馴れ初め
蒼空くんと付き合って5年目のクリスマスが近づいてきた。
クリスマスプレゼント、何あげようかな?
最近は練習が重なって蒼空くんと一緒にいる時間が減ってたし、なんかお揃いの物でもあげようかな。
そんなことを考えながら大学に向かった。
今日は大学終わったら練習がない日だから自主トレだけして蒼空くんのプレゼント探しに行こ!
「あ、颯。おはよう」
「ああ。父さんが久しぶりに帰ってこいって言ってたぞ」
「はあ?久しぶりって、先週帰ったばっかじゃん」
お父さんは帰ってくるの遅かったからしばらく話してないけど。
「寂しいんだとよ。」
「だったら、お父さんがこっちに来たらいいのに」
そう、ポツリと呟いて電車に乗った。
大学に着いて、講義を受けてお昼は食堂で真夏と2人でご飯を食べた。
私は蒼空くんが作ってくれたお弁当だ。
「真夏はさ、翔と一緒に住む予定とかないの?」
「う~ん。分かんない。最近、友達寄りに戻ってきてるから一緒に住んだら余計に恋人っぽさがなくなりそう」
「真夏も翔も愛情表現してないせいだと思うけど」
「だって恥ずいじゃん。手繋ぐくらいならまだ平気だけどキスとかは出来ない。家に絶対誰かいるし」
まあ、うちでも颯がいるだろうし真夏は兄弟多いからな。
真夏の一番下の弟は高校2年生だし、上の弟は大学1年生だし、お兄さん2人は実家暮らしらしいから翔を家に誘ったところでゲームとかしか出来ないか。
「え、じゃあまだキスしたことないの?」
「さすがにそれはある」
「だよね」
付き合って3年目だもんね。
てか、私から見たらバカップルに見えるけどな。
真夏なんか、翔が遠くから手を振ってるのが見えたら好きなアイドルに会ったってぐらいはしゃいでるし、翔も真夏がナンパされてたらナンパ男にガチギレで助けに行くし。
まあ、翔のことだし照れてるっていうよりも傷付けないように我慢してるって感じだろうけど。
真夏は分かってないんだろうな。
………って、高校生の頃の私と蒼空くんじゃん!
端から見れば大切にされてるのって分かるのに、大切にされてても分からないもんなんだな。
帰り、駅の近くの雑貨屋さんに寄ってプレゼントを見た。
あんまりしっくりくる物ないな~。
数日後、いつも通り練習して家に向かう途中で蒼空くんからメッセージが着た。
ビール買ってきてとか、蒼空くんが言うこと珍しいな。
大体ワインとかだし。私は飲まないし。
今日はビールの気分なのかな?なんか、ビールって言われるとお父さん思い出すな。
寂しがってるみたいだし仕方ないから明後日ぐらいに帰ってあげようかな。
コンビニでアイスとビールを3本買って家に向かった。
てか、なんで3本?蒼空くん1人でそんなに飲むのかな?
まあ帰って聞けばいっか。
エレベーターに乗って家の前まで歩いてドアを開けた。
靴を脱いでリビングに行って冷蔵庫にビールを入れてアイスも入れた。
蒼空くんいないってことはお風呂?
手を洗いに洗面所に向かうと髪を乾かす音が聴こえてきた。
ノックをしてドアを開けた。
「ただいま~」
「おかえり、葵」
「………は?」
そこで髪を乾かしていたのは蒼空くんではなく、お父さんだった。
これは、透き通らない幽霊思ってお父さんを押し退けて手洗いうがいをして洗面所のドアを閉めた。
すると、トイレのドアが開いて蒼空くんが出てきた。
「葵、おかえり」
「ただいま………」
蒼空くんは洗面所に入って手を洗うと蒼空くんと入れ替わるようにお父さん(に似た透き通らない幽霊)が洗面所から出てきた。
「葵、話すの久しぶりだな。帰ってきたときも忙しくて話す時間なかったし」
「………なんでいるの?」
「葵がこっちに来たらいいって言ってたって颯から聞いたから」
聞こえてたか~。けど、なんで言うかな?
