第4話 魔王と戦ってみたのだが
「この辺に魔王がいるんだよな」
『いますね』
俺はできるだけ戦闘を回避して魔王のところへ急いだ。見かけたらマッドジャッカルは倒すこともあったが、それ以外のヒョウみたいなものとかライオンみたいなものは体がでかい分、手強そうなので風下のほうに迂回してとにかく東へ向かった。タイムリミットは50日しかない。どんなトラブルがあって足止め食らうかわからないし、それに地球では妹が俺の帰りを待っている。たった一人の肉親である兄がいきなり行方知れずになったのだからかなり心細い思いをしてるはずだ。
ちなみに途中で戦利品として拾った重力銃だが全く使ってない。拳銃に似た形状でラッパのように広がった銃口と引き金が付いておりおもちゃのように軽い。捨てるのももったいないので腰からぶらさげている。
予定より早く18日目に目的地へ到着した。そこには魔王城というわかりやすいランドマークは無かった。あるのは丸いテーブルが一つ。
「こんなところにテーブルがあるぞ」
近づいてテーブルを良く見るとテーブルの上にボタンが一つ・・・早押しクイズでもやるのだろうか?
『そのボタンを押すといよいよ魔王が登場します』
「シュールだなー。雰囲気もへったくれもない」
『準備できたら押してみることですね』
「その前に魔王の情報を教えろ」
『ありません』
「え?」
『魔王戦は情報無しで戦ってもらいます』
「・・・」
『大丈夫だすって!勝率はけっこう高めに設定してあります』
「何パーセントだ?」
『50%です!』
「半分じゃねーか!」
『あとはよろしくね!』
澄子は消えやがった。
とくに準備は必要ない。片手剣を構え、二度振り回す。ぶんぶんと。
体調問題なし、昨夜は十分睡眠をとったから頭もすっきり。
ここまで無敗で来た。きっと楽に設定してあるのだろう。だから次もきっと大丈夫だ。
覚悟を決めてボタンに親指をかける。
「ポチッとな」
昔見たアニメの掛け声をかけてボタンを押す。
10mほど先で砂がものすごい勢いで地面の下から噴出する。まるで砂の間欠泉だ。その噴出する砂の間欠泉の中から人影が見える。どうやら次の対戦相手は人型モンスターのようだ。そいつは・・・魔王は一歩踏み出して砂の間欠泉から出てくると、こちらを憎しみをこめた赤い目で睨んできた。
現れた魔王は・・・俺だった。
顔も背格好も装備まで全く俺と同じ。ただ一つだけ明確な違いがあった。その魔王は俺とそっくりだが、目が真っ赤だった。
「俺だ・・・目が赤い俺・・・」
そう魔王は俺のクローンだ。ただし目の色素だけがない。
俺は動けなかった。こいつは俺の遺伝子をコピーしたクローンだが、記憶や自我はどうなっているのかわからない。はっきりわかっているのはこの魔王と称するラスボスは、間違いなく人だということだ。
魔王は重力銃をこちらに向ける。危ない!しかしあまりの事態に体が動かない。やがて胃の辺りをものすごい勢いで引っ張られる。これは苦しい。痛い。抵抗できない。50m/s2で胃や肺を引っ張られるのだ。ものすごい激痛をやわらげるために本能的に前に走りだす。
その方向に魔王の俺がいる。敵か味方か?きっと味方に違いない。あれ?味方が俺に重力銃なんて向けるか?
そう考えたときはもう手遅れだった。魔王は左手の重力銃を俺に向けたまま、右手に持った剣を剣道の片手胴で俺の胴に斬りつけた。
(グァッ!)
