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[覚醒]

◆以降は2015年に連載していた際の前書きです。


【恐縮ながらご報告】


 今春完結致しました拙作『Momo色サーカス』ですが、先日『小説家になろう×マイナビBooks 小説コンテスト「お仕事小説コン」』にて予選通過と電子書籍化への打診を戴く事が出来ました*


 色々な条件を考慮しまして、今回の電子書籍化は残念ながら辞退させていただきましたが、こうして公の場で認められる事は大いに励みになります。お読みくださいました皆様、誠に有難うございました!




 その夜の両宮は騒がしかった。


 怒りにまみれたシャニが、侵入者である「偽の侍女(シュリー)」の捕獲を、そして明日行なわれる寵姫(ちょうき)選良披露への不安から、イシャーナの捜索を開始したからだ。シュリーはその後イシャーナとの再会を果たし街の雑踏へ、イシャーナはあのまま地下に身を隠し、お陰で手掛かりすら見つからないシャニの焦燥は、ナーギニーを安らかな眠りに置き去りにした。


 それでも翌日の昼食会を兼ねたお披露目の儀式は滞りなく進められた。今までも沢山のご馳走が並んだ(うたげ)であるが、それらを優に超える素晴らしい匂いが室内を漂う。黒宮最上階では手狭である為、この会食は白宮の大広間で催された。中央奥へ(しつら)えられた王の玉座を中心に、コの字型に並べられた長細いテーブルには、王妃・候補者の少女達、そして見守るように家臣や侍女達が遠巻きに囲んだ。


 広間を巡る円柱の向こうには、東西に一つずつ大きなタンドール窯が置かれている。スパイスとヨーグルトの良く効いたタンドーリ・チキンやシシカバブ、ふっくらと焼き上げられたナンが次々と取り出されては供される。テーブルにはマトンやチキン、白身魚や海老のカリーが所狭しと並べられ、それぞれが競うように豊かな香りを辺りに振り撒いた。クリームをたっぷり掛けたチーズ(パニール)のオーブン焼き、香菜(コリアンダー)を散りばめた彩りの美しい新鮮なサラダ、また南インドの少女達に合わせたかのように、具沢山の炊き込みご飯(ビリヤニ)やサフラン・ライス、米や豆のクレープに蒸したポテト(アル)を包み込んだマサラ・ドーサなど、珍しい料理も皆の目と舌を楽しませた。


 けれどこの場が少女達のお喋りや笑い声で溢れ、盛り上がることは一向になかった。満足そうな王以外、全員が粛々と、そして黙々と食事を口にするばかりだ。まるで既に選ばれた妾妃(しょうひ)はナーギニーなのだと知っているかのように。が、当のナーギニーはと言えば、あの仕立てられた紺色のサリーを身に(まと)い、あたかもからくり人形の如く機械的に口元へ料理を運んでは、味わえているのかも分からない無表情で、ひたすらそれを喉へ通していた。


「大変美味であった。皆の胃袋も満たされたであろう。そろそろ私の心も満たしてもらおうか」


 全ての食器が(から)となり、インドのあらゆるデザートが再びテーブルを埋め尽くした頃、温かなミルクティー(チャイ)で喉を潤したシャニは、全員を視界に取り込みながらそう告げた。


「今期の我が姫を発表する」


 王は玉座からすっくと立ち上がり、テーブルの向こうの中央へ躍り出た。今一度全員を吟味するように、小太りな身体を重そうに一回りさせた。


「……ナーギニー、こちらへ」


 東南の端に腰掛けたナーギニーへ声を掛け、また彼女も無言のまま、それに応じ前方へ進んだ。辺りから驚きや失意の溜息は有り得ず、ただ静謐(せいひつ)な空間に小さな足音だけが響く。