てか、お風呂入ってたとか泊まる気満々じゃん。
蒼空くんもお風呂入った後みたいだし。
私も早くお風呂入りたいから送るの面倒だし。
「泊まるの?」
「蒼空に許可は取った」
「なんで黙ってたの?」
「葵、驚くかなって」
「驚いたよ。幽霊かなって思ってお父さんが死んだのかと思った」
「元気に生きとるわ」
お父さんを無視して部屋に行って着替えを取ってお風呂に向かった。
お風呂からあがってリビングに行くと、いい匂いがしてきた。
今日はクリームシチューらしい。美味しそう!
ちなみに、私も蒼空くんもクリームシチューにはご飯派だ。
「お父さん」
「ん?」
「泊まるってことは明日休みなんだよね?」
「まあ、そうだけど」
「大学まで送って」
「ああ」
サラダを盛り付けるのを手伝ってお皿をローテーブルに運んだ。
いつもはダイニングテーブルだけど、椅子が2脚しかないからローテーブルで食べた。
夜ごはんを食べ終えてアイスを食べながらテレビを見た。
お父さんと蒼空くんは一緒にビールを飲んでいた。
「恋バナしようぜ。恋バナ」
「渉くん、本気?」
「私も蒼空くんの恋バナ聞きたい!」
「俺は渉くんと七菜波さんの馴れ初め聞きたい」
「確かに!」
お父さんは少し照れたように視線を逸らして喉を鳴らしながらビールを飲んだ。
蒼空くんと顔を見合せて笑った。
「マジで話すの?」
「うん!」
「俺と七菜波が幼馴染みなんだけどさ、それは知ってるよな?」
「うん」
* * *
俺は高校に入るまで七菜波とはずっと親友みたいなものだと思ってた。
それぐらい仲が良かった。
俺が高1の春、美久と海斗が付き合い始めてそれまで4人で遊んでたけど、2人きりにしてやろうってことで自然と七菜波と2人になった。
梅雨に入ったある日、傘を忘れて止むのを待ってた。
そしたら、七菜波が教室にきた。
「渉、なんで残ってんの?」
「七菜波も、まだ帰らないのか?」
「私はノート忘れたから。」
「俺は傘。止むの待ってる」
「今日は止まないよ。」
「マジか~」
机に突っ伏して窓を見た。
確かに、止まなさそうだ。それどころかもっと強くなりそう。
俺が立ち上がった瞬間、窓の外が光って雷が鳴った。
七菜波は耳を塞いでしゃがみ込んでいた。
「七菜波、傘入れてくれ。」
「いいけど」
「良かった」
七菜波の手を引いて立ち上がらせて昇降口に向かった。
マジで昔っから雷苦手なんだよな。ただ、学校では大人ぶってるから他の人がいる前だと耳を塞ぐのは我慢してた。
傘立てにあった七菜波の傘を開いて、七菜波を抱き寄せて傘に入った。
「蒸し暑い」
「仕方ねえだろ。」
お前が怖がるから近付いてやってんのに。
「早く帰ろ」
「ああ」
徒歩通学だったから歩いて七菜波ん家に向かった。
その途中でコンビニがあったからビニール傘でも買おうかと思ったけどやめた。
七菜波に傘を渡そうと思っても怖いって顔に書いてあるからコンビニも入りづらいし。
学校近くの公園で、雨宿り中の同級生に会った。
「あ!渉、綾瀬さんと相合傘してんじゃん!」
「いいな~」
どこがいいか分かんねえ。
七菜波は雷が鳴る度ビビるから気を逸らせるために色々面白い話してんのに全く笑わねえし。
だから、俺って話すの下手なのか?って自信なくなってくるし。
「羨ましいなら変わってやるよ」
「え、マジで?」
七菜波は何言ってんの?とでも言いたそうな顔をして俺の制服のシャツを摘まんだ。
分かりやすすぎる七菜波の反応が面白くて笑って頭を撫でた。
「やっぱ変わってやんねえ」
「なんだよ」
「またな」
「ああ」
その場を離れて七菜波ん家に向かった。
その間、どれだけ話し掛けても何故か無視された。
ヤバ。怒らせたか?
