友好の証
精霊の森北部トリニア平原。
千年前の魔族侵攻時に手を取り合って以来、一度として成されてこなかった種族間による和平。
その夢がもう目前に迫っている。
この瞬間を誰よりも待ち望んでいたヒト族代表ドルニアスと獣人族代表レオニスは静かに気持ちを昂らせていた。
各種族の代表が一堂に会することなど千年前を最後に実現することはなかった。
その光景はまさに壮観である。
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ヒト族代表、国王ドルニアス。
白い鬣が特徴的な獣人族代表、獣王レオニス。
金糸で装飾された真っ白なローブを纏った精霊族代表、精霊王ノア。
鋭く尖った長い耳が特徴のエルフ族代表、族長モーフィス。
小さな身体に四枚の羽が生えた愛らしい姿の妖精族代表、妖精女王ティアナ。
ずんぐりむっくりとした体型と顔を覆う髭が特徴的なドワーフ族代表、族長ジダルク。
豚の顔に戦士特有の鎧を身に纏ったオーク族代表、族長ダダン。
首筋にあるエラ、手足についた水掻きからひと目で種族が分かる魚人族の代表、海王ゾッゾ(シャチの魚人)
現存する種族の中で最も小さい身体(10〜15cm)ととんがり帽子がトレードマークである小人族代表、族長ピノ。
ひと目で分かる大きな身体(15m前後)、そして全種族中最強の腕力を誇る巨人族代表、族長ズール。
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特に精霊族と魚人族の代表者は滅多に表舞台に姿を現すことがなく、その存在自体が伝説とされていた。
そして彼らの参加こそが今回の調印式の意義と重要性の高さを何よりも表しているのであった。
「ノア様、ご無沙汰しております」
各種族の代表が集まる中、他の代表者たちをよそに妖精族の代表である女王ティアナが精霊族の代表ノアに頭を下げる。
精霊王ノアはガルディア王国の南に位置する広大な森林群、通称『精霊の森』を守護している。
そして妖精族はその加護の下、精霊の森で暮らしているのである。
もちろんその恩恵を受けているのは妖精族だけではない。
精霊の森に張られた超強力な結界によって大陸最南端にある魔族領からの侵攻を防ぐことが出来ていることもあり、ヒト族を始め魚人族以外の種族もまたその恩恵を多大に受けているのだった。
「おお、ティアナか。久しいな。一族は皆元気にしているか?」
「はい。ノア様の加護の下、平穏に暮らすことが出来ております」
「ハッハッハッ。我は特に何もしておらんよ。心穏やかに過ごせておるのなら良い」
超強力な聖と光属性の力を有する精霊王ノア。
その性格は温厚であり、常に中立の立場を貫いてきた。
それは千年前の戦争の際でも同様であり、神聖な森を守ることにのみその力を使い、魔族の侵攻を防ぐことはしても魔族に直接攻撃するようなことはなかった。
それ故に今回の調印式にも代表者として参加してはいるものの、実質的には立会人としての意味合いが大きい。
ドルニアスとレオニスにとっては彼がこの場にいることによって、この協定が特定の種族が優位に立つようなものではなく、あくまでも全ての種族が平等あり対等であるということを示したかったのだ。
「それでは皆様お揃いになられたようですので、これより種族間における永続的な友好関係の構築と争いを禁ずる協定に関する調印式を開始致します。今回の進行は長年種族間において中立の立場をとってきた精霊族より私ミリスが務めさせて頂きます」
ミリスの進行の下、今回の協定に関する概要が読み進められていく。
協定の大枠は以下の通り。
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▪️法の統一による種族間の友好的な関係の構築。
妖精族、ドワーフ族、オーク族、魚人族、小人族、巨人族はヒト族の法の下でこれまで通り生活を営む。
▪️治外法権の承認。
獣人族、精霊族、エルフ族は各種族独自の法やルールによって生活を営み、その他の法やルールによる侵害を許さない。
▪️種族間の武力による争いの禁止。
