの時間と金をかけている。トーナメントで勝ち上がるために、日夜タワーやカードショップで金と時間をかけてカードを蒐集している。
それに、ジョンのように兼業でウィザード・トーナメントに挑んでいるウィザードにはままあることだが――特にジョンのようなCランクプレイヤーの場合――仕事で使っているソウルカードも試合に出している。万が一それを失ってしまうことになれば、明日から家族全員、シャトウェル・ストリートで乞食をする羽目になるだろう。
(負けられんッ……妻のためにも、子のためにも……なによりおれ自身のプライドのために……ッ! だがこの男……ッ!)
ジョンは自分たちの頭上、クリスタル・パレスのはるか上空で行われているソウルたちの戦いに意識を集中しつつも、テーブルを挟んで目の前に座る男の顔を見た。
ウィザード・スクールを出たばかりとおぼしき、まだ若い美青年だった。道を歩けば若い娘たちがパッと振り返りそうな端正な顔立ちに、濡れたようなブリュネットの髪を紳士らしくオールバックに撫で付けている。ちょっと貴公子然とした雰囲気を持つ男だ。
だがそのシルバーブルーの瞳に浮かんでいるのは、落胆か、失望か……欲求不満にも似た類の表情が浮かんでいた。
(これが、近頃巷で噂の〈サキュバス狂い〉ギルバート・ヘインズか……ッ! 調子に乗りやがって!)
心中で景気のいい悪態をついてみせるが、試合の天秤は時間の経過とともに少しずつ、ジョンの劣勢へと傾いていた。
ジョンが使役するソウルカードは三体――〈石の国の戦士〉、〈赤龍山脈のドワーフ〉、〈ピピンの森のピクシー〉。
それに対して相手が使役するソウルカードはたったの一枚――〈愛欲のサキュバス〉のみだった。
(なのに、攻めきれない)
ピクシーのスキル〈小妖精の鱗粉〉で強化されたアタッカー二枚で相手を攻めるのがジョンのデッキの基本戦術だ。展開は早くはないが、堅実で攻守どちらにも優れているデッキ構成だった。
このデッキでジョンはこれまで何勝もしてきた。ときには負けることもあったが、それでも現在は勝ち星を六個も所持している。
ジョンは歯を食いしばって自身の置かれた状況を思う。
(Bランクに上がるためには最低でもあと四回は勝たなければいけない……こんなところで負けてはいられない)
勝てば星の所持数はプラスされ、負ければマイナスされる。ここで負けてしまえばジョンの勝ち星は五個になってしまう。
単純に前に進むことよりも、負けを取り戻すための戦いのほうが圧倒的に精神を消耗する。そのことはトーナメントにデビューしてからのこの数年間で痛いほどにわかっていた。
――だが。
(たった一勝することがどれだけ大変なことか)
状況を打破すべく、デッキから一枚の呪文カードをドローしながら、これを手に入れるために費やしたもののことを考える。
中流階級の家庭ならば一年は楽に暮らせるほどの金を払って、カードショップで入手した呪文カードだった。クソみたいな上司と使えない部下に苦労し、妻と子供に不自由ない生活をさせてやりながら、自分はジャガイモ一個の昼食で我慢して浮かせた小遣い。それを元手に、危険なタワーに挑んで命からがら稼いだ資金。そうやってようやく手に入れた攻撃呪文カードだった。
(ソウルカードと違って呪文カードは基本的に一回限りの使い捨て……だが、これを今ここで使わずして、いつ使うのか……ッ!)
すべては自身の尊厳を賭けたこの戦いに勝利するために。
ジョンは呪文カードを高々と掲げて、その効果を発動した。
(ここだッ!)
