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仮初の皇太子妃は本物になりたい。

作者: ユミヨシ

コレンティーヌ・アレクトス伯爵令嬢は茶の髪の地味な皇立学園でも目立たない令嬢である。


アレクトス伯爵家も事業が上手く行かず、貧乏伯爵家で、肩身の狭い思いをしていた。

歳は16歳。社交界デビューもしたい年頃だが、着て行くドレスも無く、貧乏伯爵家である故に未だ婚約者もいなかった。


そんなコレンティーヌであったが、貴族ならば誰でも通える皇立学園。しかし、その授業料は高い。

しかし、クラスは成績順になるのと、10位までに入れば授業料は免除となるので入学試験を行う。コレンティーヌはその入学試験で一位を取る成績で、奨学金を得る事が出来て、学園へ通う事が貧乏ながら出来るようになった。


嬉しい…貴族令嬢が誰もが通う皇立学園。

うちは貧乏だから諦めていたけれども、入学試験を受けてよかったわ。

これで大好きな勉強が出来る。

上手く行けば、素敵な婚約者を見つける事が出来て、貴族の社交界で生きる事が出来るかもしれない。


マルド帝国の貴族は派閥社会であり、皇立学園の生徒達も同じ派閥の家の生徒達が集まり、他の派閥といがみ合っていた。


カレンティーナ・ミルディアルク公爵令嬢。

その銀の髪の美しすぎる令嬢はこのマルド帝国のファレスト皇太子の婚約者である優秀な令嬢である。

コレンティーヌの一つ上の学年に彼女は属していた。


貧乏伯爵家ながら、ミルディアルク公爵家の派閥に属するアレクトス伯爵家。


学園でも自然とカレンティーナ公爵令嬢の派閥にコレンティーヌは属する事になった。取り巻き令嬢の一人として、カレンティーナの傍に居る事になったのである。


初めてカレンティーナに会った時に、カレンティーナは優しく微笑んで、


「貴方はとても優秀だと聞いたわ。入学試験は一位の成績だったそうね。わたくしがカレンティーナ・ミルディアルクよ。」


「コレンティーヌ・アレクトスですっ。よろしくお願いします。」


緊張した。

そしてあまりの美しさに、目が奪われた。


この方が我が派閥のトップに立つミルティアルク公爵家の令嬢カレンティーナ様。

なんてお美しい。なんて品がある…


カレンティーナ様の為に精一杯尽くそう。

そう、コレンティーヌは思ったのであった。


カレンティーナの婚約者、ファレスト皇太子殿下も銀の髪にエメラルド色の瞳のそれはもう、美しき皇太子殿下で、二人はお似合いだと言われていた。

そんな二人をうっとりと取り巻き令嬢達と共に見つめ、


「カレンティーナ様の結婚までの道のりをお守りするのが我ら取り巻き令嬢の役目。頑張るわ。」


カレンティーナは微笑んで、


「皆さん。とても頼もしいわ。よろしくお願いするわね。」


コレンティーヌは両手を組んでカレンティーナを見つめながら、


「私、カレンティーナ様のように、なりたいです。でも…全然、美人じゃないし、痩せていますし…」


カレンティーナは優しくコレンティーヌに向かって、


「人は努力でいくらでも美しくなれるものよ。表面だけが美しいだけでは駄目。内面も美しくなければ。そうだわ。わたくしが色々と教えてあげるから、努力なさい。」


「え?いいのですかっ?」


「ええ。」


カレンティーナは取り巻き令嬢達を見渡して、


「貴方達は可能性に満ちているわ。未来のマルド帝国を支える為にも、共に努力致しましょう。」


取り巻きの他の令嬢達も、目を輝かせて、


「カレンティーナ様。わたくしも学びたいです。」

「わたくしもっ。」

「是非とも、よろしくお願いしますわ。」


カレンティーナはそれから、暇を見ては、貴族令嬢の作法、効率のよい勉強の仕方、優雅に見えるダンスの踊り方、色々とコレンティーヌ達に教えてくれた。


カレンティーナは特にコレンティーヌを可愛がってくれて、


「コレンティーヌ。貴方は特に飲み込みが早いわ。」


「わたくし。カレンティーナ様のようになりたいのです。ですから、一生懸命励んでいるのですわ。」


