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次元の彼方に  作者: 近藤圭介
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第1話 ある日スマホが勝手にしゃべりはじめたのだが

 俺は時任健人(ときとうけんと)、二十歳、大学二年生だ。


 両親はいない。今年の春に交通事故で二人とも亡くした。家族は妹が一人、4歳年下の高校一年生だ。その妹と二人暮らしをしている。両親は家とまとまった資産を遺してくれた。その遺産で俺と妹は生活している。だがそれほど余裕があるわけではない。なので俺は大学卒業したら働くつもりだ。まっとうに。


 家事はほとんど妹がやってくれてる。俺の役割といったらゴミ出しくらいだ。妹が料理・買物・掃除・洗濯と毎日ソツなくこなしてくれている。兄の目から見てもしっかりした妹だ。両親が死んだときは一週間泣き通しだったけど。


「おやすみー」

「おう、おやすみ」


 妹は寝る前に必ず廊下から声をかける。それに俺が応える。毎日繰返すうちにいつの間にかできあがったルール。「おはよう」「いただきます」「いってきます」。親しき仲にも礼儀ありとはよく言ったものだ。実は両親が生きてた頃はそれほど仲が良かったわけではない。挨拶すらほとんど交わさなかった。両親が死んでからだ。ちゃんと挨拶をし、その日の出来事を食事を取りながら話すようになったのは。今では声の調子でその時々の気分までわかってしまう。今の妹はとても眠そうだ。5分もすれば眠りに落ちるだろう。俺はテレビのボリュームを落とす。 


 そんな妹とのささやかな生活を送っていた夏休みのある日の夜、突然そいつは現れた。


『もしもし・・・もしもーーーし!』


 俺は若い女性の声がしてくるほうを見る。その声は机の上に置いたスマホから聞こえてきた。スマホの画面が明るく光っている。


(あれ?着信かな)


 納得しないままスマホを手に取る。いつもと違う着信音。加えてスマホの画面には露出度が高いメイド服の美少女が立っていて、こうしゃべりかけてきた。


『はじめまして、私は高次元知性体です。よろしくです』


 そう言ってペコリとお辞儀する。画面の中とはいえ、仕草がかわいらしい。メイド服もかわいらしくデザインされている。ミニスカに半袖、肩が出ていて、胸のカットも大きめだ。髪は長く腰まである。カチューシャが頭に乗っている。スマホ画面の下のほうに字幕が出る。「高次元知性体」と。


 しかし言ってることは意味不明だ。俺たちが住んでる宇宙が時間・縦・横・高さの4次元時空とすると、この美少女メイドは少なくとも5次元時空以上の宇宙から来た知性体ということになる。いや仮にそうであってもなぜメイド服を着てるのよ?


『あのー、聞こえているはずなんですが・・・』

「あ、一応聞こえてます。君はスマホのアプリかな?AIで会話する感じの?」


 最も現実的な推測だろう。そう、これはスマホのアプリに違いない。でもそんなアプリをインストールした覚えはないが。


『違います、私はれっきとした生きた高次元知性体です!ここは誤解なさらないでくださいね。ここで誤解しちゃうと話が始まりませんので』

「うーん・・・なぜ高次元知性体が俺のスマホの中にいるんだ?」

『順を追って説明しますね。私たちはついになし遂げたのです!』


 そう言いながらスマホ画面の美少女はサムアップをした。いちいち仕草がかわいい。


『私たちは5次元時空の知性体です。ちなみにあなたは4次元時空の知性体です。ですから私たちよりも1次元だけ低いのです!』


 なんだか馬鹿にされたようでちょっとムっとする。だが少なくとも今の美少女メイドは2次元平面上の存在でしかない。そう思って気を静める。


『今まで何度も5次元時空から4次元時空の観測を試みてきました。そしてついに地球時間の3ヶ月前に、特異点を通して電磁波の観測に成功したのです!』


 スマホ画面の中の美少女メイドはまるで鬼の首をとったかのように高らかに宣言するのであった。


 たしかにそれはすごいことなのかもしれない。例えば4次元時空に住む我々地球人は3次元時空を観察する手段など誰も見出していないはずだ。いやそもそも3次元時空が存在するのかすらわかっていない。