声にならない悲鳴。自分の悲鳴。いや断末魔か。
力を失って地面に転がる俺の体。魔王の剣はレザーアーマーを突き破り、俺の横腹を切り裂いていた。裂かれた腹から飛び出す腸。あふれる血。
激痛にもだえる。魔王は俺の髪を掴んで持ち上げ、そして俺の喉に剣を当て引いた。俺の喉が斬られた。空気が喉から漏れてヒューヒューと音をたてる。血が脳に行かなくなり意識が遠のいていく。かすかな意識の中ではっきりと澄子の声が聞こえた。
『チッ、あっさりやられちゃって』
俺は死んだ。
★★★★★
「うぉぉぉぉーーーー!」
俺は飛び起きた。そして急いで腹と喉を触る。無事だった。痛みはない。苦しみもない。太陽(この惑星の主星のこと)がじりじりと肌を焼く痛みだけを自覚した。
『意識が戻ったようだね』
澄子の声がする。だがそれどころではない。俺は間違いなく死んだ。俺の肉体は死んだはずだ。何しろ腹と喉を裂かれた。修復不可能な圧倒的な傷。二度と戻ってこない大量の血。飛び出した腸。喉から漏れる空気の音。確実な死。
だが今の俺は五体満足だった。記憶と現実の矛盾。
『落ち着きましたか?』
澄子が尋ねる。
俺は息苦しくハーハーと呼吸しながら、しわがれた泣きそうな声でこう訴える。
「俺はどうなった?」
『死んだから損傷部位を再構築しました。ちなみに記憶は最新状態です』
生き返ったということか。
「・・・魔王は俺のクローンだった」
『正確には違いますが、まあ合ってます』
「なんなんだ・・・なんなんだこの実験は?」
『同じ能力の対戦相手にどう対処するか?という実験です』
「いい加減にしろ!あいつは俺で俺のクローンで人なんだぞ!」
俺は絶叫した。心の底から。こんなに叫んだのは生まれて初めてだ。
『それがどうかしましたか?』
しかし澄子は平然としていた。そりゃそうだ。こいつは人ではない。
「あいつの人格はどうなってるんだ?あいつの記憶は?あいつの今後の人生は?どうなるっていうんだよ!?」
『自分を殺した相手の心配ですか?私たちは魔王の人生には興味ありません。なんといっても魔王ですし』
「なんていうことを・・・なんということをしてくれるんだ!」
『人間は生まれながらにして人権があるって?いつまで甘えたことを言ってるのですか。そんなのは地球の表面でしか通用しません。ましてや私たち高次元知性体には何の意味もありません。あなたたちが毎日食べてる豚や牛は生きる権利はないのですか?あなたが倒したマッドジャッカルは?私たちから見るとどれも同じです。魔王などは私たちが創って命を授けたかりそめの生命でしかありません』
「・・・」
『はっきりしているのは、あなたは魔王を倒さないと地球へ帰れないってことです』
残酷に宣言する澄子。澄子の顔は笑っているわけではない。怒っているわけでもない。澄ました顔で淡々と事実を述べる、そんな感じだ。だが俺にはその整った顔がとても残酷に見えた。
「・・・ク・・・ハハハ・・・ハハハ!」
俺は笑った。笑いながら頬に涙がつたわる。
『狂いましたか?涙流しながら笑ってますよ』
「ほっとけ、クソヤロー!!」
この涙は何かって?自分のクローンを殺さなければならないという実験を呪ったのか?
人を殺さねばならないという罪悪感か?
実験の非人間性に対する抗議か?
全部か。
『ここで人を殺しても誰も見てないんだし・・・』
「うるさい、黙れ」
澄子は素直に手で口をおおう。
・・・・・
どれほど時間が過ぎただろう?5分?それとも5時間?
誰もいないサバンナで茫然自失して俺は座り続けた。
脳内装置に尋ねると日没まであと2時間、タイムリミットはあと32日と反応があった。
「今日はもう寝る」
『そうですか、そろそろタイムリミットに気をつけ・・・』
「わーってるよ!」
足元を見ると重力銃と寝袋と他にもいろいろ転がっていた。
「ここはどのへんだ?」
『出発地点に逆戻りです』
「デスペナルティーってか?まあ、いい。盾を用意してくれ」
『うん?盾の取り扱いには慣れてないはずですが』
「いいから出しとけ」
『・・・まあ今日のところは・・・おやすみ』
珍しく澄子が言いよどんだ。しかしそんなことはどうでもよかった。俺は寝袋にもぐりこむ。
やるしかない・・・これは実験だ。そう自分に言い聞かせて眠りについた。