怪猫キャスパリーグ
その者は、暗き闇に棲まう。
その者は、音も無く標的に近づく。
その者は、無慈悲に命を刈り取る。
ヒタッ…ヒタッ…ヒタッ…。
冷たく鋭い視線を標的に向け、ゆっくりと姿を現した黒い猫の魔獣。
体長が三メートルを超えようかという巨体であるにも関わらず、一切の振動を感じさせない。
それは本当にそこにいるのかと疑いの目を向けたくなるほど静かに歩みを進める。
しかし、その佇まいとは対照的にその場にいる全ての者に対して与える圧力は尋常ではない。
一瞬でも気を緩めれば瞬く間に意識をもっていかれそうになるほどの覇気である。
これがSランクの魔獣。
数多くいる魔獣の頂点に位置する九つの個体。
そのうちの一体が『怪猫キャスパリーグ』。
闇に生き、闇を統べる者である。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「えっ・・・Sランク!?」
「ちょっ…ちょっと待って…。あの黒猫がSランクの魔獣だっていうの?」
「間違いないと思うっす。魔獣については、冒険者になったばかりの頃から調べまくってきたんすよ。あの風貌…ギルドの資料に載っていたのと同じっす。キャスパリーグに間違いないっす」
突然現れた最高ランクの魔獣を前にして驚きを隠せないスズネたち。
そもそも今回の標的はBランクの単眼巨人であり、その上位種である単眼巨人の王であってもAランクが妥当なところだろう。
そんな彼らであっても今のスズネたちでは簡単に倒せるような相手ではなく、むしろ単眼巨人の王クラスともなると苦戦するどころの話ではないのだが、そんな相手だからこそミリアは腕試しの標的に選んだのだ。
しかし、まさかこんな所でSランクと遭遇することになろうとは ──────── 。
いくらなんでも格が違いすぎる。
まともにやり合えば数秒と保たないだろう。
それは試すとか試さないという次元の話ではなく、彼女たちに与えられた選択肢はただ一つ ───── 『逃げる』。
「皆さん、ゆっくりと後退しましょう。この圧倒的な覇気を考えるとSランクといわれても納得できます。そして、今奴の意識は標的である単眼巨人の王に集中しています。奴らが戦っている隙にこの洞窟から脱出しましょう」
困惑している彼女たちの中にマクスウェルの提案に対して異論を唱える者などいない。
この時に限っては、さすがのミリアも黙って頷くしかなかった。
彼女だって勇猛と無謀の区別くらいはできる。
いくら強者と戦いたいからといって死に急ぐつもりなど毛頭ないのだから。
ドシーン、ドシーン ──────── 。
「暗がりからコソコソと襲ってきてんじゃねぇーぞ!たかが猫ごときが、正面からやり合えば俺が負けるわけねぇーんだよ」
寂然としたキャスパリーグとは対照的に、大きな音を立てながら一歩また一歩と距離を縮めていく単眼巨人の王。
そして、両者の距離が五メートルにまで近づいた時、その緊迫した空気に紛れてスズネたちが行動を開始する。
「それじゃ、みんな静かにね。キャスパリーグと単眼巨人の王の戦闘が始まったら一気に外まで走るよ」
「「「「「 了解 (っす)!! 」」」」」
ザッ・・・・・ザッ・・・・・。
「おい!クソ猫!!今からお前をズタズタに斬りき・・・」
シュンッ ──────── ヒタッ。
ズズッ…ズズズズズッ ──────── ボトッ。
!?!?!?!?!?!?
何が起こった?