「そう。貴方、わたくしの妹になる気はない?」


「ええ?妹っ?」


「そうよ。卒業したら我が公爵家の養女にならない?勿論、正式にミルディアルク公爵家からアレクトス伯爵家に話を入れるわ。」


カレンティーナは自分の唇に人差し指を押し当てて、


「在学中は他の人には秘密にしておいて。貴方とわたくしだけの秘密。貴方が嫉妬されてしまうでしょう。」


「そ、そうですわね。」


「その間に、貴方をもっともっと磨いてみせるわ。そうだわ。土日に一緒に皇妃教育を受けましょう。」


「え?皇妃教育を?」


「そうよ。貴方ももっと高みに登りたいでしょう?自分を磨きたいでしょう?」


コレンティーヌは頷く。


「カレンティーナ様のようになりたいですわ。」


「それなら、一緒に皇妃教育を受けましょう。わたくしから、皇家に言っておきますから。」



憧れのカレンティーナ様のようになりたい。

皇妃教育まで受けさせて貰えるなんて。

もっともっと、勉強して…自分を磨きたい。


マナーから、勉学、ダンス、休日は皇宮に行き、カレンティーナと共に皇妃教育を受ける日々。


難しくて大変な皇妃教育だったが、コレンティーヌはやりがいを感じた。


地味で痩せていたコレンティーヌであったが、皇妃教育の教官に色々と美しくなる為の肌や髪の手入れを教えて貰い、食事にも注意して、それはもう、美しく変貌していった。


そんなとある日、ファレスト皇太子と共にカレンティーナは現れて、


「せっかく皇太子殿下が夕食をと誘って下さったのに、わたくし、用事がありますの。コレンティーヌ。お願い。ファレスト様とお食事をしてくれないかしら。」


「ええ?わたくしがですか?ファレスト皇太子殿下はカレンティーナ様の婚約者。それはカレンティーナ様に失礼に当たると思いますわ。」


「わたくしがお願いしているの。大丈夫よ。それではよろしくお願いするわね。」


ファレスト皇太子が困ったように、


「カレンティーナの我儘だ。すまないが、夕食を共にしてくれないか?」


「解りましたわ。」


皇宮の客間で、豪華な夕食を共に食べた。


コレンティーヌはあまりに緊張して食事の味が解らなかった。


ファレスト皇太子はため息をついて。


「カレンティーナは何を考えているんだ…彼女が何を考えているか解らない。普通、婚約者が他の女性と食事をする事を良くは思わないのではないか?」


コレンティーヌも同意して、


「カレンティーナ様は何か隠し事があるのではないでしょうか。わたくし、カレンティーナ様の為なら何でもする所存です。あの方はわたくしの恩人ですわ。こうして素晴らしい教育を受ける機会を与えて下さり、そして、わたくしの事をとても可愛がってくださった。

カレンティーナ様の力になりたいと思います。」


「有難う。私には何も話してくれないのだ。何か悩んでいると思うのだが…聞いてみてくれないか…」


「解りましたわ。」


カレンティーナの事が心配だった。

美しいカレンティーナ…とても自分を可愛がってくれたカレンティーナ…

どうして?何で?


食事を終えて、今日は帰ろうと帰り支度をし、皇宮の廊下を歩いていると、帰ったはずのカレンティーナが出口に立っていた。


「駄目ね…どうしても帰る事が出来なかった。ファレスト様とどういうお話をしたの?彼は貴方を見てなんて言ったの?ねぇ…教えて。貴方に好意を持ったの?わたくしの事は何も言っていなかったの?ねえ…教えてっ教えてくれないかしら。」


コレンティーヌは慌ててカレンティーナに近づき、必死にその顔を見つめながら言葉を紡ぐ。


「カレンティーナ様。皇太子殿下はとても貴方様を心配しておりました。わたくしにお話して下さいませんか。何を苦しんでおいでです?」


カレンティーナは涙を流して、


「わたくしは不治の病に侵されているの…だから、皇妃にはなれない。卒業と同時に北の神国へ行くわ。そこは医療が発達している。もしかしたらわたくしは生きられるかもしれないから…」


