第3話:第一歩と本能の記憶
生後半年ほどが過ぎ、レオンはまだ言葉も覚束ない赤ん坊ながら、自らの意志で初めて床を這い始めた。
柔らかな毛布のふちから身を乗り出し、石畳の床に手を伸ばしたその瞬間――本能の記憶が呼び覚まされる。
“僕は――誰かのもとへ、何かを届けなくてはならないんだ”
前世の配達員としての使命感が、言葉のない幼い心に焼き付く。
爪先からほのかに青白い魔素が漏れ出すと、床に刻まれた模様が淡く発光し、一枚の古代魔導陣のように浮かび上がった。
部屋の隅で見守っていたミレイナは、驚きと好奇心を胸に駆け寄る。
彼女はそっとレオンの背を支え、もう一歩を促した。
「大丈夫、リオ…じゃなくて、レオン。がんばって」
ミレイナの優しい声に後押しされ、レオンは二歩目を踏み出す。
再び魔素が迸り、床全体に揺らめく光の波紋が広がった。
その光景を見て、遠くから招かれた師範代が杖を掲げる。
「…驚嘆すべき魔力だ。半年の幼児が放つ量ではない」
師範代の声に少女たちも息を呑む。錬金術科のリサは記録用書簡に走り書きし、剣術科見習いのカミラは思わず剣先を構えたまま見つめている。
レオンはまだ小さな身体で三歩目を踏み出し、床の魔導陣は一層鮮明に輝いた。
その光の中で、彼の小さな瞳は確かな意志を湛え、仲間たちの期待と驚嘆を一身に受け止めた。
――ここで、僕は強くなる。
――この仲間たちと、共に歩む。それが僕の運命だ。
床に残る魔導陣の淡い残光は、その夜、産室の暗がりを優しく照らし続け、侮れぬ幼き力の予感を告げていた。