魔女
「キャーーー、絶対死ぬーーーーー」
「すごーい。あんなに大きな火球見たことない」
目の前に迫る攻撃に大騒ぎするミリア。
その隣で自分たちに向けて放たれた魔法に見惚れ、感心するスズネ。
そんな二人に呆れながらクロノは一歩前へと踏み出した。
「全くもって騒がしい奴らだ」
そう言うと、クロノはスッと右手を広げ巨大な火の玉へと向けた。
「魔法吸収」
すると次の瞬間、目の前まで迫っていた巨大な火の玉がクロノの右手へと吸い込まれるように消えたのだった。
「「えっ!?えっ!?えっ!?」」
いったい何が起こったのか全く理解ができず、動揺するスズネとミリア。
そして、木の上に立つ少女もまた、何が起きたのか分からず動揺している。
三人とも混乱はしているが、目の前に立つ男が”何かをした”ということだけは理解することができた。
「いったい何をしたのよクロノ」
動揺を隠せないままミリアが声をあげる。
「ん?魔法吸収だ。相手の魔力をコントロールして、俺の魔力として吸収しただけだが」
別に大したことはしていないと言わんばかりにあっけらかんとしているクロノ。
簡単に言ってはいるが、放たれた相手の魔法をコントロールするというのは、魔力量・構築術式を正確に解析し、さらに掌握しなければならないため、かなり高度なことである。
即ち、それが可能であるほどの実力差が必要ということなのだ。
「クロノ、すごーい!!さすが最強のの魔王様だね」
あまりの衝撃に興奮を抑えられないスズネは、クロノの手を握りしめながら称賛の言葉を送る。
「や…やめろ。そんな大したことはしてないんだから、そんなにくっつくな」
照れ臭そうにしてはいるものの、自身を讃える言葉を前にクロノも満更でもなさそうにしている。
「いや〜今回はマジで助かったわ。ありがとうクロノ」
「どうした?いつになく素直じゃないか」
「なによ、アタシだって命を救われたらお礼くらい言うわよ」
ミリアの意外な反応と素直な言葉を受けて、クロノは嬉しそうに笑みを浮かべた。
突如訪れた危機を回避し、安堵の表情を見せるスズネたち。
そんな一行に向けて少女の大きな声が届く。
「おい!!そこのお前」
「なんだお前、まだいたのか。殺されたくなければさっさと失せろ」
自身の魔法を封じた相手に興味を持った少女に対し、クロノは全く興味がないという態度で返す。
「なんということじゃ。わっちの魔法が効かんとは・・・」
そう言うと、少女は大木から飛び降りた。
スズネたちが”危ない!!”と思ったのも束の間、地面にぶつかるかというところで少女の体はふわっと浮き、見事に着地してみせた。
そして、地上に降りると同時にスタスタと三人の元へ駆け寄ってきた。
「あの〜大丈夫?あんな高さから飛び降りて怪我とかしてない?」
駆け寄る少女に対しスズネが心配そうに声を掛ける。
そんなスズネの問い掛けには一切応じず、少女はクロノだけを目指し歩を進める。
「さっきのはどうやったのじゃ」
「あ?なんだお前。ただ放たれたお前の魔力をコントロールして、俺の魔力として吸収しただけだ」
「ほ〜〜〜。ところでお主は強いのか?」
「はぁ??俺は最強だ!!」
クロノに対して興味津々の少女は、矢継ぎ早に質問を続ける。
「ほ〜〜〜。もっともっと強い魔法も使えるのか?」
「さっきからなんなんだよ。お前程度の魔法なんて遊びにもならん。もういいだろ、あっちに行け」
「はぁ〜〜〜〜〜」
しつこく絡んでくる少女を鬱陶しがるクロノは、早く何処かへ行けと言わんばかりに右手を払う。
そんなクロノの思いも虚しく、眼前に立つ少女は目をキラキラ輝かせながらクロノを見つめている。
これはなかなか面倒なことになりそうな ───── 。
そんなことがクロノの脳裏を過ぎる。
「決めた!!わっちは、お主と結婚する」
「「「はぁ〜〜〜〜〜!?」」」
誰もが予想だにしなかった少女の発言。
唐突に突きつけられた衝撃的な言葉にスズネたちは驚愕するしかなかった。