「ファレスト皇太子殿下は?皇帝陛下は?ご存知なのですか?」


カレンティーナは首を振って、


「後、1年半…報告をしないと…でも、わたくしはファレスト皇太子殿下の婚約者でいたかったの。一日でも長く…早く諦めなくてはいけないのに。わたくしはあの方の事が好き。

わたくしはあの方の傍にいたかった…」


「でしたら、一日でも長くファレスト皇太子殿下のお傍に…カレンティーナ様。こんなに愛しておられるのなら…」


「でも、わたくしは貴方に皇妃の座を…」


「後悔が残りますわ。カレンティーナ様のお心に。ですから、どうか…帝国を去るまでファレスト皇太子殿下のお傍にいて下さいませ。」


「有難う。コレンティーヌ。」




それからも、フォレスト皇太子とカレンティーナとの仲が良い様子がたびたび、皇立学園で見受けられた。


変わらない日常。


コレンティーヌの心は痛かった。


どんなに苦しいだろう…ファレスト皇太子殿下に真実を述べたのだろうか?

カレンティーナに聞いてもそれは卒業間近まで教えてもらえなかった。


そして、卒業パーティで突如、ファレスト皇太子から、発表された。


「私はカレンティーナ・ミルディアルク公爵令嬢と婚約を解消し、新たにコレンティーヌ・アレクトス伯爵令嬢と婚約を結ぶこととする。


皆、驚いた。


カレンティーナとファレスト皇太子の仲の良さは有名だったからだ。


カレンティーナは微笑みながら、


「婚約解消、受け入れますわ。わたくし、神国へ行くことが決まっておりますの。ですから、ファレスト皇太子殿下と結婚する事は出来ませんわ。」


他の令嬢達が駆け寄って、


「どうして神国へ?」

「そうですわ。カレンティーナ様。カレンティーナ様こそ、マルド帝国の未来の皇妃にふさわしいお方。」

「あああ、どうしてっ…」


カレンティーナは令嬢達に、


「有難う。わたくしは帝国で皇妃になるよりも、やりたい事を見つけたのです。皆様がわたくしを慕ってくれて、とても嬉しかったですわ。どうか、マルド帝国の為に、今までわたくしが教えた事を役立てて下さいませ。これがわたくしの最後のお願いです。」


他の令嬢達はカレンティーナが不治の病に侵されている事をまるで知らないのだ。

知っているのは彼女を診ていた医者とファレスト皇太子と皇帝陛下、カレンティーナの両親とコレンティーヌだけなのだ。


「口外しないでお願い…」


そう、カレンティーナはコレンティーヌに頼んだ。

だから、言えなかった。


カレンティーナはコレンティーヌに、


「どうかお願い。わたくしの代わりに未来の皇妃に、皇太子殿下と婚姻して欲しいの。貴方しかいないわ。皇妃教育を受けてこの帝国の皇妃が務まるのは…皇帝陛下にも、ファレスト皇太子殿下にも未来の皇妃はコレンティーヌしかいないと、お話したわ。」


今まで多大な恩を受けて来たのだ。コレンティーヌは頷いた。


「解りましたわ。でも、わたくしは仮初の皇太子妃。カレンティーナ様がお戻りになるまでの仮初の皇太子妃になりますわ。ですから、必ず神国から生きて戻って来て下さいませ。お待ちしております。」