「呪文カード発動! 〈氷牙〉!」
呪文カードが砕け散り、中から溢れ出した力の奔流が魔術回路を通じてジョンからピクシーに向かって一気に流れ込んでいく。
「いっけえええええええええええ!」
ピクシーの指先から敵のサキュバス目がけて氷の一撃が襲いかかった。
ジョンが発動した〈氷牙〉は凄絶な鋭さと威力をもって、対象にダメージを与え――
「うふッ。悪いけれど――〈打ち消し〉」
――なかった。
「うッ……」
ジョンはうめきを漏らした。
目の前の男が発動したカウンター呪文カード〈打ち消し〉によって、貯金をはたいて購入したジョン必殺の攻撃呪文カードはあっさりと消えてしまった。
だが、ジョンは内心でほくそ笑んでいた。
(〈氷牙〉がカウンターされることは計算済み……これはブラフ! カード名をわざわざ叫んだのもそのためだ)
ギルバート・ヘインズのデッキがカウンター呪文カードを主体としたコントロールタイプなのはこれまでの攻防ですでにわかっていたことだ。敵のデッキが残り何枚なのかは知らないが、〈打ち消し〉の市場価格や入手難易度、そして発動の際に必要なマナ・コストは決して低くはない。
(本命はこっち……ッ! 低コストで連発できる〈雷火〉のほう! 〈打ち消し〉を消耗させたのはこいつのためだ。こいつを四枚一気に叩き込んで息の根を止めてやるッ!)
ジョン・アーヴィングはぐっと眦に力を入れて相手を睨んだ。
ここからだ。ここからの攻防が勝敗を分けることになる。
ジョンは状況を分析する。
ウィザードは魔術回路をソウルとの間に形成することによって、その五感を共有することができる。触覚の内、痛覚については戦闘に支障をきたすためにほぼカットしているが、ジョンには使役するソウルたちが見ているのと同じ光景を見ることができた。
(大丈夫だ。形勢はまだそこまで悪くない)
カードたちの戦場となっているのは、クリスタル・パレスの上に広がる無限の空だ。
異界と呼ばれる、この現世とは違う世界で、霊魂だけの状態となって彷徨うソウルたちを、マナという自身の魂のエネルギーによって召喚して操るのが、ウィザードの魔術の仕組みだ。
召喚されたソウルたちはこの世界の物理法則をある程度無視することができるため、翼を持たない人型のソウルや獣型のソウルも、空中を縦横無尽に駆け回ることができる。
空中での戦闘行為は周囲の地形や人々に影響を与えることがほとんどないため、ウィザード・トーナメントではよく使われる種類のフィールドだった。
ジョンは魔術回路で繋がったピクシーの目で、戦況を観察した。
クリスタル・パレスの蒼穹を舞台に、ジョンとギルバート・ヘインズの手札たちは二つの陣に分かれて睨み合っていた。
今、場に出ているのはこちらの〈石の国の戦士〉、〈赤龍山脈のドワーフ〉、〈ピピンの森のピクシー〉。
それと、相手の〈愛欲のサキュバス〉だけだった。
おそらくだが、ギルバート・ヘインズはサキュバス以外のソウルカードを持っていない。それはこれまでの試合のログや噂、そしてこの試合の攻防から判断して、まず間違ってはいない推測だと思う。他のソウルカードを持っているなら、とっくに場に出していていいはずだ。
(つまり、あのサキュバスさえ破壊すればギルバート・ヘインズは戦闘継続不可能。おれの勝ちだ)
ジョンのほうはというと、場に出している三体以外にも、デッキにはまだ二枚のソウルカードが残っている。二枚とも習熟度が低いので場に出したところでたいした役には立たないが、戦闘を続けること自体は可能であり、試合のルールである「戦闘不能になった方の負け」には抵触しない。
トーナメントのルールでは、場にソウルカードを出せなくなった者が負けと判断される。
だから現状はこちらに分があるともいえるのだが――
(問題は残りのマナのほうだな)
これまでの攻防でジョンはかなりのマナ――魂のエネルギーを使ってしまっている。これを使い切ってしまえば気絶状態に陥って戦闘不能に、つまり敗北となってしまう。実際、他の試合でも、手持ちのソウルカードをすべて破壊されて負けるよりも、ウィザードのマナが切れて勝敗が決定するケースのほうが多いくらいだ。
ジョンは体内のマナの流れに意識を向けた。
(大丈夫だ。まだいける)