「ナーギニー……私の指名を受け入れてくださいますね?」


 少女の眼前に(おもむ)き、(ひざまず)く王。


 その右手を取って、四度目となる返事を待つように見上げる。


「わ、たし、は……」


 ナーギニーもまた王の視線に囚われたように、(こうべ)を垂れて言葉を紡ぎ出した。が、その息遣いは苦しく、かろうじて聞こえる小声が(かす)れては途切れ出でる。


「──たし……は、シャ……ニ、さ……」


 胸元に熱さを感じ、左手がサリーの(ひだ)ごとブラウスの下の指輪を握り締めた。途端其処から溢れる内なるエネルギーが、ナーギニーの瞳を最大限まで見開かせた。


「ナーギニー?」


 なかなか答えの続かない少女へ、(いぶか)し気に問いかける。その(まなこ)に映ったのは、何かと格闘するように(あらが)う少女の双眸だった。


「わ……ったし、は……た、しは……──!」


 シャニの手から(のが)れた右手も胸に添え、ナーギニーは(あえ)ぎながら膝を落とした。反面シャニは戸惑いを隠せぬように驚き立ち上がった。そして感じる、少女の向こうの宮殿入り口から、大きな『力』の近付く気配を── !


「お前……何処に行っていた! この儀礼はお前ごときが同席出来る場所ではないっ! 早く去れ……去らぬなら……今すぐ捕らわれよ!!」


 シャニは突然吠えるように、入り口の影に怒鳴り立てた。途端剣を構えた家臣達が、そのシルエットに立ち向かう。だが(まばゆ)い光を放った影は、彼らの剣先を触れさせることさえ許さなかった。


「ナーギニー……遅れて、ごめん」


 ゆっくりと、ゆっくりと、着実に一歩ずつ歩み寄る光の影は、(いつく)しむように愛おしむように言葉を綴った。それでも少女は背を向けたまま、膝を突き、手を着いて、苦しみの息を吐き出し続けている。


「無駄だ。彼女はもう私に支配された。私の唇は彼女に触れ、私の眼は彼女を見たからな……お前とて、既に操るなどたやすいことだ……何年あの琥珀を飲んだ? あれだけ体内に含めば、もはや触れずともお前を──」


「ナーギニー……おいで」


 足元で苦悶するナーギニーを眼下に、シャニは不敵な(わら)いを正面に向けていた。けれど其処に立つ光の影は、依然近付きながら少女の背中に(ささや)き続けた。


「お、前……まさか……? いや……有り得ぬ! ナーギニー、どうか早く答えを聞かせておくれ……ほうら……君の家族も、君の承諾を待ち侘びている」


 そうしてニヤリと微笑んだシャニは、少女の目の前でしゃがみ込み後ろを振り向いた。その先には──アグラの街で結果を待ち望んでいる筈の家族が──母が、父が、祖母が、兄が、妹が──懇願の眼差しでナーギニーを見守っていた。


「ナーギニー! 何をやってるんだい!! 早くシャニ様にお返事をしっ!!」


 ずっと遠くへ追いやっていたあの母親のだみ声が、ナーギニーの痛みを発する胸を芯部まで(えぐ)()った。それが呼び水となったように、家族の口から溢れ出す罵声の嵐。


「一体いつまで待たせるつもりだ!? お前は「受け入れます」と一言答えればいいんだよっ! こんな贅沢な暮らし、もうどれだけ愉しんだんだ! いい加減私達にも味わわせろと言ってるんだっ!!」


「……あ……ああ……」


 キリキリと握り潰される胸の痛みに、ナーギニーはただ嗚咽(おえつ)を洩らした。理性と感情・義務と願望が複雑に絡み合い、彼女の心を真綿のように締め上げる。


「ごめん……ナーギニー、ずっと苦しかったね……もう、君は解き放っていいんだ……家族のことも、自分のことも……」


 光の影は、いや……『光』は、ようやく全貌を顕わにした。


「お……前、どうやって……!?」


「──シャニ」


 『光』は後ろ姿のナーギニーと、言葉を失くしたシャニの前で立ち止まった。神々(こうごう)しく辺りを漂う黄金の波、それがやっと少女の身体に辿り着き、やがてその息遣いに静けさを取り戻させていった。


