復讐の果てに
燃えている……………燃えている…………ただひたすらに、燃えている………
ゴツゴツとした地面の感触を感じながら少年は自分の目を疑った。少年の目の前には十字架にかけられ王国の騎士団に捕われた少年の恋人がいる。村は燃え盛り、村人の叫び声がそこらじゅうから聞こえる。
「なんでこんなことするんだ?!僕たちは何もやってないはずだ!!」
一人の兵士に頭を押さえつけられたまま叫ぶが、誰も反応しない。それどころか十字架に一人の兵士が近づいていく。右手には剣を持っている。
「………やめてくれ………やめてくれ!頼む!!」
少年は必死に許しをこう。
「彼女だけはやめてくれ!!!やるなら僕を殺せ!!!!」
兵士はこちらに見向きもしない。十字架の横に立つと高々と剣を振り上げる。
「やめろーーー!!!!」
何かが転がってくる。転がってきた物と目が合う。
「……おえっ……うう……ヴォロヴォロヴォロヴォロヴォロヴォロ………」
喉に込み上がってきたものを全部吐き出す。もう少年を押さえつけていた者はいなくなっており、立ち上がって彼女の元へ駆け寄る。
恐る恐る頭を抱き上げ声をかけるが返事がない。
「おい!………起きろよ!…………頼むから…………」
祈る様に叫び続けるが、当然返事はない。少年はやっと恋人の死を実感したのか頬を静かに涙が流れ落ちる。
いつまで泣いていたのだろう。少年の目からはもう透明な涙は出ていない。その代わりに燃えるように紅い血涙が絶えず……ゆっくり……ゆっくりと地面に滴り落ちる。もう周りから叫び声は聞こえず、燃え盛る炎の音が地平線をあからるするまで響いた。
いつまでこうしていたのだろうか。気づくと太陽は高く上り、かつて村だった場所の火はおさまったものの今やみるも無惨な姿に豹変している。少年はかつての恋人を抱きしめたまま立ち上がり、生き残りを求めて歩き出す。
「……誰か………生きている人はいませんか………」
震えた声で何度も叫ぶが返事はない。所々には黒く変色した肉塊が転がっている。あの人はいつも買い物に行くと声をかけてくれた肉屋のおじさんだ。その隣で瓦礫から上半身だけ出した人はおそらく口が悪かったが根は良かった果物屋のおばさんだろう。こっちはいつもペットと遊んでいた子だろう。ペットを抱きしめたまま死んでいる。
一人一人の死体を確認しながら歩いているとふと思い出したことがあった。
「母さん、父さん………」
村のはずれにある少年の家はここからかなり離れたところにある。あそこなら火は届いていないだろうし、家は何年も手入れをしていない茂みに覆われ隠れるように建っている。
「あそこなら大丈夫かもしれない………」
少年は走り出す。僅かな希望だけを頼りに。まるで絶望で覆われた世界に唯一の光を見つけたように………
少年は走った。ただひたすら。息が上がり、苦しいはずなのに。やがて家があるはずの場所まで来る。ここまでは火がこなかったらしい。茂みをかき分けるとそこには少年の家が今も変わらず建っている。
少年は安堵した。将来を誓い合った最愛の恋人を目の前で殺され、自らが愛する生まれ故郷を焼かれた。それでも両親は生きている。これからはここじゃないところで両親と平和に暮らしていこう。この村を忘れることはできないが、少年には何の力もない。ただの平凡な少年にやれることなど何もない。なぜこの村が襲われたかなどどうでもよい。そんな平和な未来を思い描きながら少年は勢いよく玄関のドアを開ける。
「母さん!父さん!ただいま!」
部屋を開けると少年の両膝が地につく音と少年が今まで大事に持っていたものを落とす音が響きわたる。この家はあまり大きくない。玄関を開けるとすぐに食事をするテーブルがあり、いつもは温かな笑顔で少年を迎えてくれる両親がいる。
無論、今日もいた。両親は椅子に座っている。ただし暖かな笑顔はない。それもそうだ。両親の首は机の上に転がっているのだから。
少年は崩れ落ちる。少しの希望を抱いた人間が絶望に落とされた時、その人間はかなりのダメージを受けるだろう。今の少年がそうである。両手、両膝をついて俯いたままピクリとも動かなくなった。
いつまでこうしていたのかいつからか少年は右手で床を殴り始める。もう涙は無くなってしまったのか血涙を流しながら。
「………………ころす…………………ころす………………ころす…………殺す…………殺す………殺す!……殺す!!…殺す!!!」
少年が床を殴る度に床が震える。まるでこの世の理不尽を呪うかのように。まるで己の守りたいものを守ることができない己自身を呪うように。まるでこの世に神がいるのなら一体何をしているのだと神を呪うように。
少年はただ床を殴りつけた。陽が暮れても殴り続ける。少年の手はもう血が出ている。しかしまだ殴り続ける。朝日が昇っても。少年の手は変色し腫れ上がっっている。その陽が終わる頃少年は床を殴る力が弱くなるがまだやめない。また太陽が登った頃、少年の髪は全ての光を反射するように白く、目は血の色に染まり、右手は赤黒く変色仕切っている。
おそらくもう殴る力が出ないのだろう。側からみれば、少年は床を撫でている様にしか見えない。このまま行くと少年はこのまま死ぬだろう。
いつしか少年は力つき、床に倒れ込む。そんな時である。何の力もなかった平凡な村人であった少年が世界を変えるほどの力に目覚めたのは。
(あなたを見て神が嘲笑っています。あなたに神から加護が与えられます。どうかあなたの復讐に)
少年は顔をあげ、立ち上がる。瀕死の少年は生まれたての子鹿のようだ。しかし、目は死んでいない。
(どうかあなたの復讐に神の導きが在らんことを)
これは全てを失った少年の悲しくも美しい殺戮劇