「ああ、コレンティーヌ…有難う。」





そして神国へ行く日、コレンティーヌはファレスト皇太子と、カレンティーナの両親、ミルディアルク公爵夫妻と共に見送った。


馬車に乗る前にカレンティーナは、


「わたくしは戻って来る事は出来ないでしょう。どうか、このマルド帝国を…お願いね。コレンティーヌ。」


カレンティーナの手を握りながらコレンティーヌは涙を流して、


「戻って来て下さいませ。わたくしはそれまで、仮初の皇太子妃として、この帝国の為に働きますから。お待ちしております。カレンティーナ様。」


ファレスト皇太子はカレンティーナを抱き締めて、


「ああ、そなたと共に神国へ行けたらどれだけ幸せか。だが、私はマルド帝国を見捨てる訳にはいかないのだ。すまないっ…愛しているのはそなただけだ。」


カレンティーナはファレスト皇太子にぎゅっと抱き着いて、


「嬉しいですわ。でも、わたくしの事はお忘れ下さい。どうか、コレンティーヌと共にマルド帝国を盛り立てて下さいませ。それがわたくしの願いですわ。」


胸が痛い…カレンティーナ様の辛いお心を思うと胸が痛かった…


コレンティーヌはカレンティーナの代わりに仮初の皇太子妃としてマルド帝国を盛り立てよう。

きっとカレンティーナは不治の病を神国で治して戻って来る。

それまで、頑張ろう、そう強く思うのであった。




「そなたと床を共にする事はない。」


帝国の大きな教会で派手な結婚式を挙げた。


しかし、ファレスト皇太子との初夜を行うはずの寝室でそう宣言されたのだ。


コレンティーヌは当然だと思った。


「わたくしは仮初の皇太子妃、だから、当然の事ですわ。カレンティーナ様が戻って来るまでわたくしは皇太子妃として政務を頑張らせて頂きます。」



そうは言った物の、寂しさを感じる。

実家のアレクトス伯爵家は、コレンティーヌがミルディアルク公爵家の養女になってからファレスト皇太子の元へ嫁いだお陰で、事業の援助が受けられて貧乏生活から脱却した。

それはとても安堵しているけれども…


― 上手く行けば、素敵な婚約者を見つける事が出来て、貴族の社交界で生きる事が出来るかもしれない。―


皇立学園へ入学する時に思っていた夢…

貴族の社交界で生きる事は出来た。もし、カレンティーナが戻って来て皇太子妃から降ろされても、ミルディアルク公爵家の養女になっているのだ。社交界で生きる事は出来るだろう。


しかし、素敵な婚約者を見つけて、結婚して…愛されて…

ファレスト皇太子の心はカレンティーナにあるのだ。


涙がこぼれる。


自分で選んだ道なのに…

ファレスト皇太子は知れば知る程、素晴らしい男性で。

銀の髪にエメラルドの瞳の美しい男性。剣技も優れていて、政務も真面目にこなし帝国民の事をいつも考えていて…


いつしかファレスト皇太子に熱い恋心を覚えていた…


あの腕に抱き締められたい。

愛の言葉を囁かれたい。


でも、自分は仮初の皇太子妃なのだ。


カレンティーナの恩に報いる為にも、愛が無くても、皇太子妃として頑張ろうと思うコレンティーヌであった。



毎日、ファレスト皇太子と共に食事をし、共に貴族の社交界に出て皇太子妃として社交をし、コレンティーヌは政務の手助けをし、懸命に働いた。


ファレスト皇太子はいつしか優しい言葉をコレンティーヌにかけてくれるようになった。


「そなたのお陰で政務が早く片付いた。今宵の夜会まで時間がある。テラスで茶でも飲まないか?」


「そうですわね。ああ、秋の木の葉が美しい。それを愛でながらお茶に致しましょう。」


結婚して半年が立とうとした頃には、ファレスト皇太子の傍に居る事が当たり前になっていた。

夫婦生活が無く、愛も無いのは寂しかったが、彼は紳士的で、とても優しかった。


テラスに座り、共に紅茶と焼き菓子を楽しむ。


ファレスト皇太子はコレンティーヌに向かって、


「父上も母上も子はまだかと…君とは白い結婚だという事を解っているはずだが…」


「カレンティーナ様が早くお戻りになるといいですわね。神国ならきっと…カレンティーナ様の病を治して下さいますわ。」


胸が痛い…ずっとずっとファレスト皇太子の傍にいたい…皇太子妃として仕事がしていたい。ずっとずっとマルド帝国の為に働きたい…


そう言いたかった。でも言えなかった…

カレンティーナを裏切りたくは無かったから。

自分は愛されていないのだから…


ファレスト皇太子は立ち上がると、コレンティーヌの傍に来て、その肩に手を置きながら、


「子作りをしないか?コレンティーヌ。」


「え?」


「君は皇太子妃としてとても良く頑張ってくれている。私は確かにカレンティーナを愛している。でも…今はそれ以上にコレンティーヌの事が…どうか、正式に私の妻になって欲しい。」


