てるてる神社
勾配のきついけもの道がだらだらと平坦に変わり、不自然に右に折れて、現れた石段14段、駆け上がると、がらんとした境内に出た。
ほとんど正午に近い夏の陽射しが踏み固められた砂地に照り返している。
その真ん中に薄い御影石が、黒と焦げ茶と灰色と白のモノトーンな木造建築に向かって細く伸びる。
桁行三間というんだったか、おやしろの正面に柱が4本。横幅4mありそうな社殿が高床式になっていた。
祠のようなものを想像していた自分は息を呑んで威容を見守るしかなかった。
「なあ、この神社やっぱ、ヘンじゃね?」
背中に啓斗の声がする。そして莉彩。
「アンタが連れてきたんでしょうが」
ケンカップルに現実に引き戻されて、オレは霊感女に声をかけた。
「アンズ、何か感じるか? イヤな気とか」
杏という洋風な呼び方がどうもオレには照れくさくて、愛称としてアンズ呼びさせてもらっている。本人の了承は取っていないが。
「鳥居が無いってヘンだよぉ」
杏が答えるより先に、彼女の右腕に縋りついている桃香が震え声を出した。
そんなに怖いならどうして来るんだよとオレは首を傾げる。怪談も妖怪も苦手な桃香がどうしてこのサークルに入っているのかからして疑問だ。
「そうだろ? 狛犬もいない、鈴も賽銭箱も無い」
啓斗の総括に、オレは「しめ縄も細いな」と付け足した。
すると杏が顔を強張らせて低い声を出す。
「神社というより、霊廟……、古墳」
莉彩はその声を聞くや否や、「ひっ」と小さく声を上げて石段まで後ずさりした。
「今日の目的地は鳥居まで、鳥居が無いならここまででいいでしょ? 私はここで待ってるから!」
啓斗は莉彩を言いくるめにかかる。
「独りでいるのも怖くないか? 石碑があるのはこの神社の裏だ。こっち側は安全だって。神様の霊が祀ってあるなら手ぐらい合わせてもいいだろ?」
桃香は杏の袖を引きながら、
「杏、大丈夫だよね、お祀りされてるのは和魂だよね? 神社のお名前からして」
と、啓斗たちにはわからないことを話している。
「私もそう思いたいんだけどね、しめ縄が気になって……」
「気になるってどういうふうに?」
オレは基本、杏の意見には率先して耳を貸すようにしている。
「聖なる神域の結界というより、中のモノが出てこないように、ぐるぐる巻きにしてるように見える。しめ縄というより荒縄」
全員がなぜかそろりそろりと足音をしのばせるように社殿に近づいた。扁額に和照魂照神社と書かれているのが見える。
「桃香がにぎみたまって言ったが、読み方はにぎてるみたまてる神社なのか?」
「和魂と書いたらやまとだましいって読むだろ、普通」
啓斗の普通は英文科としての普通かもしれない。
日本の神様の霊魂には荒々しい荒魂と優しい和魂の二面性があるとか、幸魂、奇魂合わせて四面あるとかは、まあ、知らない人のほうが多いのかもしれない。
オレも国文学科の杏と桃香から習ったことだから。
「日下部さん、読み方書いてくれてなかったよね。にぎてるたまてる神社が一番座りがいいかなって思うけど?」
「やまとてらすたましいてらす神社じゃないことは確かだな」
杏のクラさに対抗して啓斗はいつも以上に軽口をたたき、コイツ、内心ではビビってるんじゃないかとオレは邪推したくなる。
「お参りに柏手打ったほうがいい?」
桃香は何もかも杏に尋ねるが、霊廟だって言ったのは杏なのだから、オレたち4人は皆、杏のすることに倣おうとした。
「打たないほうがいい気がする。打つとしたら何回打てばいいのか私にはわからないもの」
「何回って、2回でしょ?」
莉彩がやっと会話に参加した。
「4回の神社もあって……。神紋がどこにもなくて、ご祭神の見当もつかない」
神社に行けば神紋というものは、破風にも庇にも、幕にも手水舎にもあしらわれているものだが、ここには何もない。
神様の素性を隠す必要でもあったのだろうか。
オレたちは静かに手を合わせ黙祷した。
家内安全・商売繁盛などをお願いする神社でないことは、オレにでも何となく感じられたから「安らかにお眠りください」と念じる。
ゆっくり目を開けたら、杏は閉ざされたやしろの上のほうを見ていた。
何を見ているのか聞こうとしたら、小声で「うそっ!」と呟き一歩後ずさった。
莉彩は啓斗を引きずるように5歩も遠ざかり、桃香は杏に抱きついている。
「な、なに……? 杏」
「し、シデが」
「死出って何よ、縁起でもない」
莉彩の震え声を初めて聞いた。
「普通じゃない、ギザギザの雷型じゃないの」
「ギザギザ? しめ縄から下がってる白い紙のことか?」
オレは全員を落ち着かせようと敢えてゆっくり杏に確認する。
「上のほうがなんか丸いよな」
「ふさ飾――」
と桃香が言いかけたところで、場違いに明るい声が被さってきた。
「なあんだ、てるてる坊主よ、てるてる坊主がぐるりとぶら下がってんの。てるてる神社だもの!」
振り返りみると莉彩は鬼の首を取ったように得意になっている。
「へのへのもへじは書かないのね」
こんなにKYな女だとは知らなかった。
怖がって損しちゃったわ、などというぼやきは無視して杏を見たら、彼女は右手を自分の首に当て、左腕を胴に巻き付け固まっていた。
「ヤバいのか?」と訊くと「漠然と」との返事。
啓斗は後ろで、「考えすぎだろ、ここは晴天をお願いする五穀豊穣の神様か、水害防止の龍神様ってとこじゃないのか? てるてる坊主を奉納する慣習だっただけ」
と、莉彩同様に明るい。
杏はそれには答えず、俯いたままで、「樹くん、碑文読まないほうがいいと思う」と囁いた。
「なんで?」
オレがぶっきらぼうに聞くと桃香が「首だよね」と声を落とす。
「くび?」
オレはおうむ返しするしかない。
「そう。牛の首とてるてる坊主の共通点は首。国文科の言うことは聞いたほうがいいよ?」
杏の声はいつにも増して抑揚がない。
桃香が説明してくれた。
「てるてる坊主は明日雨が降ったら首をチョン切られちゃう。牛の首は何だかわからないけれど、きっと首にまつわる怪談」
たまにはハキハキしゃべるんだなと妙なところに感心したが、
「その何だかわからない牛の首について、オレは知りたいんだよ」
と自分の目標をはっきりと意識する。
「調べなきゃ、共通してるかどうかもわからんだろが。ここまで来ておいて」
啓斗と莉彩は、石碑を見てくるならさっさと行ってこい、という態度だ。
オレは1人で神社の横手に向かって足を踏み出した。