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いつかの君に、今の君に

作者: 岡山 莉奈

 何故だかは今も分からないけど、あの時、本当に輝いて見えたんだ。


 「クラスのグルーブチャットあったほうがいいよねって、向こうのテーブルはみんな確認したから、こっちも教えて」


 輝いて見えたってのは、キラキラしてて見惚れてしまったとかそんな訳じゃなくて、ただ何故か「こいつは絶対面白いやつだ」って思えたから。

 他より面白そうなやつだって思ったから、輝いて見えた気がした。

 多分、あいつが面白いって一番に気付いたのは俺だと思う。



 大学入学直後のオリエンテーション。

俺は都内出身じゃないけど、実家通いでも通学時間としては許容範囲の一時間。

 偏差値的にも十分狙える都内の端っこにある大学へ進んで、初日が始まって数時間で知り合ったのが佐藤えりだった。


 容姿は普通。すごいかわいい顔してるとか、芸能人みたいなスタイルとかではなくて、まあでもハッキリした顔立ちだなと思う。女子にしては少し背が高い。

 別に変なやつでもなんでもない。でも、何故だか面白そうで仕方なかった。


 今思い返すと、細かい会話の内容はあまり思い出せない。

でも佐藤が喋るとなんだかおかしくて、いつも俺は笑ってしまって、それに対して「何がそんなにおかしいんだ」って困ってそうな、でも困っていない顔で同じように笑う佐藤が、結局のところ好きだったんだと思う。



 佐藤はあまり大学に来なかった。

 たまに授業が被れば、近くの席で話すことは多かった。

1,2年の間は必要な単位は取りに行くけど、できるだけバイトの時間を確保するんだと。

 俺と同じ実家通いだけど、佐藤は通学に一時間半かかるから、サークルにも入らずバイトばかりしているらしかった。


 たまに大学に来ると同じクラスの女子たちと昼飯に行くのを見るし、特に仲の良い女子とは一緒に課題をやったりもしてるらしい。

 この間はその女子が彼氏に振られて落ち込んでるとかで、一緒に必修をサボったみたいで顔を見なかった。

 水曜はその必修でしか会うことがないから、次の日にサボりをからかったらサボっちゃった〜なんて呑気に話していた。


 その女子以外とは、仲が悪いわけではないけど、良くもなさそうな感じがした。

 見てても、なんていうか、あんまり輝いてはいない。



 ある時、佐藤が全然大学に来なくなった。

 佐藤自身が彼氏と別れて、大学がどうでもよくなったらしい。

 久々に大学で会った時に、それでバイトだけしてたんだ〜なんて、また呑気に話していた。

 俺と佐藤の関係は、そんな会話に「ふーん、そっか」「せやで〜もういいんだけどね!とりあえず被ってる授業の課題とか試験とか教えて」って、何でもないように流してしまう関係だった。



 最近の佐藤は、あんまり楽しくなさそうだった。

 大学は来るけど、つまらなそうに授業を受けて、さっさと帰ってバイトに行く。

 周りに合わせることが嫌になったのか、1人で駅前の飯屋に入って行くのを見たり、学食でぼーっと昼飯をとっているようだった。


「佐藤さ、サークル入んないの?」

「サークル?新歓の時期はバイト決めるのに余裕なくて全然見なかったから、よく分かんないんだよねえ」

「暇ならうちのサークル来なよ、特に何もしないサークルだから」

「井上のとこの?何もしないってどういうこと?」

「んー、部室でだべって、酒飲んでタバコ吸って、麻雀するか桃鉄やってる」

「なんだそりゃ。麻雀ルール分かんないんだけど」

「別に麻雀はできなくて大丈夫。ちょっとおかしいやつが集まってるとこだから、一回来てみなよ面白いから」


 そうして佐藤は俺が所属していた、本当に何をしているんだかよく分からない交流サークルに入った。

 佐藤も部室によく顔を出すようになり、ぼーっとタバコを吸ったり、桃鉄100年に挑んだりしていた。

 俺が呼んだからというのもあるだろうが、どうも佐藤は人見知りをするタイプらしく、他の人とも話すけど俺が行くと嬉しそうに話しかけてくるのが、俺も嬉しかった。



 佐藤は酒が好きだった。

 どこの大学も一定数のクズがいたりすると思うんだが、うちのサークルはそこまでハメを外すやつはいない。

 せいぜい留年したり、麻雀で大負けしたり、酔っ払って服を脱ぎだす男たちがいるくらいだった。


 佐藤は酒を飲むと普段よりかなり雰囲気が柔らかくなって、よく喋るようになって、ご機嫌に日本酒の一升瓶を抱えていた。

 かなりのヘビースモーカーでもあったから、これで麻雀か留年が揃えば立派なクズだなと先輩たちにも笑われていた。

 饒舌になった佐藤は、馬鹿になるのではなくむしろ普段控えているのか、難しいことを早口で好きなように喋り出す。

 ほんとはもっとこうしたいんだよね、言うなら動けばいいんだけどさ、まあでもこの間こんなことしてみたからなんとかなるだろ!など、よく話が飛んで理解するのが大変ではあったが、多分あの頃の佐藤は悩みが多かったんじゃないかと今思う。

 酒の力で悩みが吐き出せるなら、まあいいんじゃないかと思った。



 しばらくぶりに見た佐藤は、少し疲れている様子だった。

 「昨日飲みすぎたのか?」と聞いたら、「そうなんだよ、今月から水商売を始めてさ」と返ってきた。

 俺は頭の中に?マークがたくさん浮かんだ。水商売?それって大丈夫なのか?