「ちょっとアンタいきなり何言ってんのよ」
「け…け…けっ…こん…」
「ふざけるな!!なんで俺がそんなことしなくちゃいけないんだ。っていうか、そもそもお前誰なんだよ」
三者三様の反応を見せる中、そんなことお構いなしに少女は嬉しそうにニコニコしている。
「お〜そういえば、まだ名乗っておらなんだな。わっちの名はラーニャ。この世において唯一無二の天才魔法師じゃ」
どうだと言わんばかりに両手を腰に当て、誇らしげな表情を見せるラーニャ。
それに対し、スズネは驚きと共に喜びを表し、ミリアは頭を抱え、クロノは不満そうにしている。
「えー!?すごーーーい。私たち、あなたに会うためにここまで来たの。会えて良かった〜。ねぇねぇミリア、この子がラーニャちゃんだって」
目的のラーニャに会うことができ、スズネはより一層の喜びを見せる。
「いや〜まぁ〜そうね・・・。薄々はそうなんじゃないかと思ってたわ。どこか外れてほしい気もしてたけどね・・・」
ロマリオから聞いてはいたが、自分が思っていた以上の性格に頭を悩ませるミリアであった。
「おい、ふざけるな。俺は強い魔法師がいるって言うからここまで来たんだぞ。それがコレか?期待はずれもいいところだぞ」
強いやつと戦える。
その思いひとつでここまでやって来たクロノは、自身の期待を大きく下回るラーニャの実力に怒りを露わにする。
しかし、そんなクロノの不満に対してスズネとミリアが一喝する。
「アンタ本気で言ってんの?さっきの魔法見た?ただの火球があの威力よ。魔王基準で考えてんじゃないわよ」
「そうだよ。しかも、ラーニャちゃんはまだ十歳なんだから、これからもっともっと強くなるよ」
二人に怒られ?宥められ?つつも、クロノは不満顔のままなのであった。
そんなクロノの思いもよそにラーニャは我が道を行く。
「まぁまぁそんな顔をするでない、未来の旦那様よ。わっちは旦那様より魔法を学び、さらに強くなるので問題なしじゃ。共に魔法を極めようぞ」
「お前まだそんなことを言っているのか。なんで最強であるこの俺が、お前のような弱者の相手をしなくちゃいけないんだ。そもそも今の俺はコイツと契約しているし、やらなきゃいけない事があって忙しいんだ。お勉強なら他所でやれ」
クロノからあからさまに邪険に扱われるが、ラーニャは諦めるどころか全く気にも止めずにいる。
本当に十歳かと疑いたくなるほどの肝の座り方である。
「なんと、先約がいたのか。まぁ〜良い、最後には必ずわっちが勝って旦那様を手に入れるのでな。お主も覚悟しておれ」
「べ…べ…別に私とクロノは、そういうんじゃなくて…ゴニョゴニョゴニョ…」
訳も分からぬ内にラーニャから宣戦布告を受けたスズネ。
突然のことに顔を紅潮させ、動揺した様子で口籠ってしまう。
「おい、何を狼狽えてんだ。お前も変なこと言うな。こいつとは召喚契約をさせられているだけで、その契約を解除する方法を探すために行動を共にしているだけだ」
変に動揺してパニクるスズネを前に、慌てた様子で必死に弁明をするクロノ。
その様子がむしろ逆効果を生みそうであるが、今はそっとしておこう。
クロノの慌てっぷりを見ながら、その弁明に気を良くするラーニャ。
「ほうほう。それでは、わっちの一人勝ちと言うことじゃな」
「なんでそうなる。契約が解除されれば、俺は魔族領に帰るんだよ」
「なるほど。それならばわっちも付いて行こう」
どこまでも我が道を突き進むラーニャ。
そんな一向に話の通じないラーニャを前にクロノは呆れ果て疲れた様子を見せる。
「ところで、さっきから話に出ておる契約解除の件じゃが、わっちのお師匠様なら何か知っておるかもしれんぞ」
「「「えっ!?」」」
ラーニャの衝撃的な一言に三人は大きく目を見開き声を上げた。
「お前、それは本当か!!そいつは何処にいる。今すぐ案内しろ」
クロノは興奮した様子でラーニャの両肩をグッと掴み、勢いよく詰め寄るのだった。