「カレンティーナ様を裏切る事に…」


「カレンティーナはもう戻っては来ない。あの病はいかに医療が発達した神国といえども治すのは奇跡に近いだろう。もしカレンティーナが戻って来たとしてもマルド帝国の皇太子妃は君だ。それは父上母上も承知している。どうか、コレンティーヌ。私の妻になって欲しい。」


コレンティーヌを立ち上がらせるとファレスト皇太子はぎゅっと抱き締めてくれた。


嬉しかった…とても幸せだった。


やっと愛して貰える。やっと本当の夫婦になれる。

コレンティーヌはファレスト皇太子の熱い口づけを唇に受けながら幸せに浸った。



しかし、その翌日、手紙が来たのだ。

カレンティーナが病が全快して、戻って来ると、マルド帝国の皇帝陛下と、ミルディアルク公爵家へ。


それを聞いたファレスト皇太子はコレンティーヌの手を握り締めて、


「私の気持ちは変わらない。マルド帝国の皇太子妃はコレンティーヌ。君だ。カレンティーナには謝ろう。だから安心してくれ。」


あああ…カレンティーナ様が生きていたのは嬉しい。嬉しいけれども…

ファレスト皇太子殿下を愛してしまった。


そうだ…港へ行こう。

港へ行って、土下座でも何でもして、カレンティーナに戻らないでとお願いしよう。


コレンティーヌは一人で出かける訳にはいかなかったので、護衛の騎士を4人頼み、馬車に乗って神国から来る船から降りて来るカレンティーナに会おう。

会ってお願いしようと…


馬車を走らせて港へ急ぐ。


日が傾きかけた夕方、馬車が港についた。港には神国からの豪華な船が停泊していて。

中にカレンティーナがいるのだろう。


馬車から降りると船に向かってコレンティーヌは走った。

護衛の騎士達が後から追いかけて来る。


馬のいななきに振り返ると、ファレスト皇太子が数人の騎士達と馬に乗って、こちらを見下ろしていた。


「コレンティーヌ。君が馬車で急いで出かけたと報告を受けて、後を追いかけて来たんだ。カレンティーナに会いたいのなら、共に会おう。」


「ファレスト様。わたくしは…」


「大丈夫。君は私の妻だ。」



神国の船を見れば、そこから数人の男女が降りてくるのが見えた。


銀の髪が夕陽に当たってキラキラと光っている。

カレンティーナだ。


コレンティーヌとファレスト皇太子の前にカレンティーナは近づいて来た。


「お久しぶりですわ。わたくし、神国での治療が成功して命が助かりましたの。」


コレンティーヌは地に手をついて頭を下げる。


「わたくしは、ファレスト皇太子殿下を愛してしまいました。ごめんなさい。ごめんなさいっ。仮初の皇太子妃なのに。わたくしは…もう、ファレスト皇太子殿下から離れたくはない。」


ファレスト皇太子はコレンティーヌの傍に膝をついて、カレンティーナを見上げる。


「私はかつては君の事を愛していた。でも、コレンティーヌの働きぶりをみて、そして日々、共に過ごしていくうちに、コレンティーヌの事を愛してしまった。どうか許して欲しい。」


頭を下げる。



カレンティーナは首を振って、


「このマルド帝国はわたくしが戻るべき場所ではないと解っておりました。今のわたくしは神国で病に苦しむ人々を救う事に生きがいを感じているのですわ。ですから、どうか…戻って来たのはマルド帝国でしか手に入らない薬草を買い付ける為。父上に手紙を出したのです。皇帝陛下に手紙を出したのは、その薬草が貴重な為、持ち帰りに許可が必要だったからですわ。ですから…」