 佐藤が言うには、親の病気と兄弟の学費の問題があるから、あまりキツくないガールズバーで働き始めたという話だった。

 大学に来るのに支障はないのかと聞いたら「そもそも出欠のいらない授業ばっか取ってるから、試験できれば大丈夫でしょ」と言った。

 確かに授業で見かけることは1年前と比べてかなり減ったし、それでも前に見せてもらった成績表は悪くない成績だった。


 これは俺の独り善がりだろうと思う。けど、佐藤と俺は決して悪くない仲だったと思う。

 悩みがあるなら聞いてやれたし、むしろ聞くべきだったと今は後悔している部分もある。

 本当は、周りのやつらに合わせるの楽しくないんだろ?お前と比べると頭悪いやつ多いもんな、お前面白いけど人付き合い上手くないから、素のままが一番面白いのにそれができないから余計つまんなくなるんだよな。

 大人になった今なら、もう少し佐藤が思ってたこととか受け止められたんじゃないかな。



 もうすぐ本格的な冬が来るという時、佐藤に誕生日プレゼントで酒をあげた。

「なにこれ飲んだことない!リキュールか、飲み方調べよ!!!」

 大喜びで調べて、そのリキュールをウイスキーで割るとおいしいと知った佐藤は即購買に走り、部室で「ゴッドファーザー」というカクテルを飲み始めた。

「うまい!!ありがとう!井上も飲みなよ!」

 そう言われてもらった酒はかなり強くて、一杯でもかなり効くような酒だった。

「やっばい酒だなこれ俺きついわ」

「ええ〜そっか、でもありがとねほんと!」


 強いお酒だからこそ、ご機嫌に飲み進めていた佐藤。

 すぐなくなったらもったいないからと、その日は二杯で飲むのをやめていた。



 もう年末を迎えようという時だった。

 部室に来た佐藤は、早々にお気に入りのカクテルを作り始めた。


「私が働いてるガルバさ、両隣がソープなんだよね」

 会話の内容は、少し不穏だった。

「最初は隣に行こうか悩んだの、でもそこまでするほどの大学なのか?とか考えちゃって、今の店に落ち着いてるんだけどさ、もうなんなんだろうね、なんかもうどうでもいいや」


 同じようなことを繰り返し話していて、珍しくかなり酔っているのがわかった。

 家のことでどうしても金銭的な負担が辛かったこと。

 ほとんど大学には来れていないのに、毎日大学にいる人たちより自分のほうがよっぽど成績のいいこと。

 周りだっていろんな想いや事情を持つ人がいるだろうけど、今の気持ちだと肯定的に受け止められない自分になっていること。

 店に来た経営者に誘われて会社の手伝いに行って、将来について悩んでいること。

 今部室に来てみたら、勉強やバイトが多少うまくいかなくても親からの援助で生活に不安がない人が自分の周りに多かったこと。


 ただの僻みだ、自分の努力が足りない、視野を広げてやれることを増やしたらいいんだ、頑張ればいいんだよね。

 泣きそうなのか分からないけど、酒が回ると言いながら部室のソファにもたれかかって、佐藤は管を巻いていた。


 そして、佐藤は大学を辞めた。



 あれから10年以上経った。

 今の俺ならきっと、佐藤にほしい言葉をかけてあげながら、より良いほうへ進むための道を示してあげられるんじゃないかと思う。

 そもそもあいつは頭のいいやつだから、昔に戻れるなら俺に何を言われるまでもなく良い方向へ動けるんだろう。


 どちらかというと、ダメなのは俺のほうかもしれない。

 佐藤が大学を辞めてから、佐藤になんとなく雰囲気の似た後輩と付き合ってみたりして、3ヶ月もせず別れてしまった。

 別に佐藤と重ねようなんて微塵も思ってなかったけど、周りが彼女に佐藤の話をしたり、似ているなんて言ったせいもあったのか、彼女はかなり気にしていたようで、俺はうまくフォローもしてあげられない最低の彼氏だった。


 佐藤が大学を辞めたからといって、付き合いが途絶えたわけではなかった。

 たまに同期で集まったり、俺たちの追いコンにも来てくれたと思ったら後輩たちの計らいで一緒に追い出される形になり、密かに喜ぶ顔が見れて自分のことより嬉しくなった。


 就職してからは、佐藤の職場が近かったらしく数回飲みに行った。

 なんてことない、他愛ない話をたくさんした。

 今彼女いないの?と聞かれ、うっかり2年以上好きだった人を引きずってるとこぼしてしまい、ごまかすのが大変だった。結局力技で話を切り替えた。


 佐藤は一年前に結婚して、SNSを見る限り旦那さんとは幸せそうなようだ。

 俺も、3年間一緒にいてくれた今の彼女を大事にしたいから、そろそろ覚悟を決めて将来の話をしようと思う。


 佐藤に対しての未練はない。付き合ったことすらないし、そもそも告白だってしてないから彼氏面なんておこがましすぎるんだけど。

 ただ心の中に、あの時の自分が幼すぎて何もできなかったことがトゲになって残っているから。


 だから、戻れるならいつかの君に。戻れなくても今の君に伝えたい。

 お前の面白さを大学で一番に見つけた友人として、愚痴くらいは聞くからまた飲みに行こう。

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― 新着の感想 ―
[一言] 忘れられない恋愛ってありますよね。 あの時こうしておけばよかった、今だったらこうできるのに。 主人公の気持ちがすごくよく伝わってきました。 今こうやって振り返ることができているのは、佐藤さん…
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