他種族との交渉・口論は認めるが、これを武力によって解決することを禁ずる。
もし、この禁を破った種族に関してはその他九つの種族によって制裁が加えられる。
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今回の協定の中で最も重要とされた永続的な友好関係の構築だが、独自色の強い獣人族、中立的な立場を崩すことのない精霊族、自衛の意味も含め閉鎖的な立場をとるエルフ族は独自の法やルールの下での生活を求め、これが認められた。
そして他の種族は、最も数が多く生活基準も高いヒト族の法の下で安定した生活をすることを求め、これが認められたのだった。
これらを全十種族が了承し、それぞれ代表者の血判によってこれが受理された。
これにより魔族と人魚族を除く全ての種族が協定に調印し、この血判状は『友好の証』として各種族の手に渡った。
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歴史的な一日が終わり、各種族の代表者たちが帰路につく。
そして、最後までトリニア平原に残った今回の協定の発起人であるドルニアスとレオニスが言葉を交わす。
「ありがとう。レオニス」
「礼を言うのはこちらの方だ、ドルニアス。だが、ここからがスタートだぞ!」
「そう…だな・・・」
「どうした?浮かない顔だな」
「いや…今日を目指してやってきたんだ。結果には満足している。────── だが、欲を言えば人魚族にも参加してもらいたかった」
満足感の中に悔しさを滲ませるドルニアス。
人魚族には今回の協定に参加してもらえるよう何度も懇願してきた。
ドルニアス自身も自ら人魚族の里に足を運び頭を下げ、また別の時にはレオニスが話し合いの場を設けたこともあった。
しかし、人魚族の女王であるサフィールは最後まで首を縦に振らなかった。
「二百年ほど前か・・・」
二人の間に沈黙が広がる中、レオニスの口から言葉が溢れ出る。
二百年前、人魚族の姫がヒト族の手によって殺害されるという事件が起きた。
事件を起こした愚か者は激怒したサフィールの手によって惨殺され、これ以降ヒト族と人魚族の関係は悪化の一途を辿ることとなったのだ。
「過去の話とはいえ落ち度は完全にこちら側にある。実際の時を生きていない我々としては過去の出来事ではあるが、その場に居合わせた人魚族のことを想うと知らぬ存ぜぬというわけにはいかない」
「まぁ〜実際に相対して話した感じでは、サフィールも頭では理解している様子ではあったがな。しかし、それと心は別だ。おいそれと許すことなど出来ぬのだろう」
「ああ、レオニスの言う通りだ。だが、我々も下を向いてばかりではいられない。これからのヒト族の在り方を見てもらい、いつの日にか人魚族にもこの協定に参加してもらってみせる!」
「その意気だ!我々獣人族も今日調印した種族も協力は惜しまん。共に世界の安寧を目指そう!!」
「ああ、皆の協力に感謝する」
そう言うと、ドルニアスは力強くレオニスの手を取り深々と頭を下げたのだった。
ここから各種族間の関係が以前よりも積極的なものとなり、特にヒト族と獣人族の関係性は密接なものとなった。
そして、そこから十数年をかけて地道な国交を続けていき互いの国の商人たちが行き来するようになったことで両国の経済はさらなる発展を遂げ、良好な関係を築いた両国は繁栄の時を迎えるのであった。
それから五十年後 ──────── 。
獣王国に生まれた一人の男児によって獣人族の未来は大きく変わることとなる。
最後までお読み頂きありがとうございます。
各種族の代表者による調印式も無事に終わりましたね。
自国の繁栄と世界の安寧を目指すドルニアスとレオニスにとっては大きな一歩。
そうして一定の成果を生み出した彼らでしたが、その後今回調印された協定における『永続的な友好関係』というものをどのようにして後世に引き継いでいくのかという問題に直面するのです。
次回『獣王国の未来』
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