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[真相]

 黙りこくってしまったほんの数秒、漂う沈黙を(とが)めるように、二人の間に挟まれた夜空が、一筋の光をもたらした──箒星(ほうきぼし)。暗がりが一瞬強い輝きを放ったことに、ナーギニーは驚いてハッと顔を上げる。見えたのは流れゆく尾の端だけであったが、それは金色の飛沫(しぶき)のように、辺りに舞い散り消え去った。


『この空は偽物だけど……本物でもあるんだ』


「え?」


 見上げた視線を僅かに下げて、尖塔(ミナレット)のバルコニーを捉える。イシャーナの影は流星の後を追うように、その横顔はまだ仰いでいるようだった。


『遥か昔、海が砂で満たされていなかった時代、空は澄んで数多(あまた)の星が瞬いていた。さっき流れていった星の欠片(カケラ)も、時によっては雨のように降り注いだそうだよ。そんな失われた過去をこの空が映し出している……造り物ではあるけれど、夢の産物ではない。(いにしえ)の世に実在したものなんだ』


「この空が……」


 優しく語りかけるイシャーナの声に、ナーギニーは改めて星空を見上げた。アグラの街でも見られなかった訳ではないが、これほど沢山の星々が一度に現れたことはない。閉じ込められていた自分だからこそ知らないのだと思わされていた事実は……本当は誰もが知らないのかもしれない。それは何故だかとても不思議に思えた。


『一つ……君に弁明をしたくて、来てしまった……』


 (なご)やかな空気に包まれていた少女の思考は、絞り出されたように途切れがちな言葉で引き戻された。


「は、はい……」


 聞いていることを知らせる為に、目の前でじっと動かないナーガラージャへ返答をする。ややあってイシャーナがそれに続いた。


『昼食会でシャニ様が仰られた通り、僕は彼の息子だけど……本当の息子ではない。血は繋がっていないんだ』


「え……」


 ナーギニーは戸惑いを示しながら、それでもすぐに理解をした。会食で彼に向けられたシャニの悪意を含んだ質問、あれは血を分けた子息ではなかったからこその、悪戯(イタズラ)(あそ)びであったのだと。


『本当の父親は此処から北へ行ったクシナガルを治めた大藩王(マハーラーナー)だった。でも自分がまだ小さい頃、父は事故で命を落としてしまい、数年前から州を統治していたシャニ……様に、領地を取り上げられてしまったんだ。……母は父が亡くなった痛手から(やまい)を発症し、或る薬がなければ生きられない。その薬草を作る地を、管理しているのがシャニ様でね……母はシャニ様からの求婚を承諾するしか他に道はなかった。母は僕を共に受け入れるという条件で彼の正妻となり、今に到る……だから──』


「そ……でした、か……」


 徐々に苦悩を顕わにする(かす)れた声に、ナーギニーもまた同じ声色で応えることしか出来なかった。母親を人質に獲られたも同然の逃れられない状況。今までにも今日のような仕打ちは幾度もあったのかもしれない。


『ごめん……こんなつまらない話を。ええと……もう旅の疲れは取れたかい? 部屋も快適なら良いのだけど』


 それきり押し黙ってしまった少女に、イシャーナも居たたまれなくなったのだろう、刹那にワントーン高い明るい声を上げ質問をした。同時にナーギニーも俯いてしまった(おもて)を戻し、喉元に力を込めた。


「は、はいっ。お食事の後に少し休めたお陰で、随分元気になりました。お部屋も私にはもったいないくらいです」


 少々慌て気味ではあったが、自分の伝えたいことが唇からスルスルと飛び出したことに、ナーギニーは自身でも驚いていた。けれどもしも目の前で相対しているのがナーガラージャでなく、イシャーナであったのならどうなのだろう? 彼の柔らかい微笑みを見つめながら、滑らかな語らいは出来るのだろうか?


『それなら良かった。もし不都合があったなら、侍女達に伝えてくれたら大丈夫だよ。彼女達は必要以上のことはしないけど、イレギュラーな事態に対応出来ない訳でもないから』


「それはどういう……?」


 微妙に含みのある言い方に、少女はゆっくりと首を(かし)げた。


『僕にも分からない……侍女だけでなく、この地で働く全ての民に「自我」を感じたことがないんだ。でも彼らが意思を持たないとも思えない。()いたことに答えられない訳でもないし、その場で返事の出来ない場合でも、翌日にはしっかりと答えを返してくる。逆を言えば性急な用でない限り、対応はされるということなんだ』


「は、い……」


 自分だけでなく疑問を持つ人が此処に居る。だがもう十何年もの歳月を経たイシャーナでさえ分からないのだ。この謎を解くのは難解であること、ただそれだけが判明した。


「あの……イシャーナ様」


 初めて掛けられた少女からの声に、それを運ぶナーガラージャの瞳が震えた。


『うん。何か、質問でも?』


 イシャーナも微かに驚いたようだった。


「はい……私を迎えにいらした使いの方々は、長い銃を持っていらっしゃいました。あの銃から金色の光のような物が出てくることはありますか?」


『金色?』


 それからしばし音のない時間が流れ、やがて応答が帰ってきた。


『いや……何度かあの銃を使う場面は見た記憶があるけど、普通の弾丸であって、そんな光が現れたことは……。それは君がそのような光を目撃したということ、なんだね? 従者は何に発砲したんだい?』


「い、いえ……」


 シュリーが消えた直前に辺りを包み込んだ金色の閃光。けれど「ドールに襲われてしまった」と偽りを告げたイシャーナに、事の真相を明かすことは出来なかった。何より秘密にするとシュリーに約束してしまっている。あの光は銃が発した物でないという確証は得られたが、と同時にイシャーナを納得させることの出来る説明は、何一つ浮かび上がってこなかった。


『……どうやらこの辺で帰った方が良さそうだ。ナーギニー、話の途中だけど……ごめん。そろそろ失礼するよ』


 少女が困惑しながらあたふたと言い訳を考え巡らしていた最中、やや音量の落とされた残念そうな声が聞こえてきた。共に右手となる宮殿正面から賑やかな幾つかの声音(こわおと)が近付いてくる──夜の庭園を散策していた少女達の楽しそうな会話だった。


「はい、あの、ありがとうございました」


 首を降ろし、去る体勢を整えたナーガラージャに、ナーギニーは深くお辞儀をした。


『こちらこそ楽しかったよ、ありがとう。……明日の夜、また来てもいい?』


「は、はいっ、もちろんです!」


 その問いに、少女の心は軽やかに弾んだ。


『そう言ってくれて……本当に嬉しいよ。どうかゆっくり休んで。おやすみ……「お姫様」』


「あっ……」


 最後の台詞(セリフ)に、胸の内へ心地良く響き渡る出逢いの言葉。「おやすみなさい、イシャーナ様」──彼女がそう呟いた時にはもう、ナーガラージャの姿もイシャーナの遠い影も、まるで夢の如く掻き消えていた──。




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