千崎家
我が家は5人兄弟だ。
長男の千秋23歳、職業弁護士。次男の千春22歳、大学4年生。長女の真夏18歳、大学1年生。三男の冬真16歳、高校2年生。そして俺、四男の立夏14歳、中学3年生。
「バイバイ!立夏!」
「バイバイ」
友達に手を振って家に帰ると、玄関に見慣れない靴があった。
リビングに行くとナツ姉の友達の葵ちゃんが遊びに来ていて、リビングでカップケーキを食べていた。
「お、りっちゃんおかえり~。お邪魔してま~す」
「ただいま」
葵ちゃんはナツ姉の中学からの友達で、初めて会ったのは俺が小学3年生のときだ。
正直、めちゃくちゃ美人だし、憧れていた時期もあったけど、高学年にもなればそんな憧れは消えていって今は姉の友達くらいにしか思わなくなった。
「葵ちゃんの彼氏が作ったやつ?」
「そうだよ。りっちゃんも食べる?残り1つだし」
「食べる」
荷物を部屋に置いてリビングに行くと、カップケーキと一緒にアイスティーが準備されていた。
いただきますを言ってカップケーキを食べた。
やっぱ、美味いな。
「そういえば、りっちゃんって高校決めたの?」
「まあ、もう9月だし」
「部活入ってないんだからもっと勉強すればいいのに、ゲームばっかしてんのよ」
ナツ姉に図星を突かれて、無視してアイスティーを飲み干した。
「あいつと同じ部屋になったんだから教えてもらえば?一応勉強できるんだし」
「あいつ?」
葵ちゃんが首をかしげるとナツ姉ははぁ~、とため息をついた。
代わりに俺が説明した。
「俺と兄ちゃんが同じ部屋だと喧嘩になってばっかだからって、俺とハル兄が同じ部屋で、兄ちゃんとアキ兄が同じ部屋になったんだよ」
「そうなんだ」
日が落ちて、葵ちゃんが帰った。
それから30分もしないうちに兄ちゃん(冬真)とハル兄が一緒に帰ってきた。
ハル兄は特定の彼女を作らないらしく、時々遊び相手が途切れるときがある。
今もそうらしく、バイトがないから早く帰ってきた。
「晩飯は?」
「母さんが適当に食べといてだって」
「じゃあ、じゃんけんだな」
ハル兄がじゃんけん、と声掛けをすると一斉に手を出す。
今日のご飯当番はじゃんけんに負けた兄ちゃんとナツ姉だ。
「何がいい?」
「しょうが焼き」
「じゃあ、私はポテトサラダ作るから冬真はしょうが焼き作って」
「イエス!マイシスター!」
兄ちゃんが敬礼をすると、ナツ姉は冷めた目で見てじゃがいもの皮を剥き始めた。
俺とハル兄は先に風呂に入った。
ご飯ができるまで、ゲームをしようとテレビのリモコンを取るとハル兄に取り上げられて代わりに問題集を渡された。
チャラ男のくせに、俺に勉強させようとしてくるんだよな。
「問題集の見開き2ページ終わらせたらゲーム付き合ってやる」
「分かった」
英語、苦手なんだよな。
文法とか分かんねえし。
日本語に訳しなさいとか、元から日本語で書けよって思う。
「りつ、そこのwhoは誰って訳になんねえだろ」
「え、なんで?」
「関係代名詞って言って――」
説明をしてもらってから見開き2ページ終わらせた。
ハル兄は答え合わせをして問題集を閉じた。
「やればできるじゃねえか」
「だろ?」
「じゃあ、ゲームするか」
「よっしゃ!」
テレビをつけて、ゲームの準備をするとナツ姉と兄ちゃんが皿を運んできた。
ご飯の時間らしい。
ゲームはお預けだな。
「アキ兄の分は?」
「別で取り分けてる」
「そっか」
ご飯と味噌汁はそれぞれでよそうのがうちのルールだ。
「「いただきます」」
晩御飯はすぐに平らげて、ナツ姉は風呂に入っている間に兄ちゃんとハル兄とゲームをした。
ナツ姉が風呂から出てくると、すぐに部屋に籠る。
彼氏と電話をしているんだろう。
シスコンのハル兄はいつも不機嫌になる。
ハル兄は不器用だからナツ姉にはウザがられている。
「りつ、真夏の彼氏に会ったことあるか?」
「1回だけなら」
「翔ってやつだよな?」
「うん。葵ちゃんの三つ子の弟らしい」
「葵の弟?」
「知らなかったのか?」
「聞いてない」
ムッとした表情を浮かべて、ハル兄はテレビの画面に目を移す。
ゲームはもうやめて、いつも見ているバラエティ番組を見ていた。
それから1週間、急展開が起こった。
ナツ姉が彼氏の翔くんを家に連れてきた。
父さんは出張中で、母さんは仕事だから俺ら兄弟に紹介するために連れてきたのかもしれない。
ハル兄とアキ兄は買い物に行っていて、まだ帰ってきていない。
「翔先輩、ハル兄はまだしもアキ兄なら大丈夫なんでそんなに緊張しないでください。それに会ったことありますよね?」
「あるけど、そのときはまだ付き合う前だったから」
翔くんがそう言うのと同時に玄関のドアが開く音がした。
兄ちゃんはハル兄とアキ兄を迎えに行ってリビングに戻ってきた。
そして、ハル兄は翔くんを見つけた途端荷物を床に落とした。
「お前、なんで家にいるんだよ」
「私が連れてきたの」
「なんで連れてくるんだよ」
「改めて紹介しようと思って」
「勝手に家に人あげるな」
「お母さんに許可もらってるし」
喧嘩始まりそう。
止めた方がいいかと考えているとアキ兄がハル兄の頭に拳を落とした。
翔くんは驚いたような顔でアキ兄の方を見た。
ハル兄もハル兄でアキ兄を睨み付けていた。
「兄貴!何すんだよ!」
「千春こそ、真夏の彼氏に突っ掛かるな」
「突っ掛かってねえだろ!」
アキ兄はハル兄の口を手で押さえて、翔くんの方を見た。
「翔くん、弟が失礼な態度を取ってしまいすみません」
「謝らないでください。大丈夫なので」
「ありがとうございます」
ナツ姉、なんで翔くん連れてきたんだろ。
ハル兄と揉めるって分かってただろうに。
「てか、お前、真夏のこと振ったらしいのになんで付き合ってんだよ」
「ちは、」
ナツ姉がハル兄を殴りに行こうと立ち上がるのを翔くんは腕を掴んで止めて、ハル兄の方に向き直った。
「真夏の告白を断るまで、自分が真夏を好きなことに気付けなかったんです。俺が鈍感なせいで真夏を傷付けてすみません。けど、これからは真夏を守っていくので見守っていてください」
「………」
ハル兄は何も言い返すことが出来ず、ただ呆然とたたずんでいた。
ナツ姉は笑顔で翔くんの顔を見上げていた。
ハル兄、完敗だな。
ハル兄は少し拗ねた顔をしてソファにドサッと座った。ナツ姉はそんなハル兄を無視して翔くんが持ってきてくれたお菓子の袋を開いて全員分のコップにジュースを入れた。
〜〜〜〜〜
「真夏ってピアノ習ってたんだな。意外」
「あんまり得意じゃないけどね」
「姉ちゃん、発表会のときに散々で号泣してたよな?」
「冬真、余計なこと言わないで」
ナツ姉の昔話で盛り上がっていると、ハル兄がソファから体を起こして冷蔵庫のビール缶を開けて丸々一缶飲み干すと、そのまま翔くんの前まで歩いた。
「兄貴たちは認めてるみたいだけど俺はお前のこと認めねえから」
「はぁ!?千春にそんな権限ないし!どうせ今遊び相手がいないから私に彼氏がいるのが気に食わないだけでしょ?」
「そんな理由で反対しねえよ。ただ、真夏がまた傷付くところを見たくねえんだよ」
「は?何言ってんの?千春、頭おかしくなった?」
そうだった。ハル兄はお酒に弱いからビール一缶でも酔うんだ。酔っているせいで素直になるし。
「真夏がそいつと付き合ってて絶対に幸せになるって自信を持って言えるんなら認める」
「言えるよ。なんなら、私が翔を幸せにする」
「そうか。翔、だったな。また真夏のこと傷付けてみろ。許さねえから」
「はい。俺も自分が許せなくなるのでその時は思いきり殴ってください」
翔くんが深く頷くとハル兄はリビングを出て自室へ戻って行った。ナツ姉は意味が分からないという顔で俺たちの方を見た。
「ハル兄はシスコンだからね」
「千春は誰に似てあんなに不器用なんだろうな」
「さあ?」
「待って待って。千春がシスコン?なんの冗談?千春って私のこと嫌ってるんじゃないの?」
「その逆だよ。千春は誰よりも真夏のことを心配してる。真夏、小4のとき同級生に意地悪されてたことがあるだろ?」
「意地悪っていっても次の日からは何もされなかったけど」
「千春がキレたんだよ。小学生相手に。俺の妹泣かしてんじゃねえ!って」
ナツ姉は目を丸くして、笑い出した。
『不器用とか言うレベルじゃないし』と笑いながら少し泣きそうになっていた。今まで酷いことを言ってきたのが申し訳ないと思ったのだろう。だけど、あれはハル兄の言い方が誤解を生むから仕方がないと思う。決してナツ姉が自分から突っかかったわけではないからナツ姉に非はないと思う。
「なんか、千春と翔って似てるかもね」
「そうか?」
「だって、翔も葵と喧嘩ばっかしてるけど本当は誰よりも葵のこと心配してるじゃん?」
「別に心配とかしてねえし」
「バレバレだから。私今まで千春のこと嫌いだったのになんかかわいく思えてきた。自分が怖いんだけど」
「俺はずっと千春は可愛い弟だよ」
この日以降、ナツ姉とハル兄の喧嘩は減った。ハル兄が何か言ってもナツ姉は「はいはい」と笑って流すようになった。あの日酔って記憶がないハル兄はどうしてこうなったのか分からないようで困惑気味だ。