伊達に毎日クソ上司にこき使われていない。筋肉と同じで、どんどん使ってやればその分体内のマナは増えていく。この点についてはクソ上司に感謝すべきなのか、ジョンの保有マナ量はCランク・プレイヤーの中でもかなりの上位のほうだ。
マナはソウルカードや呪文カードを使うための燃料だ。ジョンに言わせれば、トーナメント・プレイヤーにとって大切なのはとにかくマナと金だった。
ウィザードが使うカードはトランプと見た目が似ていることもあってよく勘違いされるが、ウィザード・トーナメントはトランプのカードゲームとは違って、自分のデッキからいつでも好きなタイミングで好きなカードを引くことができる。
それに、デッキに積んでいいカードの枚数には制限がない。百枚でも千枚でも一万枚でも、金さえあれば好きなカードを好きなだけデッキに組み込んでいいのだ――実際には資金と時間の問題で収集できるカードの枚数には限りがあるので、ある程度は戦法や枚数の方向性を考慮したうえでデッキを構築しなければならないのだが。
それはともかくとして、ウィザード・トーナメントにおける戦いではデッキ構成とかテクニックとかコンボとかそんなものは二の次。トランプのカードゲームとは違って、自分のターン、相手のターンなどというものもないのだ。ウィザード同士の戦いはボクシングと同じで、より強く、より早く、相手を殴り倒したほうの勝ちなのだ。
だからとにかく強いカードを集めてぶっ放していれば、たいていの場合はなんとかなるというのが、ジョンを含めた多くのウィザードの意見だった。
その点、金に関しては微妙だが、マナという部分においてはジョンは相当な自信があった。
(だが――)
不安というか、不吉な感じがあった。
いつもよりもマナの減りがかなり早い気がするのだ。
(〈氷牙〉でかなり持っていかれたが、もともと、おれのソウルたちの召喚コストと維持コストはそれほど高くない。ピクシーのスキルだって連発しているわけではないのだが……となると原因は、やはりあのサキュバスか)
自分のソウルたちの視界から伝わってくる敵のサキュバスの姿に注目する。
ウェービーな銀のロングヘアに真紅の瞳。大理石のようになめらかで白い肌は扇情的な衣装で包まれており、尻のあたりからは悪魔のような尻尾が突き出ている。
その淫らな肢体を見せつけるように、淫靡な笑みを浮かべて空中で踊るように動くサキュバスに、ジョンはつかの間見とれて、はっとした。
(馬鹿かおれは。試合中だぞ)
ちっ、と舌打ちをして、敵のソウルのスキルを分析する。
(このマナの減り方は普通じゃない……おそらく敵のサキュバスのスキル〈吸精〉によるものだ。あのサキュバスの尻尾による攻撃がこちらのソウルをかすめるたびに、ソウルが少しずつ奪い取られているような気がする)
戦士やドワーフ、ピクシーを動かすための燃料が吸い取られていくその感覚に、ジョンは恐れよりも先に感心の念を抱いた。
(サキュバスとはこういう使い方もできるのか)
通常、ウィザード・トーナメントではサキュバスなどというソウルはまず使われることのないカードだ。パワーもタフネスも低く、その知能に至ってはゴブリン以下。そのスキルである〈吸精〉や〈魅了の魔眼〉は人間相手には有効だが、ソウル相手に通じることはそれほど多くない。
国家機密に関わる魔術省の役人や軍人が諜報や防諜活動のために、あるいはごく稀に、暇を持て余したクズウィザードが自身の欲望の発散のために用いることはあっても、ソウル同士がガチガチに殴り合うウィザード・トーナメントでサキュバスが使われることはまずないといっていい。
(この〈吸精〉スキルと、今までの攻防で見せたあのサキュバスの知能の高さから推測するに、おそらくあのサキュバスはユニークなソウルカードなのだろうが……それをこんなふうに使いこなすとは。〈サキュバス狂い〉の名は伊達ではないということか)
こちらの手持ちのソウルを撃破することよりもマナ切れに追い込むことを主眼においた、〈打ち消し〉のようなカウンター呪文カードを主力にしたデッキ構成。短期戦よりも長期戦。積極的に自分から動いていく攻撃的なアグロデッキではなく、状況を支配することに重きを置いたコントロールデッキ。
(そして攻めよりも、受けといったところか……いいだろう。どこまで受けきれるか、試してやる!)