「シュリーが自分に糸口を与えてくれたのだ。随分長い間(あざむ)いてくれたものだな。目覚めればあんな『星の欠片(カケラ)』など、私に敵う物とは思えぬだろうに」


「くっ……シュリーだと? あの女はドールに喰い殺された筈……」


 悔しそうに言葉を零したシャニは、しかし『光』の向こうの円柱にもたれかかる美しい女性に目を留め沈黙した。


「お陰様でこの通り、「生きている」から安心して」


 身体を真っ直ぐに立て、シュリーはにこやかに笑った。


「貴様らっ……!!」


 憤怒の頂点に達した王は、怒声を上げながらもその脚は後ずさりしていた。それだけ『光』の持つ強い力が、そして其処から感じてしまう恐怖が、とてつもなく厖大(ぼうだい)であったから。


「おいで……愛しい人」


 『光』は依然地に這う少女に優しく呟いた。ついに真後ろまで近付き、彼女の背にしゃがみ込んだ時、ナーギニーはどうにか顔をもたげた。そして振り返るその先には──!


「あ……あっ、う……」


 眼を覆う程の眩しさであるのに、ナーギニーにはその『核』が見通せていた。そこから発する温かな光が、抱き締めるように包み込んでくれる。自然と涙が溢れ、口元に笑みが甦った。なのに未だほんの少しばかり残された『毒』が、彼女の唇から言葉をもぎ取っていた。


「ごめん、ナーギニー。僕はずっと自分を非力なのだと思い込んでいた……君がシャニの(もと)で安住の地を得ることが、人生で最良の選択なのだと諦めていた……本当にごめん……でも、これからは僕が君を守るよ──」


 切なそうな『光』の眼差しを、ナーギニーの瞳は逸らすことなく瞬くことなく、真っ直ぐに受け止め理解した。ずっと忘れ去られていた記憶の海、その中心で見つめてくれていたこの眼差しを!


 『光』の大きな掌が、ナーギニーの小さな両肩に添えられる。その手が柔らかく彼女を立ち上げた。力強い腕に支えられ、少女は『光』を嬉しそうに見上げた。


「ナーギニー、どうか思い出して。僕のことを、僕との日々を、そして君の名を──」


 寄り添う『光』が更に近付き、ナーギニーはその中に溶け込んだようだった。トロリとした甘露(アムリタ)の感触が唇を纏う。それはとても新鮮で心洗われる感覚でありながら、常に手にしていた筈の宝物であった。懐かしい想いと共に、失われていたことの哀しみが浮き上がり、拡散し、消え去り……澄んだ気を宿した身は、深奥(しんおう)から止め()なく湧き上がる想い出を、一つ一つ確実にあらゆる細胞に焼きつけ直した。まるでめくるだけで書き込まれ、埋め尽くされていく書物の如く──


「……シ、ヴァ……様……」


 ようやく言葉を紡いだ唇は、あの偉大なる神の名を『光』に告げた。


「思い出してくれたんだね、ナーギニー……いや、私の愛する妻……君は──」




「パールヴァティーです。シヴァ様……」




 彼女の面差しは記憶と同時に自信を取り戻していた。凛とした空気が生まれ、流れるように二人の間を一巡した。


 破壊神でありながら、救世主でもある最高神シヴァ。


 その妻であり、美の最高峰ともいえる女神パールヴァティー。


 過去が──前世がその手に戻った二人には、もはや恐れるものなど何も存在しない──。




◆以降は2015年に連載していた際の後書きです。


 いつもお付き合い誠に有難うございます*


 次回が最終話となります。


 何卒最後まで宜しくお願い申し上げます!



   朧 月夜 拝




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