そして、コレンティーヌの肩にカレンティーナは手を置いて、


「貴方は仮初ではない。胸を張りなさい。マルド帝国の皇太子妃はコレンティーヌ。貴方しかいないのですから。」


「あああ、有難うございます。カレンティーナ様。」


嬉しかった。愛するファレスト皇太子と引き離されず、そして、今まで通り皇太子妃として働くことが出来るのだ。

幸せだった。


ファレスト皇太子がカレンティーナに向かって、


「すまない。本当に…」


カレンティーナは微笑んで、


「いえ、貴方との恋は遠い日の思い出に過ぎません。どうか、コレンティーヌと幸せになって。」


「有難う。」




カレンティーナを皇宮へ連れて行き、求める薬草を手渡した。カレンティーナは薬草持ち出しの手続きの為、数日滞在した後、神国へ帰って行った。


そして驚くような事件が起きた。


ミルディアルク公爵家と対抗派閥のエストリカ公爵令嬢、アデリーナが殺されたのだ。

彼女は惨殺されて河で遺体になって浮かび上がった。


アデリーナは来月結婚を控えていた美しい令嬢で、社交界でも明るく人気者だった。

そんな彼女が殺されたのだ。


騎士団が調べてみたら、犯人を見たと言う目撃情報が出た。


数人の男達と河原にいる美しき金の髪の令嬢、アデリーナの姿を川辺に住む平民が見たと言うのだ。


そして男達の中に、フードを被った女性一人いたと言う事も。

男達に押さえつけられたアデリーナは、そのフードの女性にナイフで胸をめった刺しにされて殺された。


マルド帝国の魔術師は、目撃者に魔術をかけて、目で見た物を立体的に映し出す魔術を極めている。


騎士団立ち合いの元、検証が行われた。そして…


その女性が誰だか判明したのだ。


カレンティーナだった。



騎士団長から報告を受けたコレンティーヌとファレスト皇太子。


何故?カレンティーナがアデリーナをっ?




その時、コレンティーヌに侍女が一通の手紙を持ってきた。


カレンティーナからの手紙だった。



― コレンティーヌ。わたくしがアデリーナを殺した犯人だと解った頃にはわたくしは海の上…神国へ行ってしまえば手が出せないわね…

わたくしは皇妃になりたかった。ファレスト皇太子殿下と共に歩みたかった。

それを諦めざるえなかったのは、不治の病にかかったから…

でも、それは…毒のせいだったの。ライバル派閥の誰かがわたくしに毒を飲ませたのだわ。

神国へ行って毒のせいだったって判明したの。


だから、みせしめに殺した。

わたくしから幸せを奪ったエストリカ公爵派閥。

毒さえ飲まされなければ、不治の病にかからなければ、わたくしは今頃、マルド帝国の皇太子妃だったのに。


ファレスト皇太子殿下の隣で笑っていたのはわたくしだったのに…


でもね…コレンティーヌ。

貴方に譲ったのは他ならぬわたくし…


楽しかったわ。貴方と共に過ごした日々。

有難う。


本当に有難う。


さようなら…二度と、わたくしはマルド帝国に戻る事はないわ。

どうかファレスト皇太子殿下と幸せになって。―




涙がこぼれる。

どれ程、悔しかっただろう。

人生を毒のせいで捻じ曲げられてしまったのだ。


ファレスト皇太子に手紙を見せる。


「カレンティーナっ、カレンティーナ…」


ファレスト皇太子は手紙を握り締めて涙を流した。

そんなファレスト皇太子をコレンティーヌは抱きしめるのであった。


コレンティーヌは生涯、マルド帝国の為に献身的に働いた。

ファレスト皇太子とコレンティーヌは仲睦まじく、二人の間には皇子が3人産まれて、マルド帝国は大いに繁栄したと言う。


カレンティーナについては、神国へ渡り、人々を助ける為に貢献したとだけ、マルド帝国の書物に記載されている。


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[一言] 本物の「悪女」ってカレンティーナの事を言うんだろうな… コレンティーヌを恩で縛り皇太子を情で縛りネタバラシで二人の心に永遠に消えないドでかい傷跡を刻む最上質の悪役令嬢を読ませて頂きました(本…
[良い点] カレンティーナは悲しく苦しかったでしょうね~。かわいそう……。 ( ;∀;) みんなのことを考えた聖女って感じがします。いい人過ぎる~。
[良い点] 拝読させていただきました。 ある意味、哀しいお話です。 ただ人の気持ちは簡単に割り切れるものではないですしね。 せめて残った者はみな幸せになりますように。
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