第3話 誰もいない惑星で魔王討伐することになったのだが
『この惑星は表面重力加速度9.8m/s2、平均大気圧1010hPa、大気の組成は酸素20%窒素80%その他少々。ここのサバンナの平均気温は25度。地球のサバンナとほとんど同じです。ただし一日の寒暖差が激しいので夜は風邪引かないように、昼は熱中症にならないように気をつけてください』
「あー、ハイハイ」
もはや理解するのはあきらめた。こうなったらとっとと実験を終わらせてさっさと地球に帰るのみだ。
『ここでの実験ですが、魔王討伐をやってもらいます』
「え?魔王がいるのか?」
『あなたのために用意しました。惑星まるごと一個使ってロールプレイングゲームができるのってあなたくらいですよ。喜んでください!』
「うれしくねー」
『ここから東へ400kmのところに魔王がいます。途中、モンスターや中ボスがいるので倒していってください。そうすると貴重なアイテムを落としますので、うまく利用して魔王戦に役立ててください』
「このサバンナを400kmも歩くのか・・・一日20km歩いても20日かかるな。待てよ、一日の長さは地球と同じなのか?」
『おっと、言い忘れてました。一日23.7時間です』
「水や食料は?」
『やる気になってうれしーですー』
澄子によると水や食料は都度支給してくれるそうだ。ただし再構築するのに1時間かかるらしいのでその場で待機しなければならない。
武器は両手剣、片手剣、盾、槍の中から選択だ。俺は小学生のとき剣道部だった。3年で辞めたけど。その辺に落ちてる武器から、最初は両手剣を手に取ってみる。両手剣は長さ120cm程度。振ってみる。小学生のときの記憶をたどりながら型通りの面と胴を。金属製なので竹刀に比べるとかなり重い。2,3回振り回すことはできるがそれ以上は無理だ。試しに片手剣を両手で持ってみるとこっちのほうがしっくりきた。結局武器は片手剣にする。
防具はレザーアーマーかチェーンメイルの二択。400km歩かなければならないことを考えて軽いレザーアーマーを選択する。レザーアーマーといっても皮製のチョッキという感じであまり防御力に期待はできない。装備しないよりはマシという程度だ。
後は普段着ているジャージとウォーキングシューズだ。室内にいたはずなのにいつも履いてるウォーキングシューズも転がっていた。
それとこの惑星の50日以内に魔王を討伐しないとゲームオーバーになるらしい。ゲームオーバーで地球に帰れないという。なんという理不尽さだ。まあ歩き続ければたどり着ける距離だ。なんとかなるだろう。
『以上で準備は完了です。では冒険に向かって第一歩を踏み出してください!』
「あのさ・・・」
『何ですか?』
「魔法って無いのか?」
『魔法?将来のノーベル物理学賞受賞者が魔法?ハッ!そんなのあるわけないじゃない』
澄子は残念なものを見るような目で俺を見る。止めろその目つき。美少女なだけにダメージが大きい。
『もうちょっと現実を見てほしいですね。魔法は物理法則から逸脱してます』
「だけどRPGなんだろ!」
『魔法がないRPGだってあります』
「ぐ・・・」
『あ、でも一つだけ魔法と呼べるものがあります』
「へ?あるのか?どんな?」
『重力魔法ですね。モンスター倒したらきっと魔法アイテムが出てきますよ』
こうやって惑星まるごと1個使ったRPGという名目の実験が始まった。RPGっぽい設定になっているのは俺を楽しませてやる気を出すためらしい。ただしNPCはいない。仲間もいない。助けるべき王女様もいない。誰もいない惑星で魔王討伐だ。攻略ルートは東へ一本道。クソゲー以下だ。どこにやる気をだせと言うのだろうか。
歩き始めて30分、澄子が警告を発する。
『1km先にモンスターがいます』
とにかくだだっぴろいサバンナなので1km離れていても見えてしまう。そのモンスターはイヌの姿をしている。ただし教えてくれないと気づかなかっただろう。視力2.0の俺でも点にしか見えない。
『マッドジャッカルです。肉食ですばしこいですが、それほど強くありません。健人なら余裕で勝てます』
澄子がアドバイスをくれる。せっかくだし一戦してみる。約300mまで近づくとマッドジャッカルも俺の匂いを嗅ぎつけたらしく、こっちに向かって走ってくる。俺は剣を抜いて待ち構える。そして澄子はというと両手にボンボン持ってチアリーディングをはじめた。
『健人、がんばれー!ファイトー!』
おい片足を頭上に上げるのはやめろ、見えてしまうだろうが。見た。見えた。黒だ。メイド服と同じ生地のアンダースコートだった。少し残念。
い、いかん。正面に視線を向けると、マッドジャッカルが目の前に迫ってきた。体長60cm肩高40cmくらいだろうか。武器は爪と牙か。小さいしどう見ても弱っちぃ。
間合いに入ったところで剣道の面を打つ。頭の位置が低いのでほとんど地面に叩きつけるかのように。金属製の剣の重さを利用する。
ゴキッ!
