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末永さんとの面談


 ゴールデンウィークになって杏のほうから連絡が来た。桃香のお葬式以来だった。


 大学近くのカフェで待ち合わせると、「末永さんに会いに行こう」と言う。

 オレは「アンズも末永が黒幕だと思ってるんだな?」と意気込んだが、杏は悲し気に首を横に振るだけだった。


「樹はもう碑文を見ちゃってるから、解釈も知りたいでしょ? 次は私かあなたの番」


 ドキッとした。自分が死ぬなんて心のどこかで否定していた。

 目の前に座る杏に死なれても困る。

 オレは杏が恋人になってくれたら自分の人生立て直せると、漠然と信じていた。


「碑文の呪いは本当にあると思っているのか?」


 杏はコクリと頷く。

「知っちゃいけないこと、入っちゃいけない場所ってあると思ってる。特に他の人が大切にしていることは」


 そして、うしのくび碑文の万葉仮名の原文と、ひらがなと漢字に変換して読みやすくなったものをくれた。


 訳文のほうを読むのは1分もかからなかった。


「『知りし者無為に死す』ってここにあるが、末永はてるてる神社と碑文の秘密を守ってるんだろう? 会いに行ったらそれこそ殺されないか?」


「どっちにしても、遅かれ早かれ、死ぬんだよ。その前に、この碑文の元になった悲しい歴史を知りたい。古代、あそこで何があったのか、どうしてあんなにも怨念に満ちているのか」


 やっぱり杏は霊感女だとオレは肩を竦めた。


「遅かれ早かれ死ぬなら、今この場でオレの彼女になってほしい。そしたらどこにでも行ってやる」


「バカね」

 杏の白い頬に少し赤みがさして可愛かった。


「私だって樹が好きだからてるてる神社に行ったのよ? 桃香の手前言い出せなかっただけで……」




 翌日の午後、オレたちは末永さんの家の応接間に通されていた。


「ご友人は悲しいことでしたな」

 という第一声に杏は、「次は私だと思うんです」と微笑んで、石碑の訳文を見せた。


「あ、アンタ、これは……」


「私は日本の神話の勉強をしていて、死ぬ前にきちんと理解しておきたいんです。古代、白帝山で何があったのか」


「読めてしまいましたか……。眺めるだけで内容は分っていないだろうから大丈夫だと思ったのに……」

 末永さんは唇を噛んで低く唸った。


「それでてるてる神社をご存知ないフリをされたんですよね? でも残念ながら、死んだ桃香も私も、万葉仮名を読むのに慣れていて」


 杏は初対面の時の末永さんの不自然さを善意に解釈していたらしい。


「碑文の背景を教えてください」

 オレも口添えした。


 杏はさらに、「神話や風土記の逸文(いつぶん)、ある文に曰く、という感じでいいんです。お話として語ってもらえませんか?」と頼み込んでいる。


「それを聞いてアンタら、どうするんだね?」


「どうもしません。ただ、納得して死んでいけるのではないかと」


 オレとしては全く納得していないが、末永さんが訥々と語ってくれたことを傾聴した。


 わかりやすくまとめてあるので、過去に氏子会で作ったというご由緒書きをここに転記しておく。



 ―◇―



 弥生時代、白帝山のすそ野は、棚田にしても稲がよく実る豊かな土地でした。大柄な男が多く皆働き者で、小さなクニとして繁栄していたのです。


 そこに、「日ノ御子」だと名乗る男がやってきて、首長の妹をさらい、無理矢理妻にしました。

 男たちは怒って日ノ御子を殺そうとしましたが、てんで敵いません。

 眩い笑顔で屈強な男たちをあしらってしまうのです。


 そうこうするうちに攫われた女・富姫も御子を愛するようになり、首長自身も妹の婿に心酔してしまいました。


 日ノ御子をトップ、首長を次席として、クニはさらに栄えました。


 ある時、西から、日ノ御子と同じ、日の国から来たと名乗る軍勢が攻めてきます。

 日ノ御子が故郷から持ってきた弓矢の羽飾りを敵の大将に見せると、相手も全く同じものを持っていたのでした。


 御子は戦いを避けようとしますが西軍は武力で押し切るつもりです。

 そこで、日ノ御子は大将同士の一騎打ちで決着をつけることを申し入れます。

 その決闘のさなか、卑怯にも西軍は後方から矢を放ち、日ノ御子の目を射てしまったのでした。


 日ノ御子は急いで退却し、愛する妻と子どものところへ戻ると、首長を呼びました。


「これは私が昔、義兄たちのクニを力ずくで我が物にした報いだ。私の首を差し出して講和を求めなさい。そうすれば民の暮らしを踏み荒らされることはあるまい。まがりなりにも相手は私の親戚なのだから」


 首長は徹底抗戦を唱え、御子の首を斬ろうとはしません。


 もう自分で剣を振るう力のなかった日ノ御子はその夜、庭で首を吊って果てました。西からきた軍勢に帰順するよう一筆残して。


 首長と御子の息子は悔し涙にくれながら、首を差し出す準備をしました。


 しかしながら、富姫がその首を奪い、池のほとりの窟屋(いわや)に立てこもり自害してしまいます。


 御子の息子は空っぽの首の箱に、父親が日の国から受け継いできていた10種類の宝物を添えて、西軍の大将に降伏しました。


 けれど、西軍は日ノ御子が思うほど紳士ではなく、女を襲い、村人の殺戮に走ります。

 彼らは、肥沃な土地さえあればよかったのです。


 逃げ惑った民は白帝山を上がり、日ノ御子の邸宅の周りに集いました。敵に殺されるより、犯されるよりいいと、大多数がそこで、首を吊ってしまったのです。


 日ノ御子の邸宅跡に立っているのが和照魂照神社、富之池の祠の後ろには窟屋があります。




 ―◇―




 末永さんは話し終わって杏に尋ねた。

「お嬢さんは、日本のどの神様のことを言っているのか見当がついてるんではないかね?」


「ええ、おそらく。記紀と同じ部分もあって。こんな詳しい伝承を伺うのは初めてでしたが」

 杏は痛みに共感するようにうなずいている。


「私らは、蹂躙された女たちの子孫で、心の中で日ノ御子こそが尊敬すべき父親だと思って育った共同体ですわ」


「お話はよくわかりましたが……」

 オレは腑に落ちないことの第一を問い質す。


「どうして碑文を読んだ者は死ぬんですか? 悲しい歴史があったことを多くの人に知ってもらってもいいじゃないですか」


「それがわかりませんでな。私が殺してるんじゃない、なぜか、死んでしまうので」


 オレの背中がゾクリと波打ってしまった。


「日ノ御子だって富姫だって、村人に一緒に死んでほしいなんて思ってなかったですからね。今でも淋しがってらっしゃるのかどうか、凡人の私にはわかりかねますな」


 今回に限っては、末永さんはウソをついていないようだ。


 誰のせいで人が死ぬのかわからない。

 碑文のせいとも神様のせいとも言えない。

 敵が誰かわからない。ただ、なぜか死んでしまう、それは遣る瀬ない無力感をオレに与えた。





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― 新着の感想 ―
[良い点] これ全部、作ったんですか。設定を引用したにせよ、説得力あるリアリティ……汗 んー。謎が謎を呼ぶ……汗  しかし、死ぬかも知れないのに、強気!! いや、死ぬかも知れないからこそ、行動力につな…
[一言] 遣る瀬無いですね( ˘ω˘ )
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