サークルのメンツの反応と夏の白帝山
「なんだこれ、不幸の手紙かよ?!」
サークルの会長で、英文科の啓斗がまず声を上げた。
「見たら死ぬかもしれない碑文を読解しろって? ちょっと狂ってるんじゃない?」
と、啓斗の彼女で副会長でもある莉彩。英語ペラペラのリア充美女。
「助けてほしいのか意地悪したいのかわかんない手紙……」
普段はあまり意見を言わない温順しめの桃香もコメントした。
桃香の親友で霊感があるという噂の杏は国文学科らしく「日本語下手くそ」と呟く。
「まあ、いつもは理知的な人が、本当は怖いのに何とか理性的に書こうとしてこんな手紙になったんじゃないか?」
これがオレ、白鳥樹の第一声だった。
昭和の「口裂け女」のように、恐慌に陥る都市伝説の構造を解明したいと思っている社会心理学科のオレは、「牛の首」というとっておきの題材に心を惹かれた。
もう3回生、都市伝説で卒論を書きたいと思っているのに斬新な切り口が見つからず焦ってもいた。
「役員が次々死んだって、田舎なんだからみんな爺ちゃん婆ちゃんだろう? 石碑と関係あるかどうか疑問だな。この日下部さんか? 彼女と地元の人がそう信じてるだけだ。還暦前に死ぬ人はいくらでもいる。死因だっていろいろなんだろうし」
オレはそこでサークルのコアなメンバー4人の顔を見回した。
「とりあえず、この日下部さんに会ってみようぜ。消印は関西のH市でも今は大学来てるんじゃないか?」
手分けして校内を探したが、結果は芳しくなかった。
理工学部棟で建築学科2回生を掴まえて聞いても日下部穂佳を知らないという。
桃香なんかは「呪いの手紙なのかも」などと言って、身震いしかけていた。
そんな時に、「え、日下部先輩? わたしらの一個上だよ。あ、でも今休学中だから同学年になったのかな?」という学生に会えた。
「休学中?」
啓斗が聞き返して肯定されると、オレたちはお礼を言って引き下がるしかない。
結局、この手紙をスルーするかどうするか、それぞれで考えることになった。
首都圏にあるこの大学から現地、近畿地方へ、フィールドワークするとしたら最低2泊3日は欲しい。行くとしても夏休みを待つしかない。
とりあえずSNS上で彼女が見つからないか、オレは探すことにした。
7月末、いつもの顔ぶれでかなり急な登り傾斜を、木漏れ日を浴びながら息を切らして上がっていた。
手紙にあった登山道はどんどん道幅を狭め、もう大人2人がすれ違いもできないけもの道になっている。
昨日夕立が降ったせいか、頭の上のどんぐりらしき樹々も足元の下草も水分を含んで森林浴サウナのようだ。
虫除けに長袖着用なのも背中に熱が籠る。
女性陣のうち一番乗り気でない莉彩が遅れがちで、彼氏の啓斗がジョークを飛ばしながらご機嫌をとっている。
杏は痩せっぽちなくせに思ったより体力があるようで、桃香に気を配り、声を掛けながら歩く。
オレは修験道者か烏天狗がひょいっと顔を出しそうな巨岩や羊歯の深い茂みを眺めながら先を急いだ。
白帝山登山を決めたのはオレだ。
ネットのどこを漁っても、建築学科3回生や教授に尋ねても、誰も日下部穂佳の消息を知らない。
個人情報として教えてもらえないだけじゃない。口をそろえたように「休学中」と答える。
学生課に本当に休学かと問い詰めたら、
「そうなんですが、実はご家族ごと引っ越しされたようで、学籍はありますがこちらも復学手続待ちの状態ですね」と言われた。
碑文の解釈を知りたいと言っておきながら、いなくなるほうが不自然だ。もし碑文の呪いで死んだとしても、家族が大学に知らせないのもおかしい。
疑問で頭がモヤモヤして、悩むくらいなら現場に行ってみようと逆に肚が座った。
超常現象を信じ込む性質ではない自分は1人でも構わなかったのだが、全く怖くないわけじゃない。
何分ターゲットは最恐の「牛の首伝説」で、そのせいで死んだと思われている人々が相当数いる。
もしかして霊感がないばっかりに危険を察知できないかもしれないと思い至って、杏に声をかけた。
「てるてる神社、行ってみないか? 碑文を見るのはオレだけでいい。境内まででいいから」
莉彩は来ないだろうから啓斗も来ない、となるとサークル活動とは見做されず、自腹にならざるを得ない。杏の宿代くらいなら負担する心づもりだった。
そこへ隣に居た桃香が口ごもった声で「私も行く」と言った。
背が低いうえに俯いているから表情が読めない。
杏が、「桃香、本気?」と聞いている。
「杏が行くなら行く……」
だそうだ。
3人で行くと啓斗に告げると、「両手に花かよ、会長としては許しがたい」などとからかわれたが、
「サークル予算で行きたいだろう?」
と、痛いところを突いてくるので文句も言えない。
「よし、白帝山フィールドワーク、目的地はてるてる神社の鳥居前。境内及び神社の裏手は自由行動。5人で行こう」
という啓斗の一声で今日に至る。