マッドジャッカルが俺の首を狙って跳びかかろうとしたところにカウンターで綺麗に面が決まる。頭を叩き割られたマッドジャッカルはそのまま動かない。頭蓋骨骨折、即死だ。このモンスターはまっすぐ突っ込んできた。人間に攻撃されることを全く考えてもいなかった。よく考えればこの惑星には人がいない。鋭い爪も牙もない無力な動物でいい獲物だとでも思い込んでたようだ。
(ゲームと違う。死んだモンスターの死体が消えることはない。やっぱり現実なんだな)
『おっとー、戦利品はいきなり重力銃だーーー!』
澄子が嬉しそうに叫ぶ。
いやその戦利品、出しているのは澄子だろ。自作自演のゲームに萎える。
「そいつはどうも。で、重力銃ってなんだ?」
『これが出発前に言ってた魔法アイテムです』
「ほう」
俺は近くに落ちているはずの戦利品を探すが見あたらない。
『今、再構築してますので1時間待ってください。その間に説明をします』
食料や水だけでなく、戦利品も再構築するんかい!
『重力銃は重力子レーザーを照射できます』
「えっと、重力が作用するってことか・・・加速度はいくつ?」
『1m/s2から50m/s2までダイヤルで調整できます』
50m/s2といったら1秒間に秒速50m=時速180kmまで加速する。すごい加速だ。すごい加速なのだが・・・
「うーん、使い道がわからん。ええっと。おいこら。それを下に向けて照射したら惑星軌道がずれないか?」
『そこは大丈夫。有効距離は10mです。10mならばたいした影響はありません』
「10m・・・あれ?重力は無限遠に作用するはずだが」
『10m先で反重力子と対消滅させています』
対消滅とは素粒子と反素粒子が衝突し、エネルギーや他の素粒子に変換する現象のことだ。確か重力子も反重力子も質量を持たないのでそれほど大きな影響はないはずだ。
「ほう、つまり10m以内のものを引き寄せると・・・それどんな使い道がある?」
『そこは自分で考えてください』
「あ、そう。まだあるぞ。重力は本来距離の二乗に反比例するはずだ」
『重力子レーザーと言ったように重力子をコヒーレントに照射できます。なので距離に関係なく重力は一定です。レーザーという言葉は本来光子に使うものですが、他にいい言葉がないので転用しました』
「そうか・・・しかし何に使えるのかさっぱりわからん。・・・あ、ひらめいた」
『お?』
「自分に向けて照射すればすんごい加速で移動できるんじゃね?400kmの距離もひとっとびだ」
『それはやめたほうがいいです。重力子レーザーの直径は15cmです。体全体を覆うには狭すぎます』
「あ・・・」
『重力子レーザーが当たってないあなたの体の組織は-50m/s2でおいていかれます。肉離れや骨折する危険があります』
「あぶね!・・・これのどこに使い道があるんだ?」
『何も利用方法が思いつかないなら、それがあなたの限界ってことです』
ムカつく女・・・いや高次元知性体だ。