「おいおい、そうがっつくでない。まぁ〜悪い気はせんが ─── 。お主ら、この森が街で何と呼ばれとるか知っておるか?」
「確か”魔女の森”だよね」
「左様。その名の由来となった魔女こそが、わっちのお師匠様なのじゃ」
ラーニャの言葉を受け、これまで何ひとつ手掛かりを見つけられていなかったスズネたちは、初めてその可能性を手にしたのであった。
そして、その事に誰よりも反応したのは、言うまでもなくクロノである。
「何処のどいつでも関係ない。そいつはお前の知り合いなんだろ?そいつに会わせろ」
興奮冷めやらぬ様子のクロノは、さらに勢いを増してラーニャに詰め寄る。
それに対して、自分の立場が優位になると見るやラーニャはニヤニヤとし始め、およそ十歳の少女とは思えないほどの悪い顔を見せる。
そして襟元を掴み、クロノの顔を自分の元へグッと引き寄せた。
「ほうほう、必死そうじゃの〜。まぁ〜願いを聞いてやらんこともないが、”タダで”というわけにはいかんのう」
目の前にいるのは本当に十歳の少女なのだろうか・・・。
スズネとミリアは心の中でそう呟いた。
チャンスと見るや平気で相手の弱みに漬け込むその徹底ぶり。
まさに末恐ろしい少女である。
しかし、今のクロノには目の前の少女以外に当てが無い。
そして、込み上げる怒りを抑えつつ、クロノはラーニャからの要求に渋々返答するのであった。
「クソッ。背に腹は代えられん。お前の願いを一つだけ聞いてやろう。ただし、この契約が解除されてからの話だからな」
「そうこなくてはな。よかろう。では、お師匠様に会わせてやろう」
クロノとラーニャの間であっという間に話が進んでしまったため、完全に置いてけぼりをくらった形のスズネとミリアなのであった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「こっちじゃ」
「次は、こっち」
「フムフム…え〜と、こっちじゃな」
奥へと進めば進むほどより緑は生い茂っていき、まるで森そのものが進入者を拒んでいるかのよう。
木々や草花が複雑に絡み合い、今自分が何処にいるのか、どちらの方向に進んでいるのかさえ分からなくなる。
ラーニャはそんな森をスイスイと進んで行く。
「ホ…ホントにこっちで合ってんの?」
ただでさえ陽の光も入りづらい森な上、右も左も分からない状況に、ミリアは不安の声を漏らす。
「きっと大丈夫だよ。ラーニャちゃんもいるんだし、なんか探検みたいで楽しくない?」
ミリアの不安をよそに、スズネは何処で拾って来たのかも分からない木の枝を手にしながら意気揚々と歩を進める。
「この森はお師匠様の魔法結界によって所々歪められておるでな。何も知らんアホが来ても迷って死ぬだけじゃが、今はわっちがおるから安心して良いのじゃ」
自身の不安をよそにグイグイと進んでいくラーニャと、木の枝を振りながら楽しそうにしているスズネの姿に、なんだか悩んでいるのが馬鹿らしくなったのか、何かを諦めたように笑うミリアなのであった。
「ところでラーニャちゃん、魔女様ってどんな人なの?」
何か思い出したようにスズネがラーニャへと質問をした。
十歳の少女にあそこまでの魔法を教える人物。
そして、一つの森にここまでの結界を施せる人物。
スズネだけでなく全員が気になっていたことである。
「ふむ。お師匠様か…まぁ〜一言で言うならば、絶対に敵に回してはならん”この世で最も恐ろしい人間”じゃ」
最後までお読み頂きありがとうございます。
ついに天才魔法師ラーニャの登場です。
いきなり攻撃してきたり、急に懐いたり、脅してきたり。
一癖も二癖もあるようなキャラクターでしたね。
そして、次回は噂に名高い魔女が登場します。
次回『最恐の女』
お楽しみに♪♪
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