やっぱ傘変わろうかっていうのは嫌だった?
「七菜波、さっきは悪い」
「………」
さすがに無視はキツイ。
七菜波ん家に着くまでひたすら話し掛けても全部無視された。
それからすぐに、七菜波ん家に着いてしまった。
「傘、後で返しに来てくれたらいいから」
「ああ」
やっと喋ったけど、声が怒ってる。
ヤバい。どうしよう。
急いで家に帰って、傘を持って七菜波ん家にまた来た。
怒ってるからいつもよりもなるべく早く返した方がいいはず。
「七菜波、傘ありがとうな」
「あ、うん」
傘を七菜波に手渡した瞬間、すごい勢いで光って続くように大きい音が鳴った。
そして、辺り一帯の電気が消えた。
あ、停電した。
七菜波は震えながらしゃがみこんでた。
動かない七菜波を担いで傘を閉じて家に入った。
「お邪魔しまーす」
まだ、両親も渚も帰ってないのか。
とりあえず七菜波をソファに座らせた。
雷がゴロゴロ鳴り続けてるせいか、七菜波はずっと耳を塞いでる。
「長谷川渉、歌いまーす!」
「は、」
俺のカラオケの十八番を歌ってみせると、七菜波はお腹を抱えて笑い出した。
まあ、俺は結構な音痴らしいから十八番って言ってもネタ枠だし。それにしても、
「やっと笑ったな」
「だって、下手すぎて」
「悪かったな」
それから数分経って、電気は復旧した。
帰ろうと思ってソファから立ち上がると、七菜波に腕を掴まれた。
無意識だったのかすぐに気付いて手を離したけど。
なんか、そのときの七菜波がめちゃくちゃ可愛く思えて気付いたらキスしてた。
「あ、悪い」
「悪い、じゃない!」
ってビンタされて気付いたら家から追い出された。
次の日の朝、七菜波ん家に呼びに行ったら七菜波のお母さんにが出てきて先に行ったって言われて走って学校に向かった。
教室に行くと、七菜波が机に突っ伏しててその周りをクラスメートが囲んでた。
「七菜波」
「チャラ男は黙ってて」
ヤバい。ガチギレさせた。
そうだよな~。普通怒るよな~。
昨日の俺、なんか変だったんだよな。
七菜波を可愛いって思うとか、好きみてえ。
………好きに、なった、んだろうな。
マラソンしたわけでもないのにこんな心臓がうるさくなるなんてそれ以外ねえよな?
マジで何してんだよ。嫌われたら意味ねえし。
荷物を置いて、俺も机に突っ伏した。
昼休み、1人になりたくて屋上の近くの階段で弁当を食べてた。
屋上は普段出入り禁止で鍵がかかってるから誰も来ない。
弁当を食べて思考を放棄するために寝ようとしていると、誰かが走ってくる足音が聴こえてきた。
そして、その足音は俺の前で泊まった。
目を開けると、美久が仁王立ちで立っていた。海斗もその後を追ってきていた。
「なあ、美久、海斗」
「なんだ?」
「なに?」
「俺、七菜波にキスした」
2人は口を大きく開けて俺の顔を見て何度も瞬きをしていた。
数分後、やっと情報が飲み込めたのか今度は騒ぎ出した。
「は、おま、は!?マジでそれ言ってんのか!?」
「てか、なんで急に!?」
「なんでって、好きになったから。七菜波のこと」
「は!?いつ!?」
「昨日?」
「キスって、口?」
「ああ」
「ああじゃない!」
海斗の質問に答えたのに美久にキレられた。
いや、まあ、キレられると思ってたけど。
受け入れてもらえないとしても、ちゃんと謝罪するべきだということで七菜波に謝りに行く事になった。
教室に戻ると、クラスメートの男子に囲まれていた七菜波は周りを気にする様子もなく窓から空を見上げていた。
俺は七菜波の前に行って床に座った。
「七菜波」
「………」
「昨日、許可もなくキs」
「黙って!来て!」
七菜波に手を引かれて渡り廊下まで走ってきた。
もう予鈴が鳴ったから、他の生徒はいなかった。
俺が握られていた手を見ていると、七菜波はハッと我に返ったように手を離した。
「教室で話す内容じゃないでしょ」
「悪い」
「ホントにね。幼馴染みだからって人のファーストキス簡単に奪って」
「悪い」
思ってたよりは怒ってない?
