ジークハルト
ズズズッ ─── ズズズッ ─── ズズズッ ─── 。
シュンッ ─── シュンッ ─── 。
再び行動を開始したキャスパリーグと分身たち。
そして、それに合わせて無数の影による攻撃がジークに向けて放たれる。
しかし、それすらも彼の前では何の意味も成さない。
ただ数を増やしただけで何ひとつ工夫の無いその戦いぶりに少しずつジークの顔から笑みが消えていった。
グヴヴゥゥゥゥゥ ──────── 。
この時キャスパリーグは明らかに攻め手を失っていた。
それと同時に軽く自信も喪失しつつあった。
しかし、それは致し方ないことなのかもしれない。
なにせAランク相当の魔獣である単眼巨人の王が率いる群れを軽く一掃してしまうほどの実力を持っているのだ。
ここ最近の戦いにおいて苦労することなど考えてこなかっただろう。
それ故に戦い方が単調になり、真の実力者を前にした時に為す術がない状態に陥ってしまったのだ。
「ホッホッホッ。そろそろ終わりでしょうか。己を過信し過ぎてはいけませんよ。常に自分と向き合い、自分を磨き、鍛錬を続けなさい。見込みは大いにありますよ」
グヴヴゥゥゥゥゥ ──────── 。
ここまでか・・・。
その場にいる誰もがそう思った。
キャスパリーグ一人を除いて ──────── 。
─────────────────────────
繰り出す攻撃をことごとく防がれてしまい、これ以上の攻め手を失ったキャスパリーグ。
戦いを見守っていたスズネたちも両者の実力差を目の当たりにし、その終わりが近いことを感じ取っていた。
「凄い戦いだね」
「もう何がなんだか分からなかったわよ」
「ジークさんって、いったい何者なんすか」
そんな中でキャスパリーグが最後の悪足掻きをみせる。
ブシューーーーーッ。
「何!?何!?何!?何!?」
突如としてキャスパリーグと分身の身体から黒い煙が吹き上がる。
そして、それはあっという間に広間全体を覆い尽くすのだった。
ヒュンッ、ヒュンッ、ヒュンッ。
黒い煙によって視界を奪われたジークに対して間髪入れずにキャスパリーグが攻撃を仕掛ける。
キーンッ!キーンッ!キーンッ!
それでもジークはそれらを冷静に対処していく。
もしこれが奥の手であるというのならば、些か拍子抜けと言わざるを得ない。
ジークがそんなことを考えていると、黒煙に覆われた広間に悲鳴が響き渡る。
「うわぁぁぁぁぁ」
スズネたちの前に突然姿を現したのはキャスパリーグの本体であった。
視界を奪われているの中で、ジークが分身たちを相手にしている隙に彼の弱点になるであろう彼女たちを狙ったのだ。
しかし、そこにはクロノが展開した魔法防壁がある。
何度もキャスパリーグの攻撃を弾き返してきた強固な壁。
それにも関わらず、何か策があるのか迷うことなく一気に距離を詰めてくる。
「無駄だ。コイツの物理攻撃程度ではこの防壁を突破することは出来ねぇーよ」
そんなクロノの言葉を嘲笑うかのごとくキャスパリーグは彼女たちを守る防壁を覆うように闇魔法を展開する。
ズズッ…ズズズズズッ…。
「ちょっと、ちょっと、なんかヤバそうなんだけど」
「何か黒い膜みたいなので覆われてきたっすよ」
「皆さん、何が起こるか分かりません。密集隊形で備えましょう」
マクスウェルのひと声で一斉に隊形を組み、それぞれが背中を預け合い敵の攻撃に備える宿り木。
そして、緊張感が漂う空間の中でキャスパリーグが次の攻撃を仕掛けようとした次の瞬間 ───── 。
ゾクッ… ──────── 。
「おやおや、それはいただけませんね。あなたの相手は私ですよ」
シュンッ ───── シュタッ、シュタッ、シュタッ。
全く気配を感じなかった。
むしろ直前までは分身たちを相手にしていたはず。
しかし、目の前のヒト族に攻撃しようとした瞬間、背後に強烈な殺意を感じ、それと同時に無意識にその場を離れることを選んでいた。
いや…選ばされていた。
グヴヴゥゥゥゥゥ ──────── 。
キャスパリーグは生まれて初めての恐怖を感じていた。
気づけば広間を覆っていた黒い煙はかき消されており、分身たちは一匹残らず討ち倒されてその姿を消していた。
グヴヴゥゥゥゥゥ ──────── 。
必死になって唸り声を上げ、鋭い眼光で睨みつけようとしているものの、そこにこれまでのような力強さは失くなっており、その姿はどこか怯えているようにさえみえた。
「フゥー・・・。どうやら本当にここまでのようですね」
ジークは纏っていた強烈な覇気を解き、ゆっくりとキャスパリーグへと視線を向ける。
「総評。力とスピードには目を見張るものがあるが、まだまだ未熟。己が力に慢心することなく鍛錬し、創意工夫を心掛けなさい。以上!!」
キャスパリーグにとっては生死を懸けた殺し合いの場であっても、ジークにとってはあくまでも指導の範疇の中。
相手が力ある者だからこそ、その先を見せ導くことが真の強者としての役割と心得ている。
グヴヴゥゥゥゥゥ ──────── チラッ。
少し声を震わせながらも威嚇を続けるキャスパリーグがスズネたちへと視線を向ける。
そして、それに応えるように彼女たちも武器を構える。
「その辺りにしておきなさい。あなたの標的はそこに転がっている単眼巨人たちであろう。これ以上欲張っても良いことはありませんよ。それに、その子は私の可愛い孫みたいなものでな。殺らせるわけにはいかんのだ。生き急ぐでないぞ、若人よ」
その言葉に対して威嚇の意味を込めて唸り声を響かせるキャスパリーグであったのだが、数秒間ジークと視線を交わした後、後退りしながら闇の中へと姿を消したのであった。
ザッ…ザッ…ズズッ…ズズズズズッ…スーーーーーッ。
─────────────────────────
キャスパリーグの気配が完全に消えたことを確認すると、クロノは周囲に展開していた魔法防壁を解除する。
「ジークさ〜ん」
戦いを終えたジークへと駆け寄るスズネたち。
「本当に久しぶりだなスズネ。随分と大きくなったものだ」
「そりゃそうだよ!だって会うのは十年ぶりくらいじゃない?」
久々の再会に歓喜し、話に花を咲かせる二人。
「ちょっとスズネ、アタシたちにも紹介してよ」
「ああ、ゴメンゴメン。こちらはジークハルト。白猫の獣人で、私のおばあちゃんの召喚獣だよ」
「「「「「 え〜っ!? 」」」」」
「ちょっと待って・・・その方、ロザリーさんの召喚獣なの・・・」
ミリアを始めその場にいた全員が一様に驚きを露わにする。
しかし、彼女たちがそうなってしまうのも仕方がない。
スズネの祖母であるロザリーの召喚獣ということは、それ即ち元ガルディア王国筆頭魔法師の召喚獣であるということを意味しているのだ。
「なるほどのう。ロザリー殿の召喚獣ということであれば、その強さも納得が出来るのじゃ」
「お…王国でも指折りの魔法師であるロザリーさんの召喚獣ですからね」
仲間たちにジークハルトのことを紹介したスズネ。
そして、ジークハルトがスズネの祖母ロザリーの召喚獣だと知り、より親近感を覚える宿り木のメンバーたち。
そこには楽しく穏やかな空気が流れていたのだが、一人だけ気に食わないことがある男がいた。
「おい!お前いきなり出てきて断りもなく俺の戦いに割って入るとはいい度胸してるじゃねぇーか。余計なことすんなよ」
「ちょっ…ちょっとクロノ」
二人の視線が交差する。
そして、沈黙が続く中で先に口を開いたのはジークハルトであった。
「ホッホッホッ。それは大変失礼なことをしました。久しぶりに会ったスズネに良いところを見せたかっただけで他意はありません」
「・・・・・」
「・・・・・」
「ハァ〜・・・。次からは気をつけろよ」
「ホッホッホッ。肝に銘しておきます」
暖簾に腕押し、糠に釘、豆腐にかすがい・・・。
いくら気負ったところでジークハルトは穏やかな心でそれを受け流してしまう。
その様子に根負けしたクロノは憮然とした態度をしながらも、それを許すことしか出来なかったのだった。
「それじゃ、今日はジークさんも帰ってきたことだし、このままみんなでおばあちゃんの家に行こうよ」
「おっ!それはいいわね」
「ロザリー殿のご飯はどれも美味いから好きなのじゃ」
「おい!そうと決まればさっさと山を下りるぞ!!お前ら全員急げ!!!」
「ちょっと待ってよ!クロノ〜〜〜」
ジークハルトの帰還。
それに伴いみんなで久しぶりにロザリーの家に行くことにしたスズネたち。
そして、その先にある美味しいご飯を目指して誰よりも張り切って下山を始めるクロノなのであった。
最後までお読み頂きありがとうございます。
Sランクの魔獣であるキャスパリーグを相手にしても、その実力の片鱗すら見せなかったジークハルト。
その強さはどこからくるものなのか。
謎多き存在ではありますが、美味しいご飯の前では全てが意味をなくしてしまうものなのです。
次回『放浪猫』
お楽しみに♪♪
少しでも“面白い”、“続きが読みたい”と思って頂けたら、
『ブックマーク』
『☆☆☆☆☆』評価
『感想』
を頂けたら幸いです。
読者の皆様の評価・ご意見・ご感想がモチベーションにも繋がります。
お気軽にお寄せください。
応援よろしくお願い致します!!