「そ、それはすごいですね」

『そうでしょう、そうでしょう、そうでしょうとも。あー苦節(ピー!!)年、長かったわー』

「苦節何年だって?」

『あ、禁則事項でした』

(こいつアニメの知識を持ってるな)


 そう、そのせりふは15年ほど前にヒットしたアニメの有名なせりふだった。


「3ヶ月前に観測に成功して、それがなぜ俺のスマホの中にいるんだ?」

『だから順を追って説明しますってば。せっかちだと女の子に嫌われるぞ?』


 人差し指を立てて説教モード。余計なお世話だけどかわいいから許そう、と俺は心の中でつぶやく。


『3ヶ月前にこの宇宙を観測することに成功した私たちは知性体が住む惑星を見つけました』

「それが地球というわけだ」

『そうです。更なる調査をした結果、あなたが選ばれたのです!』

「何に?」

『実験体に!』

「・・・は?」


 スマホ画面に「実験体」と字幕が出る。どうやら聞き間違いじゃないようだ。


 つまりあれか、俺は実験動物ってことか?高次元知性体から見ると人間なんて実験の対象でしかないかもしれない。だってほら我々だっておとなしくて無抵抗なのをいいことにモルモットやマウスでいろいろ実験してるわけであって。それときっと同じ感覚なのだろう。だが俺はおとなしくて無抵抗なわけじゃない。


「断る!」

『残念ながら拒否権はありません!』

「だが、断る!」

『ちゃんと報酬を用意してますよ。あなたは当然それを受け取るべきなのです。そうしたらあなたは若くしてノーベル物理学賞受賞間違いなし。女の子にモッテモテ、お金もガッポリ!』

「く・・・くわしく」


 俺は見事に手の平を返した。なにそれ?俺の夢が見事に詰まっているその3点セット!


『あなたは物理学者になる夢があるはずです』

「よく知ってるな」

『ええ、3ヶ月かけて調べましたので。でも今あなたはその夢を諦めようとしてます。違いますか?』

「それは・・・」


 その通りだ。なぜならば俺には波動関数が理解できないからだ。テキストや論文を何度読んでもさっぱりわからない。シュレーディンガーの方程式?ディラックの方程式?しょせん三流私大に通う物理オタクの俺には手に負えなかった。物理学者を志す者にとって量子力学の基本方程式が理解できないというのは致命的なのだ。


 俺は子供の頃から宇宙にあこがれた。宇宙飛行士か宇宙物理学者のどっちかになりたいと思ってた。しかし子供の頃の夢は夢で終わろうとしていた。俺には才能がなかった。加えて両親の死。どこかの大学院にもぐりこむという希望も潰えた。


 黙り込んだ俺を無視して美少女メイドはたたみかける。


『そこであなたには高次元宇宙を観測できる具体的手段を教えましょう。それを論文で発表すーれーばー?』

「なん・・・だと!」


 物理の世界では別次元があるのではないか?という理論が100年前からあった。カルツァ=クライン理論だ。別次元が観測できないのはとても小さく巻き上げられてるからだという説明だった。

 ところが1999年に別次元は小さいわけではなく、広大な可能性があるという論文をリサ・ランドールが発表した。しかし広大な別次元を観測できたわけじゃない。科学の世界では観測できないとほとんど意味をなさない。説得力をもたないのだ。

 だがこのスマホの中の美少女はその別次元を観測できる手段を教えるといっている。そりゃ高次元の知性体なんだから当然知ってるだろう。これは物理学の革命が起きる。そもそもM理論では宇宙は11次元からなると予想している。それを一つ一つ観測できたらとんでもないことが起こる。いや具体的にどうとは言えないけど、とんでもないことだけはわかる。

 美少女メイドの話はどこまで真実かわからないが、報酬は絶大だ。ここは話にのったほうがよい。


「引き受けた!」

『では、さっそく実験開始です!』

「え?」

『召還!』


 全身に激しい痛みが走る。息ができない。


(これ死ぬんじゃ?)


 最後の意識でそう考える。


 ★★★★★


 そして意識が戻る。周囲を見回すとサバンナの真ん中に自分がいた。


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