てるてる坊主の中身
今度は杏が唐突に語り出して、てるてる坊主から気が逸れて助かった。
「古代の日本てね、血で血を洗う戦いが繰り広げられたと思う。古事記や日本書紀って、勝ったほうが書いてるでしょ」
「正史って言うんだろ、負けた人たちのことはエミシとかクマソとか」
「先に定住してた人たちなのよ? 朝鮮半島や中国、チベット、フィリピン、太平洋の島々、サハリンにツングース、いろんな人たちがいろんなところに集落を作ってた。高天原から来た人々は強かったんでしょう、あちこち潰しまわって、殺した相手を神様だと神社に祀って日本という国を築き上げた。徳の高い天孫が来られたから是非支配してくださいと、先住者側が率先して国を譲ったわけじゃない」
「そういう時代の話なのか、牛の首って」
「怪談も都市伝説のこともわからないわ、でもこの山はそういう土地だってこと。日本中どこでもそうでしょうけど、近畿は特にね」
話ながら歩いていたら、次に目に入ったてるてる坊主は巨大だった。1メートル近くある。
「子どもぶら下げたみたいだよ」
オレがそう言うと杏はビクッとしてオレの目を見上げると、次のてるてる坊主目指して駆け出した。
「おい、待てよ!」
そこまで行ってみると、目の前に、森に守られた清らかな池が現れた。富之池だろう。岸が弧を描いていて、50mはありそうな三日月型だ。
杏は、てるてる坊主が点々と続く池岸を一心に走っていた。
追いかけていくと、水中に小さな赤い鳥居、一番奥に赤い祠が見えた。
そしてその横に、後ろの岩壁に貼りつくようにして生えている松の木の枝から、巨大なてるてる坊主がぶら下がっている。
「ウソだろ?」
杏はそのてるてる坊主の裾辺りに抱きついて、持ち上げようとしているのだ。
なんで持ち上がらないんだ?
布製のてるてる坊主だろう?
頭の奥で自分の声が疑問を唱える。
追いつくと杏は涙目でオレを見た。
てるてる坊主を下ろしたいことだけはわかったから、岩を数歩よじ登り、松に取り付いて枝を伝い、掛かっている縄をポケットにあった折りたたみナイフで切断した。
その瞬間に、てるてる坊主と杏はバランスを崩し地面に倒れ込んだ。
「大丈夫か?」
オレが松の木から飛び降りると、杏は、てるてる坊主の首の綱を解き、顔部分ののっぺらぼうな布を急いではぎ取った。
女だった。
見えたのは、青い女の顔だ。
「樹、救急車!」
と杏の声がしたが、オレはぼうっと見下ろすだけだった。
その顔は………………、桃香だったから。
「電話代わります」
杏はぬっと自分の携帯をオレに突き出してきて、オレがぼけっと受け取ると、心臓マッサージと人工呼吸を始めた。
「救急です、現在位置を!」
とスマホが叫んでいる。
オレはどうにかこうにか声を出した。
「富之池の祠のところ。友人がぶら下がっていて……」
「ぶら下がる? 落ち着いて怪我の状態を言ってください。意識はありますか?」
「意識、ないです。呼吸も止まってるかも……」
「救急隊員が行くまで心肺蘇生を続けてください」
助けが来るまで10分程度だったらしい。
オレは杏に言われるままに、胸骨圧迫を続けた。杏が回数を数えながら、定期的に人工呼吸を挟む。
途中、もう死んでるんじゃないかとオレは危ぶんだが、杏は、「顔が青いうちはまだ間に合う。死んだら肌はもっと黄黒くなるから。続けて!」などと、普通の大学生が知らなそうなことを叫んでいた。
救急隊員がAEDで電気ショックを施し、桃香の心臓は弱いながら動き出したらしく、酸素吸入をつけ担架に載せられ、運ばれていく。
池から3分も下らないうちに鳥居が見え、その向こうの空き地に救急車とパトカー、普通車が1台ずつ停まっていた。
不思議な鳥居で、下をくぐれないように障子のような格子で塞いである。皆、横をぐるりと回って救急車に近づく。
杏は桃香に付き添いたそうだったが、若い警官に止められた。
「どれくらいの捜査が必要か、事情をお伺いしないと。ご友人は禁足地に入って自殺を図られたのか、犯罪に巻き込まれたのか。若い女性の自殺未遂は昨年もありましたしね」
オレが捜査とか禁足地とか自殺とか、予想の付かない単語に反応できないでいると、
「お巡りさん! 何の話をしてるんですか!」
と叱責する中年男性の声が響いた。
そして、「私は自治会の者で、末永と言います」と、オレと杏に向かってしゃべり出す。
「どうして富之池などに行かれたのですか? ここに禁足地と書かれているでしょう?」
妙に柔和な話し方が却って気持ち悪い。
鳥居の閉ざされた格子の上の「禁足地」という板を指さしている。
「いえ、オレたちは池に行ったんじゃなくて……」
口ごもるオレを杏がフォローしてくれた。
「帰り道だったんです、てるてる神社からの」
末永さんの顔色が変わった。
「てるてる? 何ですかそれは」
「え?」
違和感ありすぎで黙っていられなかった。
自治会の人が知らないはずがない。日下部さんの手紙に、「氏子会は解散、自治会も役員選出を止めた」と書かれていたのだから。
「和照魂照神社です。8丁目のほうの登山道から上がってお参りさせていただきました」
「山のあちら側には神社があるんですか、そうですか、知りませんでした」
末永さんはウソが下手だ。
「男性ひとり、女性ふたりでハイキングというのも珍しいですね」
目だけ笑っていない末永さんが恐くないらしい杏は、
「いえ、あと2人一緒で。全員で男2人女3人でした。富之池に下りてきたのは私たちふたりだけです。病院に行った子とは神社で別れたので、どうしてあんなところにいたんだか、全然わかりません」
警官が口を挟んだ。
「それならその2人の犯行って可能性があるじゃないですか、それを早く言いなさい!」
と急に顔色を変えて、現場検証に加え、啓斗と莉彩の身柄確保などを無線で指示した。
桃香を吊るしたのはオレたちじゃないことだけは信じてもらえたようで、入院先に行く許可が出た。事情聴取はそこで、と警官は言う。
なぜ末永さんが車で病院に連れて行ってくれるのかは理解できなかったが。