ジョンはぐっと腹の下に力を入れた。
(ピクシー、スキル〈小妖精の鱗粉〉をもう一度だ。戦士、ドワーフ、前に出ろ。一気に決めるぞ)
ピクシーのスキル発動によって体内のマナが少なからず持っていかれたが、歯を食いしばってなんとかこらえる。大丈夫だ。高熱や悪寒が襲ってはきているが、意識の混濁にまではまだ至らない。
「ギルバート・ヘインズ……悪いが、この勝負、おれがいただくことにしよう」
荒い息を抑えて、できるだけ不敵な感じのする笑みを浮かべて言うと、それまで退屈そうだった〈サキュバス使い〉の表情がふっと変わった。
「……いいね」
「……」
「アーヴィングさん、あなた、とてもいいよ。これまでに戦ってきたやつらとは比べ物にならないくらいしつこくて、ねちっこくて、そして……とっても激しい」
――不意に。
ジョンの背筋に悪寒が走った。
「アーヴィングさん……あなたは僕らを気持ちよくしてくれる人なのかな?」
「……ッ!」
〈サキュバス狂い〉の双眸は暗い深淵からこちらをじっと覗き込むようだった。底の知れぬ黒い欲望を隠そうともせずにこちらの内面をドロドロに犯そうとしてくる眼差しだった。
その瞬間、底なし沼に飲み込まれる人間が光を求めて手を伸ばすように、ジョンは衝動的に四枚の手札を一気に切った。
バチバチと大気そのものが帯電したかのような巨大な火花が〈ピピンの森のピクシー〉の指先に一気に宿る。熱い――その圧倒的な熱量はジョンの制御を振り切って、ピクシーの肉体までもを焼き尽くさんばかりだった。
(ぐッ……ちくしょうッ)
今にも暴発してしまいそうな強烈な質量を持つエネルギーの塊に思わず屈しそうになる。
――だが。
(ここで決めなければ、取られる……ッ!)
それは確信だった。
ここが勝負時だと、この数年間トーナメントで揉まれまくった経験がジョンにそう告げていた。
敗北を跳ね返し、勝利をこの手に掴むべく、黒い光を湛えた敵の双眸をしかと見つめる。
腹に覚悟を決める。二本の足で踏ん張って、ピクシーとの魔術回路に全身全霊を集中させ、巨大なエネルギーの砲口を敵のサキュバスのほうへ無理やり捻じ曲げる。
――これまでの人生において。
ジョンはこの二本の足で一歩ずつ自分の道を歩いてきた。尊敬すべき両親が授けてくれた自慢の足だ。飯も満足に食えない貧しい農家だったが、父も母も大柄な人で、立派な肉体をジョンに与えてくれた。そのおかげでウェストミンスターでの辛い寮生活も、仕事を始めてからの過酷な状況も、持ち前の体力にものを言わせて乗り越えることができたのだ。
だから今度の試練だって乗り越えることができるはずだ。自分には両親だけではない。愛すべき妻と可愛い子どもだっている。スーザンは慎み深く、賢く、愛情に溢れた、自分にはもったいないくらいの妻だ。トーナメントで惨敗してしまえば一家離散の目に遭ってもおかしくないというのに、男としてのプライドをかけた馬鹿な挑戦を止めずにいつも微笑んで応援してくれる。そして、ああ――パッパ、パッパと舌っ足らずな口調で抱っこをせがんでくる娘の可愛さときたら!
(おれは貴様なんかとは背負っているものが違うんだ。〈サキュバス狂い〉め)
大砲を向けるようにして、ピクシーの指先を敵のサキュバスに向ける。狙いを定める。妙に周りが静かだった。こんなのは初めてのことだ。今までは漠然としか感じ取れなかったが、自分の中のマナがピクシーのほうに流れていくのがはっきりとわかる。ピクシーとの繋がりをこれまでになく感じる。
――思えば。
この〈ピピンの森のピクシー〉はジョンが初めて召喚したソウルだった。ソウルカードの入手方法はいくつかあるが、このピクシーはウェストミンスターの授業の中で、少年時代のジョンが初めて手に入れたソウルだった。
これまで身近すぎて、たとえるならいつも身につけているアクセサリーのようであまり意識することはなかったが、このソウルとはかれこれ十年以上も一緒にいることにジョンは唐突に気がついた。
思わず苦笑する。
――すまんな、お前にはいつも世話になっているのにな。
気の利かないマスターを許してくれと、魔術回路を通じて謝ると、ピクシーは昔からまったく変わらない、なにを考えているかわからない顔で羽をパタパタと動かしてにやりと笑った。
思わずジョンもつられて、にやりと笑った。
そして、息を止めて数瞬。
心臓の鼓動がゆっくりと凪いだ海のようになり、ピタリと心がピクシーと重なり合ったその瞬間。
攻撃呪文カード〈雷火〉の多重四連撃が放たれた。
真っ赤な稲妻が無軌道な軌跡を描きながら、人間の目では到底捉えられないほどの速度で疾駆する。これまでのジョンの人生で最大のマナが込められたその攻撃はクリスタル・パレスの蒼穹を鮮血をぶちまけたように染め上げる。
(これで決まる)
ジョンは確信していた。
ソウルカードのパワーやタフネスは個体によって変わるとはいえ、それでも平均値というものがある。サキュバスというソウルの基本能力値はかなり低い。実際、これまでの展開で見せた敵のサキュバスは、こちらの攻撃を回避し続けるその敏捷性こそ驚異的だったが、パワーとタフネスはさほどのものではなかった。
一方、こちらの攻撃にはCランクでも上位を誇るジョンのありったけのマナが込められている。呪文カードの効果は術者のマナの多寡によって上下する。これまでの攻防からはじき出された計算結果では、この〈雷火〉の四連撃は敵のサキュバスを容易く破壊するだけの威力を持っている。
仮にヘインズがこちらの攻撃を打ち消す効果を持つ呪文カードを持っていようが関係ない。カウンター系の呪文の効果は絶対的なものではない。相手の打ち消し効果を上回る攻撃力を持っていれば、盾を貫く槍のように対象にダメージを与えることが可能なのだ。
それに、これだけの威力を打ち消す呪文カードを発動させるには、多大なるマナを消費する。これまでこちらの攻撃を受けきってきた〈サキュバス狂い〉といえど、その消耗は戦闘継続に多大なる支障をもたらすはずだ。
もっとも、それはこの攻撃に全身全霊のマナを注ぎ込んだジョンも同じこと。
つまるところ、これは互いのすべてのマナをかけた一撃決着の勝負。
ビリビリと全身を襲う呪文の反動に歯を食いしばりながらも、ジョンは口の端を上げて笑った。
(さあ、どんな気分だ? 教えてくれ、〈サキュバス狂い〉。追い詰められた兎の気分とはどういうものなのかをッ!)