スズネたちの脳裏がその言葉によって埋め尽くされる。
たった二歩、後退しただけ。
そして何よりもその間一瞬たりともその戦いから目を離していない。
しかし、目の前には特段何かをしたわけではないとでも言わんばかりに涼しい表情をしたキャスパリーグと、無惨にも首を落とされた状態のままその場に立ち尽くしている単眼巨人の王の亡骸があるだけ。
彼女たちは何が起こったのか理解が追いついていない。
ただ、恐らくは標的に向かって一足飛びをし、すれ違いざまに鋭い鉤爪で首を一刀両断したのだろう。
しかし、そんなことは今の状況においてはどうでもいいこと。
逃げなければならない・・・のだが、その時逃げる算段を失っていたスズネたちに深紅の瞳が向けられていたのだった。
「ヤッバッ・・・。こっち…見てんだけど」
「逃げる…なんて、できないよね」
「無駄でしょうね・・・」
「この際一か八かわっちの魔法で吹き飛ばしてやろうか」
「お…恐らく発動前に殺されてしまいます」
万事休す。
圧倒的な力を前にした時、それに抗う力を持たぬ者は淘汰されるまで。
弱肉強食 ────── 自然の摂理である。
だからといって、ただ指を咥えて死を待つわけにはいかない。
「フゥーーーッ・・・。ウチが奴の攻撃を受け止めるっす。その間にみんなは逃げるっす」
「ハァァァ!?アンタ、バカなの?無理に決まってんでしょ!単眼巨人の王が身動き一つ取れずに殺されたのよ。そんな奴の攻撃をどうやって止めんのよ!!」
「じゃあ、どうするんすか!何もしなかったら全滅っすよ。他の人じゃ受け止めきれないっす。可能性があるのはウチだけなんすよ」
「「「「「・・・・・」」」」」
覚悟を決めたシャムロム。
そんな彼女の言葉にそれ以上かける言葉を見つけられない仲間たち。
しかし、そんな最悪な状況であっても時間は待ってくれない。
グヴヴゥゥゥゥゥ ──────── 。
どうやらキャスパリーグは次の標的を決めたようだ。
それは取るに足らないような自分よりも小さな存在。
それでも、相手が武器を所持している以上見過ごすわけにはいかない。
今取り逃がせばこの者たちは必ず多くの者を引き連れて自分の命を狙いにくる。
これまでもそうであった。
だからこそ、今ここで確実に始末しておかなければならないのだ。
大丈夫、時間はかからない。
先程の弱者と同様に一瞬で方を付けられる。
何の問題もない。
しかし、この時キャスパリーグは一つの見落としをしていた。
目の前に並ぶ小さき存在の中に強大な力を持つ者がいることを ──────── 。
ヒタッ…ヒタッ…ヒタッ…。
「く…来るっすよ。みんな逃げる準備を」
ガタッ…ガタガタガタッ…。
「あれ?なんすかね。手が勝手に・・・」
気丈に振る舞おうとするシャムロムの手が震えだす。
全身から冷や汗が出ていることが分かる。
そして、この先の結末も。
それでも、この一撃だけは何がなんでも受け止めなければならない。
仲間の命を守るために ──────── 。
シュンッ ──────── 。
目の前から巨大な物体が消える。
そして次の瞬間、寒気と同時に視界が暗くなり辺りが見えなくなる。
無理だ。受け止めるとかそういう次元の話ではなかった。
死ぬ。それだけは分かる。何もできず、何が起こったのか理解することもできず、仲間を守ることさえできず ──────── 。
「みんな・・・ごめんっす」
ガキーーーーーンッ。
鉤爪が大きく弾かれる。
確実に殺したと思っていたのに何かによって邪魔をされた。
慌てて距離をとったキャスパリーグは、それまでの余裕をもった空気から一変し、一気に警戒心を強めて明確な殺意を敵に向ける。
グヴヴゥゥゥゥゥ ──────── 。
「おいおい、この程度ってわけじゃねぇ〜だろうな。見せてくれよ、Sランクの実力ってやつをよ」
最後までお読み頂きありがとうございます。
単眼巨人の王をも圧倒するキャスパリーグ。
最高位の魔獣の実力を遺憾なく発揮し、その強大な力を今度はスズネたちへと向ける。
絶体絶命の中で彼女たちを救ったのはやはりクロノであった。
Sランクの魔獣と歴代最強の魔王。
両者の戦いはどうなってしまうのか
次回『乱入者』
お楽しみに♪♪
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