「昨日は本当に悪かった。」
「もう、いいけど。どうせ渉のことだから、キスしたら私が雷を怖がらないかな?とか考えててしちゃっただけでしょ?」
七菜波は昔からそういうところあるよね。と笑いながら俺の肩を叩いた。
七菜波の中の俺、そんな優しいの?
悪いけど、俺はそんなに優しい性格をしていない。
「違う」
「は?じゃあ何?誰とでもこんなことするの?それはさすがに、」
「違う!俺も、初めてだし。」
「じゃあ、なんで?」
誰にでもキスする軽いやつって思われたくはない。
けど、学校でしかも教室から丸見えの渡り廊下で告白するのはなんか、恥ずいな。
「七菜波のことが好きになったから。」
「は?」
「俺は、綾瀬七菜波が好きだ。七菜波の彼氏になりたい」
「………ごめん」
「ああ。じゃあ、また告白する」
「そう言うと思った」
生憎俺は諦めが悪い。
七菜波も断ってはいるけど、俺がすぐに諦めるとは思ってなかったのだろう。
仕方ないな、とでも言いたそうな顔で笑って教室に戻った。
放課後、部活に行く前。まだ教室にクラスメートがいるとき。七菜波の席の前に行った。
七菜波は“まさか……!”という表情を浮かべていたけど、俺は笑って七菜波の顔を見下ろした。
「七菜波が好きだ」
「なんでここで言うかな。」
「牽制」
「ま、いいけど。」
「付き合って」
「お断りします」
笑顔で断られた。
それから、好きだと感じる度に七菜波に告白をしていた。
そんなある日、七菜波と美久が話してる声が聞こえてきた。
「七菜波さ、なんで告白断ってるの?」
「え」
「小学生の頃からずっと片想いしてたじゃん」
「こっちの気持ちに全然気付いてくれなかったから仕返し的な?」
「そのうち、ホントに諦めたらどうするの?嫌じゃないの?」
「………」
なんだ。片想いじゃねえのか。
その日の帰り、いつも通り七菜波と2人で帰った。
俺は少し、七菜波にイタズラを仕掛けることにした。
「七菜波」
「なに?」
「今日、俺の家来ない?」
「いいけど」
「1回家帰ってから来るか?」
「あ、うん」
「分かった」
七菜波は着替えてからうちにやって来た。
俺の部屋ではいつもゲームをしてるけど、今日はボードゲームにした。
七菜波は驚きつつも楽しそうにしていた。
外がだんだんと赤く染まっていって、七菜波はそろそろ帰る筈だ。
だけど、そんな素振りを一切見せない。
「帰らねえの?」
「帰ってほしいの?」
「いや。住んでもいいけど」
「それは断っとく」
七菜波が俺を好きなら、帰らない理由は分かる。
俺が、今日一度も七菜波に告白をしていないからだ。
七菜波はきっと俺が告白するのを待ってる。
だからあえて俺は告白をしない。
「渉さ、今日どうしたの?」
「ん?何が?」
「告白してこないから」
「あれ?そうだっけ?」
「………好きじゃなくなったの?」
「まあ、これだけ脈が無さそうならな」
「っ、」
七菜波は目を逸らして俯いた。
俺が諦めるわけないのに信じてる。
ぶっちゃけ、七菜波が俺を好きとか嘘だと思ってたけど、この反応を見る限り本当なんだな。
「帰る」
「ああ」
玄関まで送ると七菜波は靴を履いてドアノブに手を掛けた。
けれど、ドアを開けることはなく立ち止まっていた。
「脈なしじゃ、ないから」
「え~、どういう意味?ちゃんと言ってくれねえと分かんな~い」
「だから、私も渉のこと好きだから!」
七菜波は振り返って俺の目を見た。
俺はニッと笑って七菜波にキスをした。
「俺の部屋戻る?」
「戻らない。帰る」
「悪い。冗談だ。浮かれすぎてるだけ。俺と付き合って」
「いいよ」
* * *
「ヤバ。なんで付き合ってすぐに手出そうとしてるの?」
「健全な男子高校生だったんだよ」
「誓約書って、渉くんのせい?付き合ってすぐに手出したりしないように?」
「違う。俺はすぐじゃない。2週間ぐらい経ってから」
「早いし!」
「別にいいだろ?ちゃんと責任取ったし。25年前に結婚したし」
いや、まあそうだけど。
最初キスしたときに、お母さんがお父さんのこと好きじゃなかったらお父さんワンチャン殺されてたよ。
好きだったからビンタで済んだみたいだけど。
「だから、話したくなかったんだよ」
「私は子供に馴れ初め聞かれても平気で答れそう」
「こ、ども」
蒼空くんが少し赤くなって口ごもるとお父さんがお腹を抱えて笑った。
「葵、あんま蒼空のことからかってやんな」
「別にからかったつもりはなかったんだけど」
「へ~」
「じゃあ、私はそろそろ寝るね。おやすみ~」
「お~」
「おやすみ、」
翌朝、起きて朝ごはんを用意した。
朝ごはんは私が作ることが多い。
というか、蒼空くんがお弁当を作る横で朝ごはんを作ることが多い。
けど、今日はサンドイッチのお弁当らしく具材はできてるから後は挟むだけみたいで蒼空くんはまだ起きてこない。
代わりに、お父さんが起きてきた。
「おはよう」
「はよ」
「蒼空くん寝てた?」
「ああ。昨日飲ませ過ぎたかも」
「大丈夫だよ。蒼空くん、二日酔いしてるの見たことないから」
「そうか」
朝ごはんが出来る少し前に蒼空くんが起きてきた。
蒼空くんはすぐにサンドイッチと小さなお弁当箱に入れるサラダを作ってご飯を運んでくれた。
寝起きでこんな動けるのいいな。
私、起きて10分は大した思考もできない。
朝ごはんを食べて、お父さんに車で大学まで送ってもらう。
なんか、こうやって助手席に座るの久しぶりだな。
「家、どうだった?」
「安心したわ。やっぱ蒼空がいるから生活はしっかりしてるし。葵に寂しい思いさせるよりはこっちの方がいいなって分かったわ」
「寂しい思い?」
「ほら、昔、俺が仕事続きで仕事やめて!って泣きついてきたことあっただろ?」
人の黒歴史を掘り返さないでほしいんですけど。
けど、お父さんは懐かしそうに、嬉しそうに話を続けている。
「あのときは、葵をなだめるの大変だったな」
「それは申し訳ないです」
「けど、嬉しかった。全然話せてなくても、ちゃんと葵の大好きなお父さんでいられたことが」
「それはお母さんのおかげ」
昔、お父さんのことをあまり知らなかった。
保育園の送り迎えも、お出掛けも、お父さんが仕事でいないことが多かったから。
「お母さんが、私たちにお父さんの話をたくさんしてくれてたんだよ。高校時代のなんでもないこととか、お父さんの失敗談とか」
「知らなかった」
「お父さんのことを話すお母さんの笑顔が大好きだったからお父さんのことも大好きだったんだよ」
お父さんは泣くのを堪えているのか目を見開いて唇を噛んでいた。
うちのお父さんは意外と涙もろいみたい。
お父さんはダサいとこみせて悪いなんて言って笑ってる。
けれど、ダサいなんて思わないからね。
「まあ、この話の続きはプロポーズされてからにするよ」
「案外近い未来かもな」
「だといいな」
笑ってシートベルトを外した。
「じゃあ、行ってきます」
「ああ。